A0618 許されざる者
急な登り坂を上り、祭祀場へと辿り着いた後虎と石見。
既に宴もたけなわ。あるいは後の祭り。死闘の決着は着き果てて。横たわる、つわもの共が夢の跡。
墓の勝利は口に苦く、勝者は敗者に腰を下ろして、慙愧の念に打ちひしがれていた。
【狩人】どもは朽ち果てて、生き延びたのは【王】ひとり。
そいつは辿り着いた二人についと目を向け、苦く笑いながら立ち上がる。
「お疲れさん、警戒を解かずに聞いてくれ。この強姦魔はブッ殺したが、今度はあたしが【ドラゴン】だ。
頭の中に変化はねーと思ってるが、よく分からん。【情報】を伝えるだけ伝えるから、その後ブッ殺してくれ」
【王】は、緊張した面持ちでそう告げた。
こう言っては何だが、石見には意味が分からなかった。後虎は緊張の面持ちで、何も言えずに棒立ちだった。
「何人生きてる?」
「わ、わから……ない……」
「そっか」
イヤイヤをする石見に、【王】は沈痛な面持ちで俯いた。
石見は誤解を解こうとした。しかし、何が誤解なのか分からなかった。
事実、何人生きているのか分からない。
だがそれ以上に石見が分からないのは、目の前の【王】が、【ドラゴン】を名乗る女性が、見慣れた人物だということ。
「【馬頭】の女はちゃんと死んでるか? あたしを殺すとあっちが【王】を継承しちまう仕様だ。
朱里さんが考えてた通り、【幹部級】を全部合わせて【ドラゴン】だったって事だな」
「殺したよ」
「助かる」
ぼんやりとした口調で答える後虎。その心に虚無いが去来していることは、誰の目にも明らかだった。
「まず気持ち悪い話だが、【ドラゴン】の目的は不明だ。
人類の発展、勝利…………正直訳わからん。本当に、そんなことのために存在していやがる。
前にも話したがそれは過程で、きっとその『先』がある。だが、そこまではマジで見えない。
少なくとも【ドラゴン】は【狩人】の存在すら歓迎してやがる。しかも積極的に洗脳をするのではなく、協力者になりたいみたいだ。訳わかんねー」
訳がわからないのは石見も同じだが、しかし今は【王】の言葉に耳を傾けるべきだと思った。そうしなければ、伝えなければならない…………なぜ?
「あ、あの……小野さんが、自分で説明……しては?」
「無理だろ。【敵】に汚染された個体に『次』は無い。【ラストイル】はあたしを許さない。だからあたしは『ここまで』だ」
石見が息を呑むのと、後虎が悲鳴を噛み殺すのは同時だった。横目で見ると、後虎は肩を抱いて震えていた。
小野が悪夢の怪物であるかのように、目を逸らして歯を鳴らして。
「それ……は……!」
「最悪『現代』にも戻れねー。だから探すな。それに覚悟は決まってる。気にすんな」
気にするに決っている! だけれど、目の前の、本当に女はここで死ぬ気だった。
石見には、それが理解できた。理解できても納得できないし、ただひたすらに苦しかった。
「それより【情報】だ。あたしの【防具】が意のままに動くように、一部の武具は粒子操作で思わぬ挙動をするかもしれねー。
【ドラゴン】的には『魔力』みてーなファンタジーなこと言ってたが。
何にせよ、『それ』を開くのも【ドラゴン】の目的みたいだった。人類の使われてない部分を使えるようにする的な」
その結果が、【マンモス王】や【幹部級】のような肉体強化である。
「他の【ドラゴン】がどう動くかはいまいち分からない。奴らは一枚岩じゃねえ。それぞれ目的に対して最も良いと思う手段を取っているみたいだ」
「目的って」
「人類の発展な」
後虎の問に【王】は肩をすくめた。
「2008年のことも、2024年のことも、この【ドラゴン】は管轄外だ。マジで使えねー。他の【ドラゴン】に関しても、位置情報だけで地図もねーから何も分からん」
石見はただ、【王】の話に頷くばかり。いつの間にか後虎は壁に寄りかかり座り込んでいた。顔色も悪い。
いや、顔色なら石見もきっと最悪だろう。小野から【貸与】された【防具】に隠されているけれども。
「す、管金さんは……どう、どうするん……」
「何なら、『私じゃだめ?』って聞いて……」
「だめでしょ!」
瞬間、石見は沸騰した。【王】に駆け寄って、その両肩を掴んで揺さぶっていた。
「小野さんじゃなきゃ!!」
「デカい声も出せるんだな」
「だめでしょぉ……」
石見は嗚咽を漏らしながら、【王】にすがり付いた。豊満な乳房に顔を埋めて、べそべそと泣きじゃくる。
【王】は石見の背中を優しく撫でて、泣くに任せた。
「…………ねえ、おのっち。次がないって、どんな気持ち?」
【王】は顔を上げ、後虎を見た。底なしの虚穴みたいな双眸が、どんよりと向けられる。
「あたしみてーに、大した事ない女だ。生きてる目的も喜びもなかったんでね、潮時ってやつじゃね?」
「そんな生き方……辛くないの?」
「辛いよ? でももっと辛い奴はきっとゴマンといる」
後虎は言葉を失った。三年間の喜びだけを糧にし、残りの一生をやり過ごすつもりだった。
でももしかして、糧があるだけマシなのか? 生きてる喜びも理由もなくて、苦しいだけの人こそありふれているなのでは?
「だからさ、これでいいんだ。これがあたしの生きた証で、石見と後虎は【望み】を叶える。それでいいじゃないか」
「よくないよぉ!」
むせび泣く石見。【王】は穏やかに頭を振る。
よくない。だが、斬らねばならぬ。
感情と義務のせめぎ合いに、後虎は心が引き裂かれるのを感じた。それでも、石見にやらせるわけには行かない。
震える足で立ち上がり、後虎は心を虚無に落とした。




