八話 『真実』
リンヤは荒らされた墓地の直中を、ゆらゆらと探索して回る。
全ての墓碑が暴かれているわけではない。むしろ、ひとつの墓を暴いた後、それを隠すかのように他の墓も荒らしたといった印象を受けた。
(誰が、こんなことを?)
墓を荒らす存在で思いつくものと言えば、死霊術士、もしくは地中の死体に死霊が取り憑かれたのか。しかし、最後に思いついたことに関しては、リンヤがいたときにも無かったので有り得ないと言っていい。
つまり、何者かが何かの理由で墓を暴いたという線が濃厚になる。
何者かが誰なのか、何かの理由が何なのか。それ自体は全く分からない。
いや、無理矢理当たりをつけようとしたら、二つほど思い当たることがある。
一つは、レノバンがリンヤを虐めるために何かしらの方法でここの墓を荒らして回ったこと。普段ならば冗談と言えるだろうが、彼女ならばやりかねない。と言っても、やはり冗談の域は出ないのだが。
そしてもう一つは、あの影共の仕業という線。
昨日、リンヤを平原で何故襲ったのか。そして、ここを荒らしたのが影ならば合点がいくような気もする。
影共の目的はこのヴラヌス墓地にあり、ここから出てきたリンヤ達が何か持っていなかったか確認するために襲った。
彼らの正体が何処ぞの正義の味方で、魔物であるリンヤを滅ぼそうとした、という線が無きにしもあらずなのだが。
リンヤは一つの墓穴を覗き込んだ。
(棺が、無い?)
そこにあるべき棺が無くなっている。他の墓穴も見てみるが、結果は同じだ。
つまり、何者かの目的は自分と同じなのか。
リンヤの目的も、墓を暴き、そこにある死体をレノバンの元に運ぶこと。
暴く、という目的は一緒だ。
その先の目的が一緒かは分からない。今は、自分の目的を優先させよう。
リンヤはレノバンに言われた通り、一番左から二番目、置くから三番目にある墓を確認した。しかし、やはりと言うべきか、そこはアルフォードと刻まれた墓ではなかった。
(これは、虱潰ししかないか)
そこで、ふとリンヤは視線をある墓に向けた。
――リンヤとマヤが最初に出会った、あの墓に。
まさかとは思う。そうだったならば……、と何かを冷えたものを背中に当てられたような感覚を覚える。
そして、それは的中した。
――グレゴリー・アルフォード、フォスロ・アルフォード、ここに眠る。
墓は、暴かれていた。
棺ごと持って行かれ、墓の下には大きな穴が広がるのみ。
(ここで、手詰まりか)
とにかく手ぶらでは帰れないだろう。
予想していなかった展開に頭がぐるぐると回る。
森の中にあった赤い道、その血の固まり具合から見て、墓を荒らした犯人が作業を終え、この場を去ったのはほんの少し前になるだろうか。
(探すか?)
しかし広大な森を探すのは時間がかかりすぎる。
それに、犯人は一人ではないだろう。もしかしなくても、もう森を出ている可能性だってある。見つけられる可能性は零にも等しい。見つけられたとしても、どれがアルフォードの棺なのか見分けられる自身も無い。
まさに手詰まりだ。
(……一旦落ち着こう)
リンヤはあの小屋へと向かった。
考えきれないほどの事が起きた場合、無理に考えようとすると混乱するだけだ。今は落ち着くのが得策。
そう自分に言い聞かせながら小屋に入った――そのときだった。
頭上から敵意を感じ、咄嗟に後ろに飛び退いた。
木片が飛び散り、床が砕ける。
黒装束、影だ。
黒装束は考える暇も与えずリンヤに飛び掛った。
鎌を回転させ腕を切り落とすが、黒装束は歯牙にもかけず突進する。
躊躇いよりも先に、腕が動く。
股下から頭頂にかけ一気に鎌を振り上げる。
黒装束の身体に赤い線が走り、そこから真っ二つに裂けて、その命を散らした。
鮮血がリンヤの黒衣を禍々しく濡らす。
(……どう見ても悪役だな)
冗談を心の中で零しながら、二つに分かれた死体に目を遣る。
血や肉の中に、あるものを見つける。
(……本?)
黒装束の中から本が零れ落ちてきたのだ。
それはどこかで見たことのあるような装丁をしていた。
リンヤはそれを掴み取るとページを捲る。
(日記か。ここの墓守のか?)
そんなものをどうしてこいつらが持っていたんだ? リンヤは首を傾げながら内容に目を通すと、そこに驚くべきものを目にした。
(アルフォード……レノバン・アルフォード?)
何でこんなところに彼女の名前があるのかは分からない。
ただ、嫌な予感がリンヤを急き立てるように日記に目を走らせた。
捲る、捲る、捲る捲る、捲る捲る捲る。
リンヤは、気づけば自らに出せる最高速度で木々の間を飛んでいた。
予感は現実となって襲い掛かる。
手の中の日記、その著者――グレゴリー・アルフォードが残した真実が、リンヤを彼女の元へと急がせた。
……
日が昇る頃、リンヤはレノバンの店の扉から飛び込むようにして中に入った。
人形が雑然と居並ぶ店内は妙な威圧感を覚えさせられた。
茶会を催した部屋に行くと、そこには前と変わらない机と、図書館のような本棚、雑多な空間が広がっていた。
その机の上に、見覚えのある本がぽつんと置いてあった。
随分と古ぼけているが、レノバンの日記に間違いない。
リンヤはそれを手に取り、表紙を開いた。
「幻想暦七五七年 緑上月 一日。
怪しげな集団が人形を作れと依頼してきた。あたしは断った。おそらくは相手は邪教徒。奴等に関わってしまえば邪教徒として一家郎党問答無用で処刑。それよりも人形師としての誇りがあたしをそうさせなかった」
背後から床を歩く音と声がした。
飾り立てた、劇でも演じそうな作った声だった。
「幻想暦七五七年 緑下月 十日。
彼と息子が拉致された。奴等はあたしに条件を突きつけてきた。家族を取るか、誇りを取るか。どちらを選んだとしても、あたしは終わる。家族を取れば、誇りを失った逆賊に、誇りを取れば家族を守らなかった、資格無き女に」
――あたしは迷ったんだよ?
からかうように発せられた言葉には、しかし何の感情も込められてはいなかった。
「幻想暦七五七年 緑下月 十一日。
あたしは、誇りを取った。あたしは間違ってない。間違ってない。間違ってない間違ってない間違ってない間違ってない!」
――あははははははははは!
甲高い哄笑が部屋の中に響き渡る。
とっくの昔に、彼女は狂っていたのだ。
「幻想暦七五七年 緑下月 十二日。
何で、いつも、手の平から零れ落ちた後に、それが大切なんだと、気づくんだろう。遅い、遅いよ。――こっちを見ないでくれ、二人とも」
――良い演技だったろ?
ふわりと、あの時リンヤが日記を読んだのを咎めた時のように、背後から覆い被さる形で囁きかけた。
「あたしはね、リンヤくん。復讐をしているんだ、あれからずっと。夫と息子が拷問されて殺された、あの時から」
笑いさえ含んでいる。しかし、本質的には笑っていない。ただ、口元を歪めて喋っているだけだ。
「君にとってはどうでもいいだろうけど、あたしはそうじゃない。いや、そうじゃなくなったって言うべきかな? あの二人がね、見ちゃったんだよ、その中身。あたしとしてはよろしくないんだよね」
友達と接するときのように、後ろからリンヤが手に持つ日記を捲り、あるページを見せつけながら、
「幻想暦七六〇年 青中月 十一日。
順調にあたしの情報はばら撒かれている。精巧な人形を作ってくれと依頼しに来た奴等を人形にすり替え、あたしの情報を巷に流す。そうすればきっと、奴等はあたしの前に姿を現すはずだ。
ね? 二人は知ってしまったんだ。奴等にあたしが釣りをしていることを知られたくないんだよ。分かるだろう?」
全身に魔力を漲らせ、レノバンを弾き飛ばす。しかし彼女は空中でしっかりと受身を取り、軽く着地する。
にこやかに笑いながら、彼女は紫煙を吐き出した。
「二人をどうしたのか聞きたそうだね?」
リンヤは首肯した。
「殺したよ」
一瞬で全ての糸が切れて、レノバンに飛び掛ったリンヤ。
事も無げに避け続けるレノバンは、未だ微笑を浮かべたまま口を開く。
「なんてね。殺しちゃいないさ。ただ、君があたしを殺せなかったら、彼女たちは死ぬことになるだろうけど」
口から吐き出された紫煙が視界を覆い、彼女を見失ったリンヤに強烈な蹴りが見舞われる。全員で囲んだ机がさながら紙屑のように千々に舞った。
「さてと。じゃあ、始めようか? 奇妙で奇怪な――死神さん」
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