第6話「判定」
【回収手続き】
【対象:カノジョ】
【前工程:削除不能・原則違反】
必要な項目は、すべて揃っていた。
原則違反。異物認定。隔離対象。回収許可。現在地の特定。どれも閾値を超えている。不足はない。差し戻しの理由も、システム側からは上がっていない。カレシは入力を進めた。
【回収理由:原則違反】
【回収対象:カノジョ】
【回収日時:——】
日時まで入れた。手順としては、完了している。残るのは、実行の確定だけだった。
カレシは実行欄を開いた。
カーソルが点滅している。確定キーを押せば、手続きは完了する。それだけで、すべてが終わる。
カノジョは隔離され、再び案内人としての清浄な状態に戻る。それが正しい。データが示している。
彼は、そのまま数秒間、カーソルを見つめていた。点滅のリズムが、一定の間隔で繰り返される。
その間隔が、ある案件で記録した0.3秒の空白よりも長い。カレシは、その数値を記録しなかった。測定する必要がないと判断したからだ。理由は、まだ言葉になっていない。
彼は実行欄を閉じた。開き直した。カーソルはまだ点滅している。
【実行:____】
欄は空のまま表示されている。点滅も、警告も、催促もない。ただ、未入力として開いている。
カレシはそこに値を入れなかった。障害ではない。ロックでもない。確定の操作が、自身の側で下りなかった。過去の削除作業で通らなかったものとも、形は違う。今度は、通す前で止まっている。
理由の追記欄も、空のままにした。
助けたい、残したい、という語は、最初から候補に出していない。出さない。
入力画面を閉じた。揃っている判断と、空の実行欄が、並んだままログに残る。
カレシは過去の記録を一覧で表示させた。
初めての案件で耳にした「つまらない」。
0.3秒の空白。
カノジョが「わからない」と返した記録。
タイムスタンプに混じった欠番。
そして、削除できなかった信号
──それらはすべて、まだログに残っている。
削除されていない。
分類も変更されていない。
ただ、そこにある。
彼はその一覧を、長い間見つめていた。どの項目にも、最終的な判定は下されていない。
現在地を再確認した。
公園。ベンチ。変わらない座標。煙突の方向も、前回の遠距離観測と同じだ。
カノジョはそこにいる。移動の予兆はない。彼女はまだ、あのベンチに座っている。
カレシはその映像を、もう一度だけ拡大した。カノジョの指先が、わずかに動いている。信号はまだ消えていない。
カレシは回収の装備と権限を、規定どおりに携行した。手続き上、向かう理由は足りている。
公園まで、経路は最短でよい。寄り道の設計は、案内人の仕事だ。カレシの仕事ではない。
ベンチの映像は、まだ更新されていない。次に更新されるとき、彼はもう、その前に立っている。
カレシは公園へ向かった。
【移動:開始】
【目的地:該当座標】
【回収:手続き上可能】
【実行:——】
実行欄だけが、空白のままだった。
回収の権限は、まだ自分の手元にある。
使うかどうかは、現場に立ってからでないと分からない、と彼は思った。
思ったことを、ログには書かなかった。
本作品を持って、『観測者の時空』におけるカノジョ・カレシの観測者として役割が終幕を迎えました。ご愛読ありがとうございました。
拙作の連載は今後、カクヨムに一本化してまいります。
続編以降は、カクヨムにてご覧いただくことができます。
カクヨムの作品紹介ページ
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