126.【番外】それは、小ネタだったのです。
※小ネタ供養につき、時系列がバラバラです
【兎、クレームブリュレを食べる】※大学5年・冬。トキ視点
「ほ、本当によいのですか?」
メニューを広げたまま、ぷるぷる震える尻尾が見えるようだ。
先週末、割れてしまった大皿の代わりを買いに出かけたオレとミオだったが、緊急だというハヤトの連絡があり、結局、途中で流れることになった。結局、その日は深夜に帰宅する羽目になるわ、阿呆を取りまとめる阿呆の親玉を制圧することになるわで散々だった。ミオは「仕事なのですから、仕方がないのですよ」なんて言ってるが、オレが仕方ないなんて思いたくねぇ。あんなのオレがやんなくてもいいだろうが。
今日はその仕切り直しだ。
埋め合わせということで、皿を見に行く前にハヤトが勧めていたカフェへとミオを連れ込んだ。
自分なりに節制をしているが、ミオは甘い物が好きだ。表情、仕草全部で甘い物に対する感動を表す。正直、素直過ぎる。
「と、トキくんっ、私はこのケーキセットで、……あぁぁ、でも、クレームブリュレにするべきか、抹茶のシフォンケーキにするべきか……」
どちらも頼めばいいのに、その発想がないのがミオらしい。
ウェイターを呼ぶと、急かされて慌てたミオは「ケーキセットを、クレームブリュレとダージリンティーでっっ」と注文を口にする。注文1つでおたおたとする様は可愛いと思う。これが、部下だったらぶんなぐりたくなるが、ミオは別だ。
「俺もケーキセット。抹茶のシフォンとコーヒーで」
ふぇぁ!?とミオの口から気の抜ける声が洩れる。この小動物、よくこうした悲鳴を上げるのが面白くてたまらない。
「なんだ?」
「え、トキくんがケーキ……? あ、そうですね。今週も忙しかったので疲れているのですよね? 疲れているときには甘い物が一番なのです!」
どうしてこいつは……こういう時だけ察しが悪い。とんでもなく鋭いことがあるのに、本当に残念だ。だからこそ、からかいがいがある。
「一口いるか?」
「え? いいのですか!?」
そのためにわざわざ頼んだというのに、気付きもしない。キラキラした目でこっちを見上げる。勢いよく見上げるもんだから……胸が揺れる。
白地のカットソーは横にギャザーが入っているにもかかわらず、ミオの胸は随分と窮屈そうだ。薄桃色のカーディガンで多少なりとも隠しているが、正直に言って、凶器だと思う。本人も気にしているのか、あまり胸が目立たないような服装を好んでいるが、まぁ、隠すのは無理だな。
「お待たせいたしました。ケーキセットでございます」
ほどなくしてウェイターが運んできたデセールが目の前に置かれるのを、ミオは大人しく待ちながら、その目だけはいつも以上に輝いている。ほんっとうに甘い物好きだな。
「ふふっ、いただきます」
スプーンで焦げたカラメルを割るミオの表情は、子供そのものだ。何がそこまで楽しいのかと思うほどに、素直に感情を表にする。
カラメルの破片と、とろりとくずれそうなプリンを口に運ぶ。よほど美味しかったのか「ん~~~!」と小さく唸りながら手をぶんぶんとバタつかせた。……だから胸が揺れるから抑えろよ。
「美味しいのです!」
満面の笑みを浮かべるミオに「だろうな」と返したオレは、コーヒーに口を付けた。自分の前に置かれたシフォンケーキを、どうやってあの口に押し込んでやろうかと考えを巡らせながら。
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【兎、温泉の素にときめく】※高校3年・冬
「やっぱり、大きい会社の部長さんや専務さんは違うのですね!」
お母さんから、とても消費しきれないからと言われてもらってきたお歳暮の箱と、徳益さん経由で流されてきたお歳暮の箱がようやく整理し終えました。松坂牛だの名古屋コーチンだの新巻鮭だの冷蔵庫に入れておくべきものは、きっちりと詰め終えました。大容量の冷蔵庫様は冷凍スペースも冷蔵スペースもぎっちぎちなのです。でも、これで食費が浮くかと思うと、万々歳なのですよ! 今日はさっそくしゃぶしゃぶにしてしまいましょう!
「ふふふー、動物性たんぱく質~♪ 賞味期限内で、ちゃぁんと食べてあげるのですよ~♪」
空箱をべっこんべっこんと折ってまとめたところで、次は常温保存の箱を整理するのです。油に缶詰、洗剤に海苔、お裾分けでタダで手に入るなんて、なんって素敵なのでしょう!
別にメーカー等にこだわりがあるわけではないので、ありがたく使わせていただくのです。ジュースの詰め合わせはミニキッチンのところの冷蔵庫に何本か入れておきましょう。そうしたらいつの間にか減っているはずなのです。
「んん? こっちは……温泉の素!」
熱海に別府、白骨に下呂、登別などなど、揃い踏みなのです!
温泉かぁ、いいなぁ。露天風呂でまったり、なんてしてみたいのです。一人で行くのはちょっと不安なので、大学でできた友達とか、サークルとかで行けたりしないでしょうか。
「早速使ってみたいのですが……、使ったらバレます、よねぇ?」
トキくんにはお歳暮の横流しをもらっているのは、何となく内緒なのです。だって、ほら、ドゥームさんや佐多さんに借りを作るのを嫌がるのですよ。これも借りというより、あちらが使いきれないものを引き取っているのだと言っても、聞いてもらえない気がしますし。
「あれ、でも、そうすると食材も……バレますかね。舌は肥えてそうですけど、うーん、でも、何でも『うまい』としか言わないので、大丈夫でしょうか」
鋭いのだか鈍いのだか、ちょっと謎なのです。些細な変化に気付いたりもしますし、先日もちょっと段差でくきっと捻挫してしまったのを、あっという間に気付かれてしまったのですよね。なんか歩き方に違和感があると言われたときには、本当に驚いたのですよ。
――――でも、せっかく頂いたものを、ムダにするなんて、お天道様が許しても、ミオさんは許さないのです!
「とりあえず、今日は登別で!」
忘れないように1袋だけ脱衣所の棚の上に置いておきましょう。他はきっちりしまっておいて、何日かおきに使えば、この冬は素敵なバスライフが楽しめるのです!
むふふふ、と笑っていたら、ガチャガチャと玄関のドアが音を立てました。今日はお仕事だったトキくんの帰宅なのです。
「お帰りなさい、トキくん」
「……なんか、アンタすっげぇ満面の笑みなんだが。何かあったか?」
「ちょっと贅沢な気分になっていたのですよ。今日はしゃぶしゃぶにするのです」
「珍しいな」
「たまには贅沢もありだと思うのですよ?」
「まぁ、いいけどな」
珍しくスーツ姿のトキくんをお風呂に誘導し、私は夕飯の準備です。カセットコンロに土鍋……ではなく、グリル鍋をテーブルに設置します。ちなみに、カセットコンロと土鍋は私の部屋の荷物に埋もれたままです。たまに自分の部屋でこっそり自炊をしているのは内緒ですが。
コンセントを入れ、温度を設定すると野菜をざっくざくと切っていきます。えのきにしいたけ、水菜と白菜……一人ではとても食べきれない量ですが、トキくんの胃袋はブラックホールな感じがするのですよ。野菜でかさを増しても、おそらく4人前と書いてあった牛肉は今回でキレイに消え去ると思うのです。げに恐ろしきは体育会系男子高校生の胃袋なのですよ。
「ミオ、これ入れるのか?」
「あ、そうでした。忘れるところだ……った、の、で」
す、までは言えませんでした。
腰にバスタオルを巻いただけのトキくんが、台所に立っていたのです! その手にあるのは温泉の素ですが、そんなことより、ちょ、ストップ! 誰か私の視界を塞いで欲しいのです!
「い、入れてくださっっ」
ぐるん、と包丁とまな板に視線を戻した私の顔は、絶対に赤くなっていたと思うのです。
「……アンタ、そろそろ慣れろよ。真っ裸で慣れさせればいいか?」
「おっことわりするのですよっ! 冷えるのでとっとと入ってしまってください!」
ぶ厚い胸板とか、盛り上がった上腕二頭筋とか、しっかり割れた腹筋とか見ていないのです! 見ていないのです!
あぁ、これは絶対に後でからかわれるパターンなのですよ……。
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【狼と兎の寝言】※トキ視点・大学時代
「……ふみゅぅ」
またか。
オレは隣で寝ている小動物の頭を軽く撫でた。
体力の差があるせいか、ミオを抱いた夜は高確率で一人取り残される。ベッドで半身を起こしながら、仕事で扱う道具の資料を確認しているオレの耳に、「ふすぅ」と間抜けた声が届く。
意外とミオは寝言が多い。
いや、寝言と言っていいのか分からないが、動物じみた声を洩らすことが多い。
「別にそこまで小動物にならなくても構わねぇんだが」
オレの言葉に反応するように、ミオがもぞもぞと動く。ずれた毛布から肩が出る……どころか胸までぽろりと出た。柔らかい双丘が重力を受けてくっきりと谷間を作るのを、惜しいと思いつつ毛布で覆ってやる。せっかく止めてやったんだから、無意識で誘うな。そんなことを思いながら、すやすやと眠るミオの頬に人差し指をつきつけた。
「ふ……むぅ? むぐ?」
「っ!」
どうしてアンタは人の指を躊躇なく咥えるんだ! 小動物どころか幼児の行動じゃねぇか!
しばらく、むぐむぐとオレの指を食んでいたが、ある程度気が済んだのか、ぺっと吐き出される。
「ごちそうさま、なのです……」
珍しい。
久々に人語の寝言を聞いた。オレの指は食べ物じゃねぇが。
指は食われたが、手のひらはどうだ、と頬に手を当てると、まるで甘えるようにすり寄られた。
どれだけ小動物道を究めれば済むんだ、アンタ。
「むー……」
まぁ、悪くない。
ベッドに二人で寝るのは窮屈だが、こうやってぴったりと寄り添われれば、そこから張り詰めていたものがほどけていく気がする。アニマルセラピーも重要だ。
って言っても、ミオは否定するんだろう。どれだけオレの癒しになってるか分かってねぇみたいだしな。
ようやくやってきた眠気に、オレは書類を放り投げ、ベッドサイドのランプを消す。隣の小動物を両腕で抱え込めば、癒される抱き枕の完成だ。
「おやすみ、ミオ」
そうして、うとうととし始めたオレは、十秒後にミオの寝言に起こされた。
――――ぶもー、なんて声出されたら、笑うに決まってんだろ!




