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異世界で幽霊になってしまったようです。  作者: 瀬木藍雲
一章 『人形師 レノバン』
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三話 『旅路』



 リンヤとマヤはあの墓碑の前に並んでいた。あの墓碑と言うのも、最初にリンヤがマヤを見つけ、初めての食事をとった墓碑である。

 あれ以来、別に思い入れがあったわけでもなかったので今まで放置だったが、今この時になり、何となく感慨深いな、という気持ちになって、二人は連れ添って立ち寄ったのだ。


 墓碑に刻まれた名は、長年掃除もされていないのか、苔などであまり読めないが名前だけは何とか読みとれた。グレゴリーという人物がこの下には眠っているらしい。


「ここで、ご主人と会った」


 ぼそり、と呟く。ただそれは、彼女が自分に対して言っているということは分かっていた。呟くのが彼女の通常運転だからだ。


「ここで会って、助けられて、一緒にいて――幸せだった」


 マヤは感謝の意を込めながら、一言ずつ区切り、ゆっくりと言う。

 それを言うならば、それを言うのは自分だ、というのがリンヤの偽らざる本心だ。しかし、それを言葉にして直接言えないのが何とももどかしい。


「ご主人……、大好き」


 直接的な、好意に若干の気恥かしさを感じるが、しかしその気持ちは確かに嬉しいと感じる。骨ばかりの無骨な手で頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。

 二人の間に和やかな雰囲気が醸し出される。もしリンヤが人の姿をしていれば、見栄えのする恋仲に見えるだろうが、生憎と死神。恐怖こそ感じるが、和みなどは感じようもない。


「その、良い雰囲気を邪魔して悪いんですけど」


 その点、少しは二人の仲を理解しているラキには少なくとも良い雰囲気に見えたのだろう。気まずそうにだが後ろから声をかける。


「そろそろ出発しなければ、真っ暗な平原のど真ん中で夜を越すことになるので、で、出来れば急いで欲しいんですけど……」


 マヤはリンヤの黒衣から身体を放して若干嫌そうな表情を向けるが、すぐに「分かった」と答えた。

 リンヤはラキの方に歩いていくマヤを見ながら、まさかなぁ、と現状の好転を未だに信じ切れないでいた。





 荷造りを終えると二人は玄関で小屋の中を眺めた。


「……ここともお別れ。ご主人、未練は?」


 リンヤは首を横に振るかどうかで迷ったが、最終的には横に振った。色々と思い出が詰まっているこの小屋。だが、これからそれ以上の生活が待っていると思えば未練もなかろうというものだ。


 マヤは特にお気に入りの本を五冊ほどを鞄に入れて、リンヤは鎌と旅路での保存食の入った袋を持っている。


「わたしは、少し、ご主人と過ごしたところだから」


 嬉しいことを言ってくれる。肌があれば誰が得をするか分からない赤面をしていただろう。


「じ、じゃあ、行きましょう」


 後ろでラキが急かす。どうやらゆっくりとし過ぎたようだ。リンヤ本人はそうだとは思っていないが、やはり俗世間と離れるて時間の感覚がおかしなことになっているみたいだ。ラキがせっかちと言うより、リンヤたちが鈍いのだろう。


 合図をしたわけでもないのに、二人は最後に一度だけ振り返る。

 そして、前進を始めた。





     ……




 森を歩き始めて一時間。

 現在、太陽がちょうど天辺にさしかかり、すたすたと歩くマヤの額に若干の汗が滲み始めていた。体力はあるが、荷物とこの歪な地形で削られてしまったのだろう。


 しかし、だがしかし、であるがしかし――、


「ご主人、大丈夫?」


 それ以上に、リンヤがへばっていた。

 リンヤは別に歩いておらず、宙に浮きながら移動をしているので体力は減らない。と言うより、歩いていたとしても不死族なので減らない。


 太陽だ、太陽が憎い。リンヤは木々の隙間から木漏れ日を差し込ませてくるあんちきしょうが憎くてたまらない、とリンヤは延々心の中で愚痴り続けていた。

 基本夜型生活をしていたリンヤにとって、太陽とは精神的な天敵に成り果てていた。別に睡眠は必要ではないのだが、気分的な問題が太陽を憎ませる。


 とは言え、それをこれ見よがしに表に出すようなことはしていない。それに気付いたマヤの観察眼に感服といったところだ。


「人形師レノバンって、どんな人?」


 マヤが先を進むラキに声をかける。

 彼女は流石に歩き慣れているのか、大きな鞄を背負ったまま、二人より確かな足取りで先頭を歩いている。


「ひ、一言で表わせば、変人、ですかね」


 苦笑いしながら答える。まあ、言っている本人も十分変人なのだが。

 マヤもそう感じたのだろうが、そのことはおくびにも出さず、話の先を促した。


「えっとですね、彼女は昔、王宮仕えの人形師だったんです。彼女の家系がそうらしかったんですが、ある日を境に変わったと聞きます」


 彼女と言うからには女性なのだろう。しかし、王宮仕えとは随分な人物を紹介するつもりなようだ。


「ある日、王国の姫様に姫様を模した人形の作成を依頼されたんです。そして彼女は七日後、確かに姫様の注文通り、それはそれは美しい人形を作ったそうです。それは期待通り、いえ、期待を大幅に超えたものだった」


 腕は確かなようだ。この世界の事だ、王族の期待に添えないようであれば職を失うことは当たり前、酷ければ処刑なんてこともあり得るかもしれない。

 リンヤの期待も徐々に上がる。これで憎き太陽の中でも頑張れるというものだ。

 しかし、ラキは彼の期待を打ち砕くかのように、怪談でも語るような顔になって、


「超え過ぎていたんです。精巧過ぎた……。出来た人形は、姫様と並べると瓜二つ、まるで姫様が二人いるかのような精巧さでした」


 話に耳を傾けているマヤの肩がぴくりと跳ねた。おそらく、その光景を想像して身震いしたのだろう。

 かくいうリンヤも少しばかりぞっとしていた。

 驚いたのは言った本人も涙目になっていることだ。


「そ、それで、恐怖した姫様が王様に言い、彼女は邪教に触れたという罪を受け、牢獄に入れられたのですが、脱走して、今は王都近くの街でひっそりと人形を売ってます」


 リンヤは最初の一章とはまるで逆の意味で、随分な人物を紹介されるんだなと思った。

 しかし、その方が自分には好都合だと、無理矢理思い込む。そうしなければ挫けてしまいそうな気がした。

 マヤに視線を向けると、ぶるぶると肩を震わせている。読書で鍛えた想像力が仇になってしまっていた。


「変人と言われる所以はそれだけではありません」


 まだあるのか、とリンヤは呆れ返る。この時点で変人度合いはラキを軽く超えてしまっている。


「一般的なお客さんには普通の人形を正当な対価で売るんですけど、まあ、裏の方ではまだ精巧な人形を作ってるわけです。その報酬が、滅茶苦茶なんです」


 ラキは少しだけ勿体ぶってから、んほんっと咳払いを一つして、


「王都の一等地に屋敷でも買えるような値段だったり、ある時は何でもないような物だったり、色々とぶっ飛んでます。変人と言われるわけです」


「も、もういい」


 震えた声でマヤが言うと、ラキがにやりと笑う。どうやら朝方の意趣返しでもしようとしているのだろう。


「噂では、精巧な人形は人形ではなく、墓地から死体を掘り起こして防腐処理をした後、魔法でどうにかしてるとか何とか……」


「……やめて」


「ひぃッ。す、すみませんすみません」


 マヤの恐怖が許容量を超えて怒りに変わってしまったらしい。それに、その噂が本当ならば、レノバンという女性は間違いなく邪教徒だ。牢獄にぶちこんだ王様が正しい。

 頭を下げるラキが、そう言えばという顔になり、


「そ、そう言えば、お二人、お金は……?」


 さて、リンヤの今までの生活を元の世界基準で例えるとどうなるのか考えてみよう。


(……墓地周辺から出ようともせず、何一つ生産的な行動を起こそうともしなかった、ヒキニート……)


 生産的というより、むしろ凄惨的とでも言うべきか。ニートは言い過ぎだとしても、無職だったのには変わりがない。

 そんな無職がこの世界の通貨を持っているかどうかだが、答えは勿論いいえだ。


 二十年を超える原始的な生活は、リンヤからすっかり金という概念を忘れ去らせていた。


「え、ラキが払うんじゃ……」


「え、私!? い、今知ったみたいな風に言わないでくださいよ! それに前にも言いましたけど、私自分の生活だけで結構ギリギリで」


「じゃあ、どうすれば……?」


 旅路の途中でまさかの終了。洒落にもならない。

 ふとマヤに視線を向けると、背中に提げている魔杖をぎゅっと握りしめ、悲しげに俯いていた。


「ラキ、これ売れる?」


「そ、そうですね。あまり魔法具などは見ないのですが、かなりのものだと分かるので、相当高く売れると思います」


「じゃあ、これ」


 リンヤはそれを手をかざすことで阻止する。

 マヤがあの杖をとても大事にしていることを知っている。毎日拭き、手入れをしては微笑んでいるのだ。寝る時は必ず枕元に置き、朝になれば抱きしめながら寝ているときもままあった。


 そんな物を手放させるわけにはいかない。


「でも」


「ど、どど、どうすれば」


 三人はその場に立ち止まり、しばし考え込む。

 やはり自分が残るしか――、と再びリンヤがマヤを説得しようと木のメモを取り出そうとしたその時だった。


 腹の底から響いてくるような呻り声が、森の奥から聞こえてくる。

 三人の意識は一瞬で切り代わり、森の奥へその視線を集中させた。


 ずん、ずんッ。地面を踏み鳴らしながら、やがてその声の主が姿を現せる。

 全長五メートル超。漆黒の体躯に、砲撃でも弾き返しそうな鱗と甲殻、大地を蹂躙するための強靭な四足。移動に特化した身体の先に、鋭い形をした頭部に流れるような角。紅い瞳が暗がりで妖しく光った。


 リンヤの前世の知識の中で、これと似た姿を持つ存在は――、


「り、竜……。走駆竜レッサードラゴン……ッ」


 ラキの喉が震えながら、何とか情報を共有しようと言葉を発した。

 マヤもその隣で、魔杖を構えながら全力で警戒している。


「む、無理です。逃げられないです。商人の天敵、馬で全速力で逃げたってあの怪物は易々と追いついてくる、まさに地を這う死神なんですよ。走って逃げようだなんて、そんなの……ッ」


 絶望感に浸るラキ。しかしリンヤはその横を通り過ぎて、鎌を構えながら走駆竜に対峙した。そして木のメモに書いたものをラキに見せる。

 ラキは恐怖でずれかけた眼鏡をかけ直すと、


「『あいつの素材は高いか?』……って、そりゃ、魔物につけられる階級の中で、上から四番目の貴魔級きまきゅうの魔物なので、……って、ま、ままままま、まさか?」


 リンヤは金の事ともう一つ、すっかり失念していたことがあった。

 それは、ここが魔物を狩れば、その素材が売買できる異世界だということ。


(さて――気張るか)


 思えばこれが、リンヤが自分の目的の、初めての戦いなのかもしれない。


一日空いてしまいました、すみません。

ご感想などくだされば幸いです。

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