秘密 <ポールが語る>
僕はベースのポール。
僕とアランの秘密を話そう。
アレックスにアランが作ったバラードのビデオを送ってから、目がさえて眠れなかったので、僕自身いろいろなことを考えた。そして裁判の書類をチェックしていたら夜が明けた。
朝、ローオフィスに出かける前に、メールをチェックすると、アレックスから例の曲のリアクションが来ていた。彼も眠らなかったらしい。ビデオが添付されていた。
本文には「結婚することにした」とそれだけ書いあった。
アレックスはイルミナをやめるはずはない、でも、もしやめると決めた場合は、僕はどうすべきか。アレックスなしで残れるのか?そういう揺れた気持ちが添付ファイルを開けることを躊躇させた。
今日は、大事な法廷がある。
身支度をしながら、「よかったな」と返信だけをして法廷に向かった。
職務の最中は、自分の迷いをシャットアウトしたが、法廷が終わってオフィスに戻り、現実と対面しなくてはならなくなった。そう、僕は二つの現実の中を生きている。
アレックスに誘われて付き合ったバンドだが、予想以上の、いや、アランの計画通りの成功を収めていた。そして、あのシェーパーズブッシュのライブで、イルミナは次の次元に突入した。あのライブは単なる、メジャーになるための壁ではなかった。アランが、周到な陣日をして、磁場を巧妙に作りあげ、イルミナを次のジャーニーに渡航させる場だった。
シェーパーズのライブはいつものように始まったが、中盤で盛り上がってきたとき、アランがまず飛翔した。その高さは、メンバーがいつもスタジオで経験していたものの範疇を超えていた。アランは空間の中で飛び散って、虹色の光を会場に降らせ、場の空気を支配した。そしてその魔法のような光の粒子で、僕たちも、観客も、すべてを飲み込んだ。
僕たちは、一線を越えて、宙に舞って、絡み合った。ドラッグで経験するような、いや違う、ドラッグではこれは無理だ。意識はありながら、自分を自由に操り、拡散することを楽しんでいた。
意識が肉体から溢れて、自由に流れ出し、メンバーと一体になり、そして観客とも一体になり、音楽の中で絡み合う。僕は、ミルキーウェイを外に見て、それが自分の心の中にあるのを見た。
内と外の世界に境目がなかった。心地よく、心の宇宙に遊び、それを目の前に描いた。
僕は、外世界がそういう風に見える眼を持っていた。
コンサートが終わって、現実におりて自分に戻り、僕はその体験した世界を信じたいと、アランと導かれながら、この世界を、これからも、何回も何回も見たいと思った。
そして認識もした、その世界は、こちらの世界と常に並行して存在していることを。意識でコントロールして、どちらも行き来できるのだと。ガイドさえいれば。それが、アランだと。
しかし、アレックスは現実に戻って、混乱しているらしい。彼のリアクションが、僕を動揺させた。確かに掴んだはずのものに確信が持てなくなった。
アランはその夜作った曲を僕に託し、アレックスに送るように言った。
そうだ、アレックスはどう感じているのだろう。彼は何を返してきたのだろう?
まだ開いていなかったビデオを見なくてはならない。
そのビデオは、以外だったというか、期待通りというか、オリジナルの上に彼のギターを重ねて送られてきた。事務所だったので、ヘッドフォンで彼のギターの旋律を聞いていて、僕は涙を流している自分に戸惑った。彼は選んだ。僕は?
アレックスはアランの期待に見事にこたえていた。彼のギターは美しかった。アランの深い思いに呼応していた。彼は確かに才能がある。アランがこだわるとおりだ。でも、俺は?
電話では彼に、自分はアランと進みたいと言ったが。実は、僕の迷いの理由はアレックスとは別のことだった。自分の才能に確信がなかった。
確かに、音楽を愛していたが、所詮ベースに過ぎない。クリエイティビリティの少ないパートだ。他の者でも、簡単に代替えがきく。テクニックなら完全に僕は負ける。
今までは、イルミナが楽しかったし、アランが好きだったからついてきたが、僕は単なるサポート役に過ぎないと思っていた。時空の壁を突き抜けた、これからのイルミナで、アランは何を要求するのだろう?Wジョブの綱渡りをして、これ以上のプレッシャーに自分は耐えられるのだろうか?
アレックスのギターには落ち着きがあった。何かを捨てたものの、諦め、解放感、安定感。
それには光があった。自分の光って何だろう。今まで考えたことがなかった。
僕は何度もアレックスが送ってきた曲を聴いた。そして、考えることをギブアップして、それをアランに送った。
すぐに、携帯電話が鳴った。アランからだ。
「ポール、ありがとう。」
「アラン、君のやり方、読めてはいたが、予想以上の出来だったね。」
「うん。それで、彼はどう?」
「わからないが、結婚するらしい。」
「そう、バンドのことは言ってなかった?」
「いや、全然。なあ、アラン、、、今、時間あるかい?ちょっと会わないか?」
突然口にした自分の言葉を疑ったが、
その時、自分の気持ちを受け止めてくれる相手が必要だった。
「いいよ。いつ、どこで?」
「スタジオの近くのカフェで。30分後。」
「わかった。じゃ、また。」
彼は爽やかに応えた。
自分がアランに会って何を話すのかは考えていなかった。
自分の考えが全く見えない。
.....................
白い壁に白い家具、要所にグリーンを配して、スペース感のあるカフェ。
ドアが開くと、コーヒーのいい香りに包まれる。
コーヒー党のメンバーはみんな、このカフェが気に入っていた。
アランは、黒のキャップの上からヘッドセットを付けて、音楽を聞きながら、ソファーに背中を預けて待っていた。頭が気持ちよさそうに軽く揺れている。
「やあ、アラン、突然、悪いな。」
「へイ、ポール、えーっ、スーツなんだ?眼鏡も。全然違って見えるね。超クール。」
「まあな、オフィスから直、来たから。初めてだな、二人で会うのって。」
僕は眼鏡をはずして、整髪した前髪を手で崩した。
アランがいつもより優しい声で始めた。
「なんだか緊張するな~。」
「アレックスのことが?」
「いいや、君のこと。アレックスは帰ってくるよ。」
アランのいつもの確信波動。
「そう思うかい?」
「うん。だけど君のことが気になる。」
彼は、不思議な微笑みを浮かべた。
…………………
突然、僕は、アランを初めてあのクラブで見たときのことを思い出していた。
彼が恍惚としてドラマーと曲を共有しているのが見えた。アランの歌う曲を、デービッドが受け取って、見事にリズムをたたき出していた。
光が絡み合うような美しい眺めだった。僕は人知れず、その曲に酔いしれていた。
だから、次の日の夜、アレックスがバンドの誘いをしてきたとき、身構えた。
これにはまったら、逃げられない自分を感じて。それにアレックスも、見えない糸で、アランに引き付けられているのを知っていたから。
...................
僕には秘密があった。誰にも話すことができない秘密が。
実は、人が見えないものが見えていた。
光や、波動や、人に気持ちや、邪悪なものや、光り輝くものが。それに気が付いたのは子供の時で、無邪気に両親や友達にそのことを話すと、他の人たちには見えていないことを知った。
そして、その能力を秘密にしておかないと変人扱いされると恐れ、ずっと一人、胸に秘めてきたのだが、唯一、ハイスクールでバンドをやっていた時は、音楽の中で開放することができた。だから、その世界、音楽の世界で生きたかった。でもそれは只の青春のはかない夢。
バンドをやめて大学に入ってからは、法曹界に入るという目先の目的を遂げるために、秘密を人に知られないように、自分でも考えないように、それを封印した。
だが、アレックスに誘われて行ったクラブで、自分を音楽の中で解放したからか、油断していたので、また、いろいろな光が見えてしまった。
そしてバンドに誘われて、アランと曲を創った時、彼の紡ぎだす楽曲の光の渦を、その流れを、きらめきを、ただただ驚愕しながら眺めていたのだ。そして、自分はここにいるべきだという結論に達した。
…………………
アランは何者だ?アランは同類なのか?彼にはすべてが見えているのか?
アランはその美しい光のページェントをクリエイトする、コントロールする、だから見えているはずだと思った。
イルミナを始めて、いろいろな活動の中で、僕は注意深く、自分の力をコントロールして開放していた。これでやっと自分もバランスが取れて、自由に生きられるようになったかと思った。
だから僕には、イルミナは必要だったんだ。
アランは僕には気づかぬふりをして何も言わなかった。
シェーパーズブッシュで、アランが突き抜けた時、僕は、すべてを見てしまった。アランからの光を受けて、それが僕の中を駆け巡り、自分を制御できなくなった。アランが僕を、肉体の縛りから、光の中に引き上げた。僕はアランの光を、僕のベースから出る光と束ね、それを更に増幅して発散した。
それは美しいファンタジーだった。
アランが僕に視線を送り、嬉しそうに楽しんでいるのがわかった。
アランは知っていた、僕の秘密を。
そして僕はそのファンタジーに自分を溶解してしまいたい、光の中に自分を拡散して消えてもかまわないとまで思った。その時は。
...................
話しをもどそう。
アランは、僕のことが気になると言った。
僕は、エスプレッソを一口飲んだ。
「僕?、、、実は迷っている。実は、弁護士としての実績もできて、今の法律事務所での肩書が上がる。イルミナ続けたいけど、両立できるか、先が不安だ。」
アランは冷静に言った。
「知ってる。ポール、君はそんなこと、気にしてないんだろ。それも知ってる。」
彼は、いつもの不思議な微笑みを浮かべて話し出した。
「あのシェイパーズで、君は本当に自由だったよね。そして僕と一つになれたよね。みんなとも、オーディエンスともね。」
「ああ、信じられないくらいクールな体験だった。」
僕はその感覚を、そこにある現実のように目の前に描いた。
アランは続けた。
「僕たち、それが出来たんだよね。だから、僕はみんなと、この先を進みたい。
誰とでも出来ることではなんだ。だから、みんなを、一人一人を大切にしたいと思ってる。」
「アラン、このバンドは寄せ集めだと思っていたが、でも違う。君は初めから計画していたんだろ?」
「僕は夢を見ていただけさ。そうなればいいなって。ここまで来れるかどうかは分かるらなったけど、来れたから、僕の感性は間違っていなかったと思う。」
アランはいつもこうだ。小さな体の中に、強い意思と確信を持っている。
キャップの影から、アランのブルーの瞳が大きく瞬いた。
彼はソファーから身を起こし、僕を正面から見つめて言った。
「ポール、面倒くさい前置きは省いてさ、本題に入ろうよ。
僕は君のことは、よく知ってる。君には見えるんだろ。いろんなこと。」
アランが切り込んできた。僕は身構えたて言った。
「そうだ、アラン。君には分かってると思ってた。ずっと隠して生きてきたし、封印してあったものを君が開いた。スターゲイトを開いたのは、君だよ。」
僕はアランの表情を窺った。
「アラン、君もそうなんだよね。僕よりずっと沢山見えるんだろ?未来まで。」
アランは言った。
「そうだね。僕は光を下せるんだ。それを空間に広げられる。それを楽曲にして世界に届けるのが役割だと思ってる。それから、僕の心に描いたものを、視覚的に表現できる、それを人の心に見せることができる、なんてね。」
僕は、頷いた。
「君の描く世界は、信じられないくらい美しい。僕はそれが見たくて、ここまでついてきた。」
アランは真剣なまなざしで俺を凝視した。
「はっきり言うね。僕には君が必要だ、ポール。君と一緒にやっていきたい。」
「アラン、君は一人一人にそういう風に説得して回っているんだろう?
あのアレックスへ送った曲ができたときにわかったよ。」
彼は微笑んで言った。
「あの曲はみんなのために作ったんだよ。」
僕は突然、胸が詰まった。温かいものが僕の胸に流れ込んだ。
そして、初めてアランとセッションのことを回想した。あの光の下ろし方に圧倒された。
アランにしかできないと思った。しぶしぶ付き合っているふりをして、自分はおとなしくしていた。
そんな自分が壊れたのがシェーパーズだった。
アランが言った。
「アスリートは過酷なトレーニングをして筋肉壊して、さらに強い筋肉を作っていくというよね。
僕はそれをしているだけさ。」
「過酷なトレーニング?」
「そう、次々と次元の壁を突き抜けていくのさ。そして虹の彼方を見てみたい、みんなでね。
今のメンバーは選りすぐりだよ。チームとしてこれ以上は望めない。誰が欠けても駄目だ。」
彼は本当にストレートにものを言う。
僕は、ネクタイを緩め、上着を脱いで、その話の結論を避けた。
「アラン、これはシリアスな質問だが、君は魔法を使うの?」
「みんな、よくそう言うよね。僕が魔法使いだって。魔法なのかな?僕はありのままだよ。これがアランさ。」
アランは、鋭い視線で、論旨を戻した。
「ねえ、ポール、もうもがくのはよそうよ。自分をよく分かっているはずだ。」
「いや、僕は自分のことが一番分かっていない。」
彼は、僕の迷いを断ち切るように、声を少し強めて言った。
「僕はわかる。君はね、二つの世界に生きられる。」
こうアランは、いつも断言する。決して言ったことを曲げない。
そして、彼は言ったことを必ず実現する。
僕はしばらく考えてから言った
「その信念はどこからきてるの?君には未来が見えるの?」
「いや、未来は未定で無限だ。未来は自分で創るものだよ。信念を使ってね。」
アランは、微笑んだ。
僕は言う。
「その言葉、初めて会った時も、言ったね。未来は無限だって。」
「そう、僕の信条だよ。それから、思い描いたことは必ず実現していくんだよ。」
アランがまた、真剣な視線で僕を縛った。
「ポール、僕個人からお願いする。僕には君の才能が必要だ。君の見える能力が必要なんだ。
今のまで僕は、君に支えられてきた。僕は最初から分かっていた、君のこと。だから君に来てもらった。
君がリンジーに来た日、僕とデービッドのやり取り、見てただろう?」
アランは続けた。
「ポール、僕の望んでるのはね、描いてるのは、みんなが、君もビビってるが、潜在の才能を解放して、イルミナを進化させて、未来が見たいんだよ。そこに何が見えるか見てみたいと思わない?」
アランの説得力には感服だ。的を決め必ず射落とす。弁護士に向ているかもしれない。
アランが微笑んだ。
「そんなことないよ。僕に弁護士は無理だ。」
僕は彼のブルー目を見つめた。
「アラン、僕の心が読めるんだね。」
彼は頷いた。
そして、僕の心に声が響いた。
”それで、これからも一緒にやってくれる?”
僕は返信した。
”分かった。やるよ、アランと一緒に。”
僕たちはしばらく見つめあって、冷えたコーヒーを飲んだ。
涙がほほを伝うのを感じていた。
理解された嬉しさか、心を共有できた安心感か、今までの苦しみが解放されていくのか。
アランは静かに、僕の気持ちが浄化されていくのを見守っていた。
僕は彼に聞いた。
「アラン、僕の役割は何なんだい?何をしたらいいんだい?」
「ポールは光を増幅するのが上手なんだ。見えるからね。それで、イルミナの曲が、みんなに届いていくんだよ。自分の価値を認めてあげてよ、自分のために。君のこと大好きだ、初めから。」
アランの素直な言葉に、僕はまた胸が詰まって内の言葉で伝えた。胸の内に虹色の光が広がった。
”ありがとう、アラン。僕を分かってくれて。”
アランは爽やかに微笑んで言った。
「この言葉、その内みんなも出来るようになるし、みんなも見えるようになるよ。君は孤独じゃない。
いつも一緒にいると、次第にそうなるんだよ。ファンタジーが分かるなら。
アレックスは自分で受け入れてないけど、見えてるし、だから今回、リアクションが出たんだと思うよ。
デービッドは見えてないけど、かなりのハイレベルで、すべてを感じとる。そして彼、見かけによらず、音楽のことなら、かなり論理的センスもいい。そういうメンバーでないと、僕らの楽曲は創れない。」
僕はほほの涙を手で拭って言った。
「アラン、何かすごく楽になった。いい曲が作りたくなって来た。」
「よかった。僕たち、仲間だよね、みんなでイルミナをもっと高く飛ばしたいなあ。」
アランは夢見るように、瞳の中に金色の光が煌めかせた。
仲間か、
深みに入らないと、得られないとは全くこのことだ。
そしてイルミナが、僕のいるべき場所という確信も得た。
弁護士もやめない。
その後は、二人で和やかな「心の会話」をしばらくして別れた。