右足
毎日22時更新します…
今日は外出する、と決めていたミキナ。
どうしても見たい映画があるから。
彼女は劇場での映画観賞が好きだ。
映画そのものが好きなのは勿論だが、映画館自体が昔からのお気に入りプレイスなのだ。
理由一、人が大勢集まるから。
理由二、暗くしてくれるから。
理由三、みんなスクリーンに集中するから。
義足を付けるので夏でもロングスカートは欠かせない。
靴はフラット。
マジックテープ付きのヤツだ。
ミキナは座ると右膝の方が少し長いので必ずリュックを上に乗せる。
今日のコーデはカーキのロングフレアスカートにゆるっとTを合わせたゆるふわカジュアルスタイル。
キャップ&大きめ黒リュックのメンズライクな着こなしで小柄な自分をよく理解している。
たまに出掛ける用意をしても出れない時がある。
今日は大丈夫、とドレッサーの前で微笑むミキナ。
玄関口で椅子に座ると慣れた手つきで義足を装着。
彼女の場合、右膝の位置にある逆向きの右足首が膝関節の役割をするので分類上は長下肢装具になるそうだが。
スカートを下ろすと軽快に立ち上がって玄関を出る。
マンションから駅までは目と鼻の先。
この辺りは都内でも閑静な住宅街で「何もないけど」人気が少ないから気に入っている。
踏切を一つ渡って緩い下り道、ガード下にぽつんと駅の出入口がある。
ホームまでエレベーターもあるがミキナは上りの時は階段を使う。
緩い下り道も上り階段も全く問題なく歩行出来るのは、ローテーションプラスティのお陰だ。
回転形成術。
ミキナは七歳で骨肉腫の診断を受けた。
発育期の骨には成長軟骨と呼ばれる軟骨層があって通常はこれが伸びて硬くなり骨は成長する。
ガンに軟骨が冒されてしまうとこの骨が成長しなくなる為、彼女は幼くして抗癌剤投与の化学療法と同時に患部の外科手術の必要を余儀なくされた。
このケースであれば通常は二種類の手術方法が検討される。
一つはガン細胞に侵された成長軟骨を含む太ももの中間から下を切る大腿切断手術。
もう一つは切断せずにガン細胞のある骨や組織を取り除いて人工関節や人工骨を導入する置換手術。
まだ七歳のミキナには人工関節置換手術は当時の技術では負担大。
大腿切断手術も術後の歩行や運動機能の制限が大きくなる事は否めない。
少女のこれからを思う時、ミキナの両親は第三の選択をする。
大腿切断手術をした上で腫瘍部分を除いた下肢を神経と血管を保全しつつ、つなぎ合わせる。
この時、足首を反対にする事で『足関節を膝関節として代用』する手術方法。
回転形成術を選んだのだ。
幼いミキナは実にガンを克服し回転形成術によるリハビリにも対応してみせた。
あれから十年。
ガンの再発も患部の痛みもなく彼女は日常生活を送っている。
両親と医師の判断には何の不満もないし、自身は不自由のない少女時代を過ごす事が出来たと感謝している。
ただ、ここ数年間は。
社会での自分の身の置き方というものが少しわからなくなっていた。
それだけだ。
これから駅前にあるシネコン到着まで心血を注がなければならない。
ホームに上がるとすぐ電車が入ってきた。
この路線には女性専用車両がない。
緊張の面持ちのミキナ。
運良く乗客のいない席を陣取る事に成功。
膝上にリュックを置く。
少し安心してキャップから出た前髪を触り出した。
落ち着いたようだ。
車窓から流れる景色に目をやるミキナ。
イラストを描くから自然と色んなモノを観察している。背景は苦手なのだが。
今日観る映画はアニメ作品で漫画が原作。
ミキナは原作の大ファンなので数年前から二次創作のイラストを描いては、せっせとサイトにアップしている。
先日、三十代で作者が亡くなった時は泣いた。
到着駅が近づくにつれ窓からの風景も人の流れも少しずつザワつき出す。
スマホに集中するフリを始めるミキナ。
次の駅に着いた時スマホ越しに不穏な気配に気付く。
彼女の席、左斜め前のドアから乗って来た男がドアを背にすると車内を見渡して。
イヤ、睨み付けて突然喚き出したのだ。
「何見てんだお前らッ、おぁ?」
「おい、ケンカ売ってんのかコラ」
「やったんゾ、やったんゾこの野郎!」
平日の昼間から酔っ払ってんのかな?
怖くて手が震えるミキナ。
その他の乗客同様スマホから顔すら上げれない。
「赤くなってる絶対……」
車内の弱冷房を恨めしく思う。
彼女は緊張すると顔が真っ赤になる。
怒鳴り続ける男。
すると車両奥の席から百九十センチはあるサラリーマン風の男性がやって来て男の襟首をガシ、と掴んだ。
「他の皆さんに迷惑だろーが」
そう囁いた。
捕まった子猫みたいにジタバタする男。
「ヒーロー登場じゃん……マジやばッ!」
少し元気になったミキナ。
初めて男をチラと見る。
ヨレヨレのTシャツに作業ズボンを履いた初老の男性。
しかしその右腕は。
肘から先が欠損して無かった。
それではまた…




