第10話前半 「加工編:綺麗になるということ」
午後の光が、やけに柔らかかった。
カフェの窓際は、いつも「映える」席だ。
SNSで見たあの投稿も、ここから撮られたものらしい。
沙織は、無意識にその構図をなぞっていた。
テーブルの上には、コーヒーとシフォンケーキ。スプーンの角度、ケーキのフォークの刺さり具合、コーヒーカップの取っ手の向き。
すべてが「いい感じ」に調整されている。
そして、その向かいに座る友人。
「ちょっと待って、そのまま。動かないで」
沙織はそう言って、シャッターを切った。
一枚。
確認する。構図はいい。でも、もう少し右に寄せたほうがバランスがいいかも。
もう一枚。
角度を少し変えて。光の入り方を確認する。
もう一枚。
今度は縦構図で。投稿するときに見やすいから。
「いいね、それ。すごく綺麗に撮れてる」
友人が笑う。
沙織は画面を見つめたまま、小さくうなずいた。
言葉が耳に入っているようで、入っていない。
意識は、すでに「次の一枚」に向かっている。
確かに、綺麗だった。
光はちょうどよく拡散していて、肌の色も自然に整っている。
背景の雑多な要素はうまくぼけて、二人だけが浮かび上がる。
ほんの数秒で、現実よりも“良い現実”ができあがる。
沙織は、その写真を少しだけ加工した。
彩度をほんの少し上げる。5%。
色が鮮やかになると、写真全体が「楽しそう」に見える。
影をわずかに落とす。明るさを強調するため。
コントラストを整える。メリハリをつけるため。
美白フィルターもかけた。強すぎない程度に。
肌の細かい凹凸が消え、均一な質感になる。
「素肌っぽい」けど「加工してます」とは言わせない——絶妙なライン。
「……これでいい」
そう呟いたとき、ふと違和感が走った。
――今、何をしていた?
目の前には、まだコーヒーの湯気が立っている。
友人は、何かを話している途中だった気がする。
でも、その内容が、うまく思い出せない。
「楽しかったね」「また行こうね」——そんな定型の会話は覚えている。
でも、そのときの友人の表情、声のトーン、間の取り方——そういう「その場の空気」が、まったく蘇ってこない。
画面の中の「完成された一枚」のほうが、
さっきまでの会話よりも、ずっと強く残っている。
「ねえ、さっき何の話してたっけ?」
沙織が聞くと、友人は少し驚いた顔をした。
「え? さっきの旅行の話じゃん。あの展望台で、風が強くて……」
「ああ……そうだっけ」
沙織は笑ってごまかした。
でも、その瞬間、はっきりと気づいてしまった。
“今”よりも、“記録された今”のほうが、強い。
自分の記憶よりも、スマホの中の写真のほうが、鮮明で、確かで——重みがある。
そのときだった。
✧ ✧ ✧




