S0613 障害物
「戻って来たか、ワシ自らの手で叩き潰してやる!」
踏み均され、【敵】とマンモスの死体が山と重なる『洞窟』。立ちはだかるマンモスの頭に仁王立ちするのは、猛禽の羽根をマントのようにたなびかせ、骨の斧を両手に持った女だった。
鍛え抜かれた腹筋、露出した乳房、兜代わりの馬の頭蓋骨。それはまるで死神のようにすら見えた。
彼女とマンモスだけではない、生き残った【敵】もいる。
「管金、出るな。ここは俺たちでやる!」
張井が輝く粒子の矢を射出した。まっすぐ飛んだ矢はマンモスの額に命中。張井の背中に広がる粒子から、一瞬遅れて飛び出す矢の洪水、矢の嵐。256本の矢嵐に晒されて、しかし【馬頭】は不敵に笑った。
轟々と降り注ぐ矢の雨を、【馬頭】は羽根のマントで一払い、矢の威力が弱いのを見透かされていた。マンモスも毛皮を貫けず。
「弱い!!」
投げ下ろされる骨の斧、前に出た長月が【盾】で防ぐ。振りかぶる石見。その手には宍戸の楔。
マンモスの足元に向かって飛んでいく石。ドンピシャのタイミング。であるが、突然のブレーキ、落とし穴を巧みに避ける。
「馬鹿め! 貴様らの手管などお見通しだ!」
「おれが!」
飛び出そうとする管金の肩をテッサが掴む。出るべきではない。
「散開!」
左右に分かれてマンモスの突進をやり過ごす【狩人】たち。管金、石見、テッサ、八角と朱里は右。そしてクリスが左へ。鶴来、張井、長月、宍戸が右へ。
一瞬の停滞。張井の思考が加速する。
これは、作戦を考え直す必要があるかもしれない。屋外での戦闘の内容が【馬頭】に知らされているならば、【マンモス王】にも知られていてもおかしくはない。
だが、手勢と負傷者から考えて、ここで攻めねば後が無い。
別行動中の木場たちを待つのも手の一つだろう。しかし、彼らは野戦用の騎馬戦力の予定だった。
【馬頭】が狙いを少ない側、張井たちに向ける。宍戸を背負った鶴来もおり、逃げ回るのは難しい。
丸太のような鼻が振り回される。地面に転がって避ける長月と張井、だが、鶴来は避けきれない。衝突直前に左手を前に、【盾】で防ごうにも防ぎきれる質量ではない。
「がふっ」「うぐっ!」
「鶴城!!」
メキメキと、嫌な音が聞こえそうな勢い。吹っ飛ぶ二人、鶴来の【防具】は目を覆いたくなる程にひしゃげていた。
「まず二人! そのまま虫どもを踏み潰せ!」
「やっべぇ!」
張井がみっともなく四つん這いで走り、長月に駆け寄る。盾にでもなろうというのか。
しかし、マンモスの体重は10トン。踏み潰されては二人まとめてペチャンコだ。
「張井さん!」「お前はあっちだ」
飛び出そうとした管金を、今度は朱里が止める。彼女が指差したのは『洞窟』近くの壁面、そこに穴が空いていた。
地面に倒れ、荒い息でのたうちながら、宍戸が、管金を見ていた。その目が行けと、【ドラゴン】を殺せと物語る。
横穴との間には【敵】、素早く排除する必要がある。
「でも!」
「行け、拙僧らに任せよ」
管金の代わりに飛び出した八角、棒高跳びの動きで、マンモスの上の【馬頭】にドロップキック。
「なにぃ!?」
想定外の攻撃に反撃できない【馬頭】。マンモスの狭い背中で八角と対峙。
「て、テッサさん……小野さんを、頼みます」
「……………………はい」
石見も戦闘に参加、おおきく振りかぶってマンモスの膝裏狙い。朱里も側面へ走る。
残るクリスはマンモスと管金を見比べた。
「護衛が必要なんだっけ?」
「頼めますか?」
クリスは髪を掻き上げようとして、無惨に刈られていることを思い出して舌打ち。
「あの『洞窟』にゃ嫌な思い出しかないけどさ、助けてあげるよ…………ランダのアンタにゃ借りもある」
「借り?」
小首を傾げる管金、まったく身に覚えがない。
「服」
「あー、いいのに」
管金の学生服の上下は、全裸だったクリスはに貸してそのまま帰ってこなかった。
アンネに『要塞』で脱がされて、捨てられたか焚き付けにされたか、あるいは放置されてそのままなのだろう。
「えと……えと、管金くん……」
「うん」
どれだけ巨体で、頑丈な皮膚と毛皮に覆われていても、関節の内側は柔らかい。
右後ろ足の膝裏を執拗に狙い撃ちながら、石見が管金に声を掛ける。
名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。管金はそう思いながら頷いた。
「勝って」
「任せて」
二人はそれで十分だった。
「くそ……情けないな……げふっ」
左腕がへし折れている。上腕の途中で肉を引き裂いて骨が飛び出ていた。折れた肋骨が肺に刺さったのか、呼吸をする度に血がこみ上げる。
鶴来は這いつくばって、うまく動かない身体を引きずりながら移動していた。
「宍戸……げほっげほっ……おい、死んでるか……?」
「う…………ぐぐ……」
鶴来は、もう駄目だろう。鶴来自身もそう判断できた。いずれ死ぬ。死ななくてもこの戦いの戦力にはもうならない。
だが、宍戸はどうだろう。宍戸は【武器】さえあればまだ役に立つ。戦える。ならば鶴来は、その盾くらいにはなれるかもしれない。
「くく……げほっごぽっ…………笑えるな……」
鶴来は自嘲した。
とんだお笑い草だった。彼は自分を、持っと自己中心的で冷酷なニヒリストだと思っていた。
それが?
まさか自分の身の安全よりもチームの勝利のために行動するなんて信じられない。
そんな自分が存在するなんて、ほんの少し前の自分では想像もできなかっただろう。
翔斗は、双子の兄はいつから気付いていたのだろう。業腹な話だが、想像以上に鶴来の双子は似通っていたようだ。
二日前、宍戸が管金相手に失敗した時に罵倒して切り捨てずに連携すれば勝てただろう。
だが、そこで勝ったとしても、【ドラゴン】に、【マンモス王】に辿り着くこともなく【敵ライオン】の夜襲で全滅していたに違いない。
「あー……勝ちたかったな」
誰に?
管金? 翔斗? 【王】……?
その全てだ。しかし、それはもはや出来そうになかった。




