第11話『旅人は、風を連れて』
風が変わった。
晃志は朝の空気を吸い込みながら、ふとそんなことを思った。まだ雪の残る道に、春の匂いが混じっている。
「……来るな、こりゃ」
その日の昼、村の外れにひとりの旅人が現れた。褐色の肌に背負い袋。まだ若い男で、名をオリヴァと名乗った。
「俺、旅の商人でして。北の村から南の市まで、色んなもんを見てきましたけど……こんな村は初めてです」
彼の目は、晃志が並べた提灯に釘づけだった。手に取り、火を灯し、じっと見つめる。
「布も骨組みも、ようできとる。炎が……生きてるみたいだ」
晃志は微笑む。「八女の技ば、ちいと混ぜたとよ。ぬくもりは、人の手から生まれるっちゃけん」
オリヴァは、村の中を歩きながら目を見張った。石鹸やお茶、こま、人形、そして矢――すべてが、村人たちの手で丁寧に作られていた。
「これ、王都で出したら、祭りになるかも知れんですよ」
「王都?」
「ええ。いま、王様が“地方の技”を集めた催しを開こうとしてるって話で……もしよければ、俺がこれ、持ってって紹介してもいいですか?」
晃志は一瞬、焚き火の炎を見つめた。
「……技はな、守るだけじゃ、いずれ滅ぶとよ。伝えて、繋げてこそ、生き続ける」
彼は倉に入り、10個の提灯を手渡した。一本一本、自ら火を灯し、確かめるように光を見た。
「この光ば、ちゃんと伝えてくれ」
「はい。責任もって」
オリヴァは夜明けとともに出発した。提灯の火は一つ、彼の荷車の中で小さく揺れていた。
見送る村人たちの表情は、どこか戸惑っていた。希望と不安が、同じ火の中で揺れていた。
「……これでよかったんですか?」
エミリアが、そっと問うた。
晃志は火の残り香を胸に吸い込みながら言った。
「うん。火は風に乗って、次の場所を照らすんよ。――それが、おいの“ものづくり”やけん」
エミリアは静かにうなずき、最後にこうつぶやいた。
「じゃあ、あの人は“風”なんですね。……きっと、次の誰かを灯してくれます」
晃志の視線は、旅人の小さくなった背中の向こう――まだ見ぬ、王都の空へと向かっていた。




