S0614 騎兵隊の登場
「走れ管金!」
【馬頭】は八角に任せて、張井は弓を引き絞った。
マンモスに追い回されてとっくにボロボロだった身体は限界を訴えている。『杖』を使っても弓を引くのが辛い。辛いというか両手はずっと刺すように痛い。
弓を握っているのは見えるので、まあなんとか役には立てる。
マンモスは背中の【馬頭】に遠慮しているのか動きがゆっくりだ。それでもコンパスがちがうし、息も絶え絶えの張井ではすぐに追いつかれるのがオチだろう。
それでも、張井は矢を放つ。肩のあたりで何かが千切れたような感覚。次はないかも。
轟々と音を立てて降り注ぐ矢の雨。管金、鉄鎖、クリスに襲いかかる【敵】へ。
【防具】があれば張井の弱矢は刺さらない。【敵】の悲鳴。上手くいくことを祈るばかり。
【敵】に正面から打ち掛かるクリス、側面から突進する長月。意外と血の気が多い。
後方で投槍器を構える【敵】を、素早く移動した朱里が排除。大振りな石のハンマーを振り回す【精鋭】は、矢に怯んだ隙にクリスが打突。
行けるな、張井は安心した。
次の矢を番えようにも、腕が上手く動かない。
それでもまあ、管金は『洞窟』に送り込める。テッサとクリスが護衛につく。
そのクリスが、燃える眼を張井に向けた。
「周り見ろマヌケ面!!」
気がつけば、マンモスが直ぐ側に忍び寄っていた。鼻の打撃。その直前に鈍い音を立てて石が顔面にヒット! 否、ストライク!
直撃は避けたが、張井は腿に重い打撃を食らってうつ伏せに倒れた。激痛に身悶える。これは踏み潰されるコースだ。
その間に朱里が【敵】の脚を棒手裏剣で縫い留め、管金とテッサが横穴に駆け込んだ。
守る位置に立つ長月。クリスはどうした?
張井は痛みで白く点滅する視界で、女戦士を探した。
『洞窟』内部に【敵】がいるなら、排除できる誰かが必要だ。
「こっち来んな!」
「アンタにも!!」
チーターの様な速さで駆け込んできたクリスが、無様に倒れ込んだ張井を助け起こそうとする。
もういい、張井は泣きそうだった。元より戦力外の自分が、案外うまくやれた。それで十分だった。
「ほっとけ!」
「借りがあんだよ!!」
細身のクリスが、小太りの張井を助け上げるのは無理があった。張井は最後の力を振り絞るも、立つこともできない。
当たり前だ。さっきの一撃で脚がへし折れていた。
視界の隅でマンモスの鼻が振り上げられる。弓を取ろうとした瞬間、腹を蹴られて張井は倒れた。
次の瞬間、眼前を通り過ぎたマンモスの鼻が、クリスの身体を薙ぎ払っていた。
「ああああああ!!!」
弓を! 張井は無我夢中で【武器】を呼び出した。
今まで感じたことのない殺意に絶叫しながら、張井は無我夢中で弓を引き絞る。手が使い物にならない? うるさい! なんでもいい!!
左肘で弦を押さえ、動く左足で弓を押す。せめて一発でも打ち込んでやらなければ!
そうしなければ終われない!!
「両手で数えられる程度の数で、ワシらにかてるつもりか、馬鹿め! 見ろ! 我らが【王】の軍勢がやってきたぞ!」
八角と打ち合いながら、【馬頭】は彼の背後を示した。八角は振り向くような愚は犯さない。しかし、背後から地鳴り、迫る馬のいななき、怒声、雄叫び……斥候した際に確認した集団がこちらに迫っているのは確かなようだった。
「百を三つだ! 貴様らがいかにバケモノでも、この数には勝てまい!!」
「やりようによるな」
八角は冷たく答える。勝てない数ではない。【馬頭】ほどの達人は居ないだろう。雑魚の集団ならば、時間をかければ勝てる自信が八角にはあった。
しかし、その戦いに耐えられる【狩人】はおるまい。八角以外は全員死ぬだろう。そして、疲弊した八角では【マンモス王】にも【馬頭】にも勝てまい。
そして、やり方次第では張井、石見、朱里の三人でなんとかしてくれるはずだ。
ならばここで、少なくともここで、【敵】が合流する前に【馬頭】を討たねばならない。
この女戦士と打ち合えるのは、八角と管金しか残っていない。
八角が棒で打ち込むと見せかけ、朱里から【貸与】されていた棒手裏剣を打つのと、【馬頭】が骨斧を投げるのが同時だった。
【馬頭】の胸に突き刺さった棒手裏剣は、豊満な乳房と分厚い胸筋に阻まれ致命傷には至らず。八角は脇腹を抉りながら通り過ぎた骨斧に膝をついた。
失態に青ざめてももう遅い。
【馬頭】を討ち損ない、負傷した。八角の脳裏に敗北の二文字が浮かぶと同時に。
「…………なんだと?」
呆然とする【馬頭】。思わず振り返る八角の目に映ったのは…………。
悲鳴をあげて潰走する【敵騎兵】と。
凄まじい勢いで追撃する、たった一騎の。
【狩人】。




