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4話 魔女と隔たり

ある一区画へ足を踏み入れた途端、視界を遮るように高い壁がそびえ立っていた。


「先ほどお話しした、騎士団の詰所です」


ラヴェルナの歩調に合わせながら、サイラスが告げる。


街を隔てる外壁と見紛うほどに、それは高い塀だった。


「王都の城壁よりも、しっかりした造りですわね」


「はい。キャロスダンド領には、王都のような魔法の加護が施されているわけではありません。ですから、領の城壁同様に、硬度の高い石材を用いています」


説明を受けながら、ラヴェルナはそっと塀の表面に指を這わせた。


確かに王城と違い、魔力がまったく感じられない。


「なるほど。――わたくしの最上級の魔法を駆使しても、この塀は崩れなさそうですわね」


さらっと物騒なことを口にするラヴェルナに、サイラスはわずかに目を見張る。


「……その塀は、魔法を通しにくい封魔石で作られています」


「封魔石? 聞いたことがありませんわ」


サイラスの言葉に、ラヴェルナは小首を傾げた。


「この領地のみ採れる特殊な石です。……どうか、このことは口外無用でお願いします」


魔力を持たない者が多く住むキャロスダンド領にとって、それは数少ない対抗手段だ。

そのため領民には、厳重な箝口令を敷いている。

サイラスが包み隠さず話したのは、ラヴェルナがこれからキャロスダンド家の一員となるからに他ならない。


「ええ、分かりました。誓って口外いたしません」


サイラスの目を真摯に見つめ、ラヴェルナはしっかりと頷いた。


「感謝します」


サイラスはわずかに目を伏せるようにして礼を述べる。


「礼には及びませんわ。いわば、わたくしたちは運命共同体ですもの」


ラヴェルナの言葉に、サイラスは沈黙した。



ラヴェルナは、“オプスキュリテの魔女の再来”と称され、自他国で名を馳せる存在である。

【オプスキュリテの魔女】といえば、『その力で一国を滅ぼせる』と謳われる稀代の魔導師を指す。

そんな彼女がキャロスダンド家の一員となれば、領地を狙う隣国イヴェロージへの強い牽制となる。


一方のラヴェルナは、大陸で最も名の知れた魔導師組織【賢知の魔教団】から目をつけられていた。

手段を選ばず、彼女を手中に収めようと画策している連中だ。

そのため、魔法の通じないサイラスがラヴェルナの護衛に付くことになったのである。


二人の婚約は、そんな事情を踏まえた“利害の一致”によるもの。

ラヴェルナが言う『運命共同体』とは、そのことを指しているのだろう。


「……必ずお守りします」


「それは頼もしいですわ」


目を伏せたまま告げるサイラスに、ラヴェルナは静かに微笑んだ。




     ―――   ―――




石造りの塀に沿ってしばらく進むと、木製の門扉が見えてきた。


「サイラス様!」


静寂を破るような大きな声が響く。

門の前に立っていた一人の若い騎士が、こちらへ駆け寄ってきた。


「お戻りになられるという話は本当だったんですね!」


「……ああ」


「よかった! 皆、嬉しがりますよ」


若い騎士は弾んだ声を上げる。


「――アル! お前はまた勝手に持ち場を離れて……サイラス様、申し訳ございません」


後から駆けつけた壮年の騎士が、慌てて頭を下げた。


「……少々、気が緩んでいるようだな」


わずかに眉をひそめ、サイラスが低い声で指摘する。


「す、すみません!」


ようやく事態を理解したアルは、弾かれたように背を正し、深く頭を下げた。


「私が至らないばかりに……厳しく再教育いたします」


彼に続き、壮年の騎士が再び頭を下げる。


「もういい。……変わりはないようだな」


「はい」


その言葉に、サイラスは満足したように頷いた。


「ラヴェルナ様。こちらは騎士団長のキース=ベルナンドです」


ラヴェルナは紹介された壮年の騎士を見上げる。


「ベルナンド卿、お初にお目にかかります。ラヴェルナ=ルルファストと申します」


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、ラヴェルナ様」


裾を摘まみ挨拶すると、キースも胸に手を当てながら礼を返した。


「……“魔女”と呼ばれている、あの……?」


「アル!」


棘を含んだ呟きに、キースの鋭い声が飛ぶ。

はっとしたアルは、慌てて口を噤んだ。


そんな彼を見据え、ラヴェルナが柔らかく微笑む。


「……ふふ。わたくしの悪名は、ここでも健在のようですわね」


頬に手を添え、そう告げると、アルはみるみる顔を青ざめさせた。


「ラヴェルナ様、ご無礼を! 申し訳ございません」


「あら、別に構いませんわ」


代わりに謝罪するキースに、ラヴェルナはあくまで穏やかに応じた。


“魔女”という言葉は、古くから悪魔を使役し、人に災いをもたらす存在を指した。

時代が移ろい、その意味は“卓越した魔法の才覚を持つ者”という敬称へと変わったが、負の印象はなお色濃く残っている。


ラヴェルナを指す呼びその名は、闇と光――両方の側面を帯びていた。


魔力至上主義の社会において、キャロスダンド領の人々は長く冷遇されてきた。

その頂点に立つラヴェルナに対し、好意的ではないのは当然のこと。


ライアンが危惧した通り、この地で自分は歓迎されることはないのだろう。


――アルの反応は、その一端に過ぎない。


(……まぁ、これも“因果応報”というものですわね。ですけど――)


ラヴェルナは、そっと微笑む。


(大人しくすべて受け入れるのは、わたくしの流儀に反しますわ)


「ラヴェルナ様」


気遣わしげに名を呼ばれ、ラヴェルナはサイラスに見上げた。


「あら、話はもう済みましたの?」


「……はい」


「なら、先へ参りましょうか」


そう言って、ラヴェルナはいつもの調子で歩みを進める。

一拍置き、サイラスも後へ続いた。

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