S0617 考えるまでもない
『洞窟』に約一日監禁されていたテッサは、その間にクリスと雑談することで時間を過ごした。
流行りものや映画の話題で、テッサは二人の時間軸が異なることを発見した。元号の話題で確信し、テッサはクリスにその情報を共有した。
その16年のズレが何を意味するのか、テッサには理由は必要なかった。ただ、運命だった。
管金に遭遇した時、テッサの胸の奥でファンファーレが鳴り響いた。
パンパカパーン! この子、この子です! 私はこの子に会うためにここにいまーす!
大きな耳の形、丸い鼻、ゴワゴワした髪の毛、全部あの人そっくり!
逆に目元とか大きな口は私によく似てる。これは私の息子なのでは? 未だ生まれてきていない我が子が、私に会うために時間を飛んできてくれたのでは??
最高にかわいい! 抱き締めて頬ずりしてちゅっちゅしたい! まあまあ、なんて元気そうなの? しかも女の子を二人も連れてて、モテモテなんじゃない? それなのに偉ぶらないし、育ちの良さから人の好さがにじみ出ている。
似てるだけの赤の他人とは考えなかった。テッサの女の勘が間違いないと叫ぶのだ。
テッサの【望み】は当然我が子、管金兼白の幸せだ。
とはいえ、名前についてのやりとりを経て、テッサも何かおかしいのではと考え出した。
この子は本当に私の子なの? 私が名前をつけたって、どういうことなの?
もしかしたら赤の他人……いや、自分と兼千さんの関係を考えれば甥っ子か?
だが、少なくともテッサは、一足りないなんて名前をつける理由がない。
もしも半年後のテッサが百の【狩人】について知っていたとしても、だったら尚更、【狩人】全員を兼ねるだなんて、そんな残酷な名前をつけるとは思えない。
赤の他人、知らない誰か。
自分の息子ではない、どこの誰とも知らない男。
そんな奴のために。テッサは命を救う賭けられるのか。
考えるまでもない。考える事ではない。
考える前に、体は動いていた。
背後から聞こえる朱里の絶叫から逃げるようにして、管金とテッサは祭祀場に続く長い坂を駆け上がった。
腐臭と香木の甘ったるい悪臭が混じり合い、吐き気を催す異臭が充満する空間は、巨大な篝火が燃え上がり、ムッとする熱気に包まれていた。
管金がそこで真っ先に目にしたのは、両手を縛られて組み敷かれた小野と、不敵に笑う【マンモス王】。
「小野さんを離せ!!」
「ハハハ見ろ! 来たぞ! お前のあるじが!」
高笑いしながら立ち上がる【マンモス王】。その余裕綽々な態度が癪に障った。
「馬鹿! 来るな!!」
小野の悲鳴に踏みとどまれたら。
そんな風に考えるのは馬鹿げている。戦場にもしもはない。
革紐を使ったワイヤートラップ、落下する松明、その下に穴。土の中に何があるのか、【マンモス王】の襲撃を受けたテッサと管金は簡単に想像がついた。
黒色火薬によるブービートラップ!
爆音、火薬の炸裂によって発射された無数の小石が、ぶどう弾のように管金に襲いかかる。小石で作った指向性対人地雷である。
原理は火縄銃に近い。L字の穴に火縄代わりの松明が落下して着火。火薬が炸裂して小石をばら撒く。
【防具】が弾丸に耐えうるか、管金の鎧具足ならばどうか、罠に引っかかった管金よりも、己の安全を取るべきか。
そんなこと、考えもしなかった。考えるまでもなかった。
「管金さん!!」
テッサの体は勝手に動き、管金の盾になった。無数の弾丸はテッサの【防具】を貫通しなかったが骨にヒビを入れた。
だが、それ以上に。露出した肌、指先や顔面、眼球に深く食い込み、致命的な傷を与えた。
そして残念ながら、庇われた管金にもひときわ大きな石が命中。石槍の先端だったその石は鬼面を砕いて顔面の皮を削ぎ、管金の頭部右半分に深い傷を付けた。
「うああああ!!?」
テッサは無惨な有様で、何度か大きく痙攣して息絶えた。
管金はたたらを踏み、しかし倒れずに立ったまま動きを止めた。
「管金! テッサ!」
小野の血を吐くような悲鳴を聞きながら、【マンモス王】が悠々と斧を取った。
「やはりこれが『すがね』か。どれ、こいつを殺し、我こそが最強、お前のあるじに相応しいと見せてやろう」
「チクショウ! クソ!」
手を縛られては斧も投げられない。腰が抜けて立つこともできない。小野は不甲斐なさと怒りで涙が滲んだ。
だが、最後に一つだけ、わずかな希望が残っている。小野は砕けた鬼面を、血を流しながら立ちすくむ管金を見た。
まだ、まだだ。【防具】が消えていない。管金はまだ死んでいないし、多分意識が残っている。
「管金!!」
小野は祈るように、あるいは懇願するように叫んだ。それしかできない自分を呪いながら。
管金もまた重傷だ。なのに、彼に頼るしかないのだ。
「斬れ!!」




