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僕らのバンドができるまで  作者: リリアン G
9/14

葛藤と不安  <アレックスが語る>

僕はアレックス。

僕が深い谷底から、いかに這い上がったかを話そう。


.....................


僕がスタジオを逃げ出した2日後の朝、アランがいつものエスプレッソカフェに現れた。人目を気にして彼はこの頃キャップを愛用している。キャップを深めにかぶっているので、彼の表情が判断しかねた。


「アレックス、おはよう、元気?ちょっといいかな。時間取らせないから。」

「アラン、おはよう。あの時、初めて会った日以来だね。一昨日のことだろ?ごめん。ちょっと疲れてたから。」

「そうかもね。」

彼はいつもの神秘的な微笑みを浮かべた。キャップの陰で口元しか見えない。


「僕はもう使い物にならないと言いに来たの?それなら一昨日そう言ってくれたらよかったのに。」


彼はキャップを上げ、僕の目をじっと見据えて、一気にまくし立てた。

「何をいうんだよ、アレックス。僕はさ、実は君のことをあまり考えていなかったのかもしれない。

謝る。もっと君を知りたくて来たんだ。僕はね、君がよく見えていなかったと思うんだよ。凄く反省した。

君にね、僕に合わせるというより、もっと自分の中身を解放してほしいと思っていて、、、」


僕は彼を遮った、

「アラン、それって、僕に医者をやめろと言いうのと同じだよ。」

「そうじゃない。やめなくていい。一緒に続けてほしい。

だが、僕に従順に従ってほしくない。僕は独裁者じゃないし、エンペラーでも神でもない。

僕をそういう風に設定しないでくれ。僕はそんな役を演じられないよ。」


なんだ、朝からこの少年は、何を言い出すんだ。

でもこの2日間、自分はどちらかを選択しなければならないと考え続けて、よく眠れなかったのは事実だ。


ここで結論が出たら、どんなに楽だろうと思った。


「アラン、君の才能に惚れている。尊敬している。君の曲を、僕にできる最大限で表現したいと努力してきた。僕の技量では不足ではないと思ったが、ベストを尽くしたつもりだ。役に立たないなら、今はっきりそう言ってくれ。その方が僕が気が楽だ。やめても後悔はない。やるだけやったんだから。」

と言葉を吐き捨てた。


アランは青ざめて、その口が少し震えているように見えた。


「アレックス、君は期待以上の仕事をしてくれてるよ。でも、君は自分と本当に向き合っていないと思う。この前のスタジオでは、自分が全然音に出ていなかったよ。それが不満だった。あのライブの時は出来たと思った。君はつかんだって思った。なぜ、ザリガニみたいに後ろへ下がっていくんだよ。」

彼は小さい体の全身の力を振り絞って訴えた。


このひ弱なやつ、僕よりずっと若いのに、年上の僕に向かってそこまで言うか。

「もともと、二股掛けでいいというから、やってきたんだ。君がそう言うなら、もう限界だと思う。」


アランは僕を直視して迫る。

「どちらを取る?」

「医者をやめることはできない。」

言ってしまった。しかしこれで良かったのか?僕は、次に言わなくてはならない言い訳の言葉を考えていた。


だがアランは、有無を言わせずまくし立てた。


「アレックス、スケジュール的には両立できるように調整している。これからもそうだ。

それは保証するので、バンドを続ける以上僕はもっと要求したい。自分自身の音をみつけてほしい。そして僕と対等に自分の音を奏でてほしい。


僕を君の幻想で縛らないでほしい。僕はマスターじゃない。光は流す。だけど音は君自身でクリエイトしてほしい。僕の意向を伺う必要はない。


光を感じてくれればいい。それを君が表現するだけだ。そういう音、ギターの旋律が欲しい。君が、自身で創ってほしい。僕のこの気持ちを分かってほしいんだ。僕はカリスマではない!」

言ってから、彼は肩で息をしていた。


時間だ。行かなくてはならない。

「すまないが、行かなくてはならない。よく考えさせてくれ、アラン。あの、今夜の練習は行けないかもしれない。会議があるから、悪いけど、これで。」


僕は、アランを残して店を出た。


そして、その日一日中、このアランの言葉を反芻していた。

会議なんてなかった。


…………………………


その夜の練習には行かなかった。


ニコールとレストランで食事をして、ベッドに入る前に、ポールから電話があった。

ニコールは失望した顔をあらわに見せつけた。

僕は書斎に入って、話し始めた。


ポールは僕を気遣っているような声で言った。

「アレックス?遅くに悪い。今夜、来なかったね。会議だったのか?」

「ううん、、、、実はさぼった。」


しばらくの沈黙を挟んでポールは言った。

「どうしたんだよ?バンドのことで悩んでるのかい?」

「ああ、ポール、君にはすまないことしたと思ってる。バンドに誘ったりして。」

「えっ?」

「こんな深みにはまってしまって。実は僕、迷いが出てきたんだ。」

「なんだよ。君の方がのめりこんでたのに。どうしたんだい?」


「僕は医者をやめたくない。両立は無理だと思うよ。」

「僕はやめないよ、弁護士は。」

「ポール、君は両立できるのか?」

「まあな、折り合い付けてるよ。まあな、綱渡りだが。」

「でもポール、彼は、アランは、僕たちが一線を超えることを望んでるだろ?出来るの、君に?」


ポールはしばらく考えていた。

「そうだね。本当に。深みにはまってしまったね。」

「あのシェーパーズのステージで、あれはアランの描くところだったが、僕たち一線超えちゃった気がする。やばいよ、本当に。」

「そうだよな。そしてアランは、そこからまた上を望んでるよね。」


僕は言った。

「そう、僕はだから限界なんだよ、、、出来ない、、もう。」


ポールは言った。

「今夜、アランも悩んでいたよ。君のことは一言も言わなかったが。」

「で、ポール、君は、どうなんだよ?このまま続けるのか?」


「.........僕はね、あいつが好きになってきたんだ。あいつが望もうと望まなくても、僕は自分のスタイルで行く。それに僕のパートはあまり目立たないから、そんなに大したことはない。

でも君のパートは重要だよね。」


「………彼に済まないと思ってる、本当に。僕も彼が好きさ。でもデービッドの様にはいかない。

彼は感性派だかならな。だからアランにもなじみやすい。」


「アレックス、、、今夜な、スタジオ終わるとき、アランはピアノを弾いて、君に曲を書いたんだ。アレックスにはとは、言わなかったけどな。美しいバラードだ。そして僕に、それを君に送るように言った。」


ニコールが書斎に入ってきた。

「誰から?」

「ポール。先に寝ていて、悪いけど。」

「またポールね、、、、わかったわ。おやすみなさい。」

彼女は不満そうに出て行った。


「ニコールかい?」

「そう。」

「彼女とは続いてるんだね。結婚するの?」

「そのつもりだけど。彼女が許せば。」

「バンドのことを?」


「………まだ話していないんだ。話す必要もないかもしれない。」

「やめてくれよな、アレックス。バンドやめるなんて言うなよな。お前には才能があるんだから。」


「あー、君までそんなこと言うのか。確かにあのライブは魔法だった。アランがみんなに魔法をかけたような夜だったよな。あの日の僕は、今の僕とは別人だった。

次の朝、自分に戻って、僕は急に怖くなったんだ。医者をやめなくてはならないのではないかと。」


「アレックス、お前は一方向に突き進むやつだからな。」

「そう、二股なんか無理だったんだ、僕には。僕はスーパーマンなんかじゃない。すまない、ポール。」


ポールは静かに言った。僕を一番知ってるやつ。

「好きなようにしろよ。その曲、アランがお前のために作った曲を聴いてから決めてくれ。この曲は彼の今の気持ちだと思うし、お前のこと考えて歌ったのは間違いない。


パソコンに送ってあるから、聞いてよく考えろよ。僕はお前を束縛しない。」


「ありがとう。おやすみ。ポール。」

そして電話を切った。


重りのような気持ちを鼓舞して、パソコンを開き、送られた曲、ビデオだが、それを見ていて、僕はまたあのシェーパーズの高揚感を思い出した。


アランはなんて奴だ。気持ちをこんなにストレートに伝えられるなんて。

美しいピアノの旋律。

..................


<僕の天使>

(リリックス)

今はいない君のことをずっと考えている

たぶん会う前から、君を探していた

君は僕の天使

去ってしまった今もそうだ

君は僕に、いつも最高の時間をくれた


どこで何をしているの?

あの頃も、いなくなった今でも

君は僕の天使


君がそばにいない夜は

君との素敵な時間を思い出す


またどこかで会えるかもしれないと

街角でいつも君の姿を探す

君は僕の天使


今度会ったときは、はっきり言おう

まだ伝えていなかった僕の本音を

愛してるって


またどこかで会えるかもしれないと

街角でいつも君の姿を探す

君は僕の天使


今度会ったときは、はっきり言おう

まだ伝えていなかった僕の本音を

愛してるって

…………………………..


知らずに涙がほほをつたう。

その涙は嗚咽に変わった。


僕は大切なものを手放そうとしているのか。

これでいいのか?

そんなこと出来るのか?



ニコールが気づかないうちにやってきて僕の肩を抱いた。

「アレックス、大丈夫?本当にこの2-3日、あなたは変よね。

何かあったの?なぜ泣いているの?」


僕はパソコンでビデオを見せた。


「美しい曲だわね。このバンド、知ってるわ。イルミナでしょ?今すごく流行ってるよね。好きなバンドよ。まだライブ見たことないんだけど。

ふーん、これ新しい曲なの?このボーカルの子のハスキーボイス心にしみるよね?なんていう名だっけ?」


「アランというんだ。友達、、、、友達だった。」

「えっ?もしかしてこれポール?、、、全然、弁護士には見えないわね。彼このバンドにいるんだ。」

「そうだよ。実は僕もいた。でも、もうイルミナをやめようと思って。」


彼女は驚いた顔で僕を見つめた。

「えー、、、イルミナにあなたもいたってこと?ポールも一緒に?

もしかして、いつも夜は忙しかったり、出張ばかりだったのは、そういうこと?


、、、私はてっきり、別の女がいるとは思わないけど、私より大事なものがあるんだって思ってた。

私より優先事項があるなんてって嫉妬していたのよ。」


「もう、今は君だけだよ、ニコール。」


彼女は僕を見つめてしばらく何か考えていた。


「それで、いつからこのバンドやっていたの?」

「1年以上になるかな。君に会う前から。」

「そう、1年もね。今日話してくれてありがとう。それで何故やめることにしたの?」


「両立できると思ってやっていたけど、楽しかったし、仕事にもメリハリがついてると思っていた。

この前、シェパーズのライブの時、一線を越えてしまったんだ。引き返せないところまで行った。

醍醐味を体感したんだ。アーティストの。


それで僕は、どちらかを選ばなければいけないと思った。Wジョブは無理だと。

あのまま先に進めば、帰ってこれなくなると。それで、医者を取ることにした。」


「そう、そしてその選択はとても悲しいことだったのね。今、泣いてたじゃない。」

「よくわからない。僕が泣くなんて。僕の気持ちがわからない。」


彼女は両手で僕の顔を包み込んでキスをして優しくいった。

「あなたのやることに口出しはしないわ。ただ後悔しないようにしてね。死人のようなアレックスなら、私はついていけないかもしれないから。」


「えっ?それ、どういう意味?」

「私も考えていたの。この2-3日間のあなた、心あらずという感じで、よくわからなかった。死んでるみたいだった。怖いと思ったのよ。いつものあなたと違うから。


それが不満だったから、話さなくちゃと思ってた。いやだもの、死人と一緒に暮らすのは。」

「君は何でもはっきり言うね、ニコール。そういうところが好きなんだけど。」


彼女は僕の肩に手をまわして、膝の上に身を置いて言った。

「ありがとう。この曲、この子、アランが作ったの?」

「今夜、僕がスタジオに行かなかったので、他のメンバーとね。」


「そう、行けなかったのね。登校拒否ね。だから急に私と食事しようなんて言ってきたのね。うれしかったけど、食事中ずっと、私のことなんて考えていなかったじゃない。あまり楽しくなかったわ。」

「すまない。悩んでたから。もう大丈夫だよ。」

「そう?本当に?」


彼女は僕の目を覗き込んだ。

「たぶん、あなたはやめたくないんだと思う。医者も、、、バンドも。」

「ニコール、そんなの無理だよ。」

「1年もやってきたのに?なぜ今?、、、、私にその分夢中になったとは考えられないわ。」


「無理だよ。壁を一度超えてしまって、怖くなったんだ。」

「なぜ怖かったの?」

「君だって普通の夫がいいだろ?もし結婚するとしたら。」


「バンドやっている最中に、私たち出会ったのよね?

ということは、もしかしてバンドやめたら、違うあなたとこれから付き合うのよね。

そうか、、、まあ、、それがあなたの選択なら、仕方ないか。」

「なんだよ。その言い方。」


彼女は夢見心地の視線で僕を見つめて言った。


「あなたがバンドで演奏しているところ見てみたかったな~。だってイルミナの曲好きだし、すごくクールじゃない?あなたがいたなんて超びっくりよ。パートは何?リードギターかな?ここにいないのは。」


「そう、リードギターやっていた。やめようとしてるのに、焚きつけるのか?」

「やめるなら、それでもいいんだけど、、、あなたって才能あるのね~。ねえ、どうやってバンドに入ったか教えてくれる?」


「ニコール、マジでこのバンド好きなの?」

「そう、かなり好き。あなたがギター弾いてるライブを一度見てみたかったな。」


ニコールは、何度も送られてきたビデオを再生し聞いていた。

「この曲、いいね~。ヒットするなあ。誰の心にも届くよね、この曲。

もしかして、やめるというあなたのために創ったんじゃないの?」


「そうらしい。アランが。」

「この子、若いけど才能あるわよね。これ、ただの練習でしょう?このクオリティ、感動する。」


「なんで君がそんなに感動するんだよ。僕はやめようと決心したところだったのに。」

「あなたのギターもよかったわよ。一つCDも持ってるのよ。あなただとは思わなかったけど、マジ、胸が痛くなるようなギターだった。」


「ニコール、何が言いたいんだ。」

「私はやめてほしくない。でも、あなたが決めることだから。」

そういって微笑んで、キスをした。


彼女は不思議な女だ。大手商社で社長の秘書を長く勤めているだけあって、頭が切れ、人の気持ちを探り当て、そして明るく切り返す。有能な女だ。


僕は彼女の魔法にかかってしまったような気がした。

アランがしかけた魔法を、彼女が受け取って増幅して僕を包んだ。


僕は言った。

「ギター聞きたいなら、この曲にギター付けてみせるようか?そのクローゼット中の上段にあるギター持ってきて。」

「えー、あなたの宝物のフェンダー、ずっと使ってないのかと思っていたんだけど。これで弾いてたのね?わあ、すごい。」


そして、一晩中彼女とギターを入れたバージョンに取り組んだ。ニコールの瞳から魔法が噴出していた。曲は、夜が白み始めたころに出来上がった。


「君はミューズかもしれない、ニコール。」


「ねえ、アレックス、これはアランに聞かせるべきじゃない?」

「そうだね。彼は本当にそういう風に仕組んだんだね。まんまと引っかかった。あいつ。」


「ねえ、この子、アランに会ってみたいな。練習に連れて行ってよ。」

「ニコール、君は僕をやめさせてくれないらしいね?まいったな。君は大物だよ。」

「それは自分で決めることよ、アラン。私はイルミナのファンだから、次の曲が聞きたいだけ。」


その時僕は、突然自覚した。僕は一人でなくて、バンドのみんなやニコールに守られていると。

彼らは本当の仲間だと。そして、仲間こそが財産なのだと。この黄金を捨てる馬鹿者はだれか?

これが、もしかして愛かもしれないと。


「はっきり言って、ニコール、君は僕を180度変えてくれたようだね。

本当に不思議なんだが、気分が変わった。君がいてくれれば、僕は出来るのではないかという気持ちになってきた。君の魔法にかかったみたいだよ。」


「魔法なんてかけてないわよ。あなたがどっち選んでも、私は責任取らないと言っておくわ。

でも、今の方があなたはクールなのは確かよ。眼の中に星も見えるし。」

彼女は満足げに微笑んだ。


「ニコール、君といつも一緒にいたい。君の価値が今よくわかったよ。僕をずっと愛してくれる?」

「あなたは?」

「君をずっと愛し続けるよ。誓う、、、、結婚してくれる?」


「このタイミングで?、、、、太陽が上がってくるわ。きれいな夜明けね?」

「美しいね。で、返事は?」

「あなたがいつも挑戦し続けるんなら、サポートしたい。結婚したいわ。」


「わかったよ、君は僕を救ってくれたのかもしれない。ありがとう。本当に、愛してる。」

「この曲のおかげね。」

「そうだね、アランは普通じゃないんだ。不思議な男だ。今度会わせるよ。」

「ええ。」


そして僕とニコールは一睡もしないで、それぞれの仕事場に向かった。


病院の前にカフェで見覚ましのコーヒーを飲みながら、昨日のアランの言葉を思い出した。


彼は、わざわざ来てくれて、僕を必死に止めて、そして自分の要求だけは絶対に譲らなかった。

面白いやつだ。見かけのわりに、中身が計り知れないやつ、、、


さあ仕事だ、アレックス、これからもっと忙しくなりそうだ。


また新しい章が開かれた。







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