決断と選択、宿命と運命(4)
二人は騒がしいホールを抜け、余計な注目を浴びないように隅の空いた席に着いた。
多少の視線は感じたが、プリシラが取り合わないのを見ると、客たちはすぐに興味を失って自分たちの会話に戻っていった。
騎士は隣の壁際に身を寄せているリオナラを見て、静かに溜息をついた。
「大丈夫よ、リオ。私がついているわ」
「……ん」
椅子に座る少女の体は、どこか小さく見えた。
木製のジョッキがぶつかり合う音、酒と焼き立てのパンの匂い、ホール中に響くざわめき。
それらすべてが、街の孤独と無関心しか知らなかった彼女には威圧的に感じられた。
それでも、隣にプリシラがいるというだけで安心感があった。
左手が無意識に再びジャケットの裾を求めたとき、リオナラは騎士の瞳を見つめた。
「ん? どうしたの、リオ」
「プリス……さっきの受付の人が言ってたこと、やるの?」
「賞金首狩り?」
その言葉に、近くのテーブルにいた農夫たちが一斉にこちらを振り返り、新入りの目的に関心を示した。
「ええ。ダンジョンに入るには、それしか選択肢がないようですわ」
リオナラはためらいながら小さな手を開き、ジャケットを離した。
「そ、それじゃあ……気をつけて」
プリシラは穏やかな笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でた。
「ええ。私のことは心配いらないわ」
隣のテーブルでは、三人の中年の農夫たちが疑わしげに顔を見合わせ、ひそひそ話を始めた。
「あいつ、あの有名な宿で騒ぎを起こした女じゃねえか?」
「ああ。子供を連れてるからって、追い出されそうになったんだろ」
「最近の連中は、子供一人入れるのも渋るのか。矜持より貴族様からもらう金貨の方が大事ってわけだ」
年長の農夫はニヤリと笑い、ジョッキを持ち上げた。
「よく言うぜ。お前だってその金貨があれば、牛の糞を混ぜる仕事なんてしてねえだろ?」
「ハハハ!」
「うるせえよ」
笑い声が響く宿の賑やかさに、プリシラの肩の荷が少しだけ降りた。
食事や宿の心配をしなくていいというだけで、体全体が軽くなるようだった。
彼女が椅子に背を預けて一息ついたその時、視界の端に木製のトレイを持ったカーラが近づいてくるのが見えた。
「はいよ、お待ち」
宿の主は二つの木製のボウルとスプーンを置くと、木製のおたまが添えられた肉シチュー入りの大きな鉄鍋、そして食べきれないほどのパンが載った皿、水が並々と注がれた二つのジョッキを並べた。
「ビールがいいなら、後で持ってきてやるよ」
「ああ、お構いなく」プリシラは軽く手を振った。「水で十分ですわ」
「そうかい。他に何かあれば言いな。これ以上は別料金だけどね」
「これだけあれば、十分ですわ……」
カーラは一度頷くと、軽く手を挙げて去っていった。「ゆっくり食べな」
「ありがとう」
プリシラはリオナラに視線を向けたが、少女は目の前の豪華な食事を前にして、どうすればいいか分からない様子だった。その碧の瞳がキラキラと輝いているのを見て、騎士の心は温かくなった。
「リオ、食べましょう」
彼女は目を丸くしてプリシラを見た。『本当に、いいの?』とでも言いたげな表情だ。
騎士は言葉で答える代わりに、おたまを手に取って彼女のボウルにたっぷりとシチューを注ぎ、それを少女の前に置いた。
「さあ、足りなかったらお代わりしていいのよ」
自分にもシチューを注ぎ終えると、パンの皿を二人の間に置いた。
「いただきますわ」
リオナラがスプーンを手に取る前に顔を上げると、そこにはすでに食事を平らげ始めているプリシラの姿があった。
決してがっついているわけではないが、その洗練された佇まいからは想像できないほどの速さだ。少女もそれに倣うように、パンを手に取って一口かじった。
香ばしく焼き上げられた外側のカリッとした食感と、中のふわふわとした柔らかさ。
次にスプーンで、ハーブの香る赤いスープの中に浮かぶ肉の塊を掬い上げた。
それは、古くなった硬いパンや生野菜しか知らなかった少女にとって、至福の味としか言いようがなかった。
丁寧に作られた食事という体験が、彼女の心を満たしていく。
だが同時に、抑えきれない悲しみが込み上げ、瞳に涙が溜まり始めた。
涙を流しながら、彼女は夢中で咀嚼した。
「大丈夫、リオ?」
少女は食事を飲み込んだが、泣いている姿を見られるのが恥ずかしく、目を合わせようとしなかった。
「う、うん……ただ……幸せで」
プリシラは静かに微笑み、ジャケットの内側からハンカチを取り出した。
「ほら、鼻をかみなさい」
彼女は静かにそれを受け取ったが、そのシルクの質感に驚いた。
「で、でも……汚しちゃうよ」
「ハンカチは、使われてこそ価値があるものですわ」
プリシラはパンを一口かじりながら言った。
「それに――後であなたが洗ってくれれば、それでいいでしょう?」
その落ち着いた態度に、リオナラは安心した。彼女は頷き、ひっそりと鼻をかんだ。
「プリス……色々と、ありがとう……」
「どういたしまして、リオ。でも、感謝の気持ちを示したいなら、たくさん食べることね」
彼女は柔らかく、しかしはっきりと言った。
「私の師はいつも言っていましたわ。強い体は、食事と鍛錬の積み重ねで作られるものだと」
プリシラは手を止め、リオナラの左腕を優しく掴んだ。
「今のあなたに必要なのは、まず体重を増やすことですわ」
「……ん」
彼女は静かに微笑み、瞳に決意の光を宿して食事に戻った。
「あたしも……いつかプリスを守れるくらい、強くなる」
「ふふ、それは心強いですわね。私はこれでも相当強いですわよ?」
腹を十分に満たした二人は、二階の自室へと階段を上った。
「リオ、私はこれからギルドへ行って賞金首の確認をしてきますわ。午後の間、ここでお留守番していられるかしら?」
「……うん、できるよ。でも、気をつけて」
プリシラは膝をついて鍵を少女の手に握らせた。
「これを持っていて。私が戻るまで外には出ないように。いいわね?」
「ん……」
騎士が去っていくのを見て、リオナラは少しだけ寂しさを感じたが、小さな両手をぎゅっと握りしめて深呼吸をした。
(プリスが戻るまでに、少しでも前進しておこう……)
彼女は背後で扉を閉め、鍵をかけた。床に腰を下ろし、深く長い息を吐く。
今の自分は、肉体的にはあまりにも弱い。だが、彼女には別の考えがあった。
自分の手を見つめる。細かな傷跡や古い火傷の痕が残る手。
その短い生涯の中で、彼女は今の状況にはおよそ不釣り合いな、ある技術を叩き込まれていた。
すなわち――魔法。
目を閉じた瞬間、背筋に恐ろしい悪寒が走った。
背中に刻まれた無数の傷跡が、まるで生きているかのように脈打ち、疼き始める。
内側に眠る魔力に触れようとするだけで、悪夢が蘇る。
(……だめ。この力がなきゃ、彼女の隣にはいられない)
彼女は迷いを断ち切るように目を閉じて瞑想に入った。
それはかつて、暴力によって心と体、そして魂に刻み込まれた、魔力容量を増やすための秘術。
沈みゆく夕日に照らされた温かな部屋が、突如として冷え切った。
魂の核から魔力を流し続ける限り、恐ろしい寒気が彼女を苛み続ける。
溢れ出した魔力が部屋に浸透し始めると、周囲の空気からは不気味なほどに生気が失われていった。
余剰な魔力は霧のように床付近に溜まり、穏やかな薄青色から、絶望を象徴するような深い紫色――、あるいは黒い煙のような色へと変質していく。
数分後、リオナラは激しく息を切らしながら目を見開いた。
「はぁ……はぁ……っ」
部屋には死の気配が漂い、震える手を見つめれば、一瞬、傷跡から血が滴る幻覚が見えた。
彼女は自分の体をきつく抱きしめたまま、声を殺して泣き続けた。
「あの場所は……もう何年も前に離れたはずなのに……。こんなこと、したくない……もう二度と……」
※次回更新は3月6日 21:30予定です。




