第五話
リリアがクッションを壁に向かって投げたタイミングで部屋の扉をノックする音がして、思わずギクッとしてしまう。
「リリア様、お茶をお持ちしました」
扉の外からマリーの声。
「――入って!!」
イラッとしているリリアの返事を聞き、部屋に入ってきたマリーはお茶のセッティングをして、お茶を入れ、リリアの前にティーカップを置くのだった。
「リリア様、お茶をどうぞ」
イラっとした顔を隠さず、返事をしないまま、リリアはお茶を一口飲む。優しい味にイガイガした気持ちが少し落ち着く気がするのだった。そして、横に少しのショコラが可愛いお皿に入れて添えられていた。それを口に含んで味わうと気持ちがリラックスしてくるのを感じるのだった。思わずにっこりとマリーを見る。
「ありがとう。美味しいわ」
「喜んでいただけて良かったです。私夕食の用意をしてまいります」
マリーはリリアへ微笑み返し、礼をして部屋を出て行ったのだった。
部屋に残ったリリアはゆっくりお茶を味わいながら、ショコラを食べる。
――私、前世を思い出してからこんなゆっくりお茶を飲んだことないかも。ライオネル様を攻略することばっかりで、余裕がなかった? 推しのライオネル様を攻略できないなら、他を攻略してもあんまり意味ないかも……そんなリスクを冒すより、ここにいたほうがいいのかしら。はぁ~。
思わずため息をついてしまうリリアだった。
夕食の準備ができたとニールに言われ、リリアはダイニングルームに案内される。
王都や領都の屋敷の大きな長いテーブルとは違い、6人掛けぐらいの大きくないテーブルに一人分のセッティングがされていて、リリアが座ると同時にニールが騎士であるにも関わらず、サーブをしてくれるようだった。
マリーの作った料理を無言で一人で食べるリリア。王都や領都の屋敷の食事程豪華ではないものの、ちょっと豪華な家庭料理と言う感じで、元々母が亡くなり男爵家に養子に入るまで平民だったリリアには贅沢を感じるほどであった。が、しかし、この国のパンの固さだけは辛いのか眉をしかめながら食べるのだった。
そのリリアの食事の様子を見るニールは何も言わずに黙々と食べるリリアを見守っているのだった。
リリアの食事が終わった頃、マリーが食事がどうだったか確認にきたのだった。
「料理は美味しかったけれど、パンが固かったわ。歯が折れるかと思ったわ!!」
パンが美味しくなかったと顔でも表すリリアに、マリーはおろおろする。
「も、申し訳ありません。この辺りではこれが普通なのですが……王都の方のお口には合いませんでしたか……申し訳ありません」
おろおろとするマリーが深々と頭を下げる。ニールがマリーを庇う様にマリーの前に歩み出た。
「リリア様、ここは王都ではありません。ここではこれが普通なのです。これに慣れていただかなくてはいけません」
「何よ!!慣れろって!!好きでここにいるわけじゃないわよ!!」
怒ったリリアは自分の部屋へ走って帰っていってしまったのだった。
その場には、マリーとニールが残されてしまった。
「マリーさん、すみません。マリーさんの作られた食事に文句をおっしゃられているのを聞いて我慢できず、口を出してしまいました。この辺りの家庭で食べられるより豪華なメニューなのに、あのように文句をおっしゃられてがまんできませんでした」
謝りながら頭を下げるニールにマリーは微笑みを返す。
「ニール、ありがとう。私の腕ではなかなか王都のパン屋のようなものは作れないからねぇ。リリア様も色々あってここに来られているようだからお辛いんじゃあないかい?」
「でも、言っていい事と悪い事がありますよ」
「まだ一日目だから慣れてらっしゃらないからねぇ。そのうちお慣れになられるんじゃあないかと思うよ」
「だと良いのですが……」
難しい顔をしてニールが返すのだった。
「じゃあ、私はお茶をお持ちして、リリア様の湯あみの支度をしてくるよ」
そう言って、マリーはその場を離れていった。