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僕らのバンドができるまで  作者: リリアン G
11/14

秘密  <ポールが語る>

僕はベースのポール。

僕とアランの秘密を話そう。


アレックスにアランが作ったバラードのビデオを送ってから、目がさえて眠れなかったので、僕自身いろいろなことを考えた。そして裁判の書類をチェックしていたら夜が明けた。


朝、ローオフィスに出かける前に、メールをチェックすると、アレックスから例の曲のリアクションが来ていた。彼も眠らなかったらしい。ビデオが添付されていた。


本文には「結婚することにした」とそれだけ書いあった。


アレックスはイルミナをやめるはずはない、でも、もしやめると決めた場合は、僕はどうすべきか。アレックスなしで残れるのか?そういう揺れた気持ちが添付ファイルを開けることを躊躇させた。


今日は、大事な法廷がある。

身支度をしながら、「よかったな」と返信だけをして法廷に向かった。


職務の最中は、自分の迷いをシャットアウトしたが、法廷が終わってオフィスに戻り、現実と対面しなくてはならなくなった。そう、僕は二つの現実の中を生きている。


アレックスに誘われて付き合ったバンドだが、予想以上の、いや、アランの計画通りの成功を収めていた。そして、あのシェーパーズブッシュのライブで、イルミナは次の次元に突入した。あのライブは単なる、メジャーになるための壁ではなかった。アランが、周到な陣日をして、磁場を巧妙に作りあげ、イルミナを次のジャーニーに渡航させる場だった。


シェーパーズのライブはいつものように始まったが、中盤で盛り上がってきたとき、アランがまず飛翔した。その高さは、メンバーがいつもスタジオで経験していたものの範疇を超えていた。アランは空間の中で飛び散って、虹色の光を会場に降らせ、場の空気を支配した。そしてその魔法のような光の粒子で、僕たちも、観客も、すべてを飲み込んだ。


僕たちは、一線を越えて、宙に舞って、絡み合った。ドラッグで経験するような、いや違う、ドラッグではこれは無理だ。意識はありながら、自分を自由に操り、拡散することを楽しんでいた。


意識が肉体から溢れて、自由に流れ出し、メンバーと一体になり、そして観客とも一体になり、音楽の中で絡み合う。僕は、ミルキーウェイを外に見て、それが自分の心の中にあるのを見た。


内と外の世界に境目がなかった。心地よく、心の宇宙に遊び、それを目の前に描いた。


僕は、外世界がそういう風に見える眼を持っていた。


コンサートが終わって、現実におりて自分に戻り、僕はその体験した世界を信じたいと、アランと導かれながら、この世界を、これからも、何回も何回も見たいと思った。


そして認識もした、その世界は、こちらの世界と常に並行して存在していることを。意識でコントロールして、どちらも行き来できるのだと。ガイドさえいれば。それが、アランだと。


しかし、アレックスは現実に戻って、混乱しているらしい。彼のリアクションが、僕を動揺させた。確かに掴んだはずのものに確信が持てなくなった。


アランはその夜作った曲を僕に託し、アレックスに送るように言った。


そうだ、アレックスはどう感じているのだろう。彼は何を返してきたのだろう?

まだ開いていなかったビデオを見なくてはならない。


そのビデオは、以外だったというか、期待通りというか、オリジナルの上に彼のギターを重ねて送られてきた。事務所だったので、ヘッドフォンで彼のギターの旋律を聞いていて、僕は涙を流している自分に戸惑った。彼は選んだ。僕は?


アレックスはアランの期待に見事にこたえていた。彼のギターは美しかった。アランの深い思いに呼応していた。彼は確かに才能がある。アランがこだわるとおりだ。でも、俺は?


電話では彼に、自分はアランと進みたいと言ったが。実は、僕の迷いの理由はアレックスとは別のことだった。自分の才能に確信がなかった。


確かに、音楽を愛していたが、所詮ベースに過ぎない。クリエイティビリティの少ないパートだ。他の者でも、簡単に代替えがきく。テクニックなら完全に僕は負ける。


今までは、イルミナが楽しかったし、アランが好きだったからついてきたが、僕は単なるサポート役に過ぎないと思っていた。時空の壁を突き抜けた、これからのイルミナで、アランは何を要求するのだろう?Wジョブの綱渡りをして、これ以上のプレッシャーに自分は耐えられるのだろうか?


アレックスのギターには落ち着きがあった。何かを捨てたものの、諦め、解放感、安定感。

それには光があった。自分の光って何だろう。今まで考えたことがなかった。


僕は何度もアレックスが送ってきた曲を聴いた。そして、考えることをギブアップして、それをアランに送った。


すぐに、携帯電話が鳴った。アランからだ。


「ポール、ありがとう。」

「アラン、君のやり方、読めてはいたが、予想以上の出来だったね。」

「うん。それで、彼はどう?」

「わからないが、結婚するらしい。」

「そう、バンドのことは言ってなかった?」

「いや、全然。なあ、アラン、、、今、時間あるかい?ちょっと会わないか?」


突然口にした自分の言葉を疑ったが、

その時、自分の気持ちを受け止めてくれる相手が必要だった。


「いいよ。いつ、どこで?」

「スタジオの近くのカフェで。30分後。」

「わかった。じゃ、また。」

彼は爽やかに応えた。


自分がアランに会って何を話すのかは考えていなかった。

自分の考えが全く見えない。


.....................


白い壁に白い家具、要所にグリーンを配して、スペース感のあるカフェ。

ドアが開くと、コーヒーのいい香りに包まれる。

コーヒー党のメンバーはみんな、このカフェが気に入っていた。


アランは、黒のキャップの上からヘッドセットを付けて、音楽を聞きながら、ソファーに背中を預けて待っていた。頭が気持ちよさそうに軽く揺れている。


「やあ、アラン、突然、悪いな。」

「へイ、ポール、えーっ、スーツなんだ?眼鏡も。全然違って見えるね。超クール。」

「まあな、オフィスから直、来たから。初めてだな、二人で会うのって。」


僕は眼鏡をはずして、整髪した前髪を手で崩した。


アランがいつもより優しい声で始めた。

「なんだか緊張するな~。」

「アレックスのことが?」

「いいや、君のこと。アレックスは帰ってくるよ。」

アランのいつもの確信波動。


「そう思うかい?」

「うん。だけど君のことが気になる。」

彼は、不思議な微笑みを浮かべた。


…………………


突然、僕は、アランを初めてあのクラブで見たときのことを思い出していた。

彼が恍惚としてドラマーと曲を共有しているのが見えた。アランの歌う曲を、デービッドが受け取って、見事にリズムをたたき出していた。


光が絡み合うような美しい眺めだった。僕は人知れず、その曲に酔いしれていた。


だから、次の日の夜、アレックスがバンドの誘いをしてきたとき、身構えた。

これにはまったら、逃げられない自分を感じて。それにアレックスも、見えない糸で、アランに引き付けられているのを知っていたから。


...................


僕には秘密があった。誰にも話すことができない秘密が。

実は、人が見えないものが見えていた。


光や、波動や、人に気持ちや、邪悪なものや、光り輝くものが。それに気が付いたのは子供の時で、無邪気に両親や友達にそのことを話すと、他の人たちには見えていないことを知った。


そして、その能力を秘密にしておかないと変人扱いされると恐れ、ずっと一人、胸に秘めてきたのだが、唯一、ハイスクールでバンドをやっていた時は、音楽の中で開放することができた。だから、その世界、音楽の世界で生きたかった。でもそれは只の青春のはかない夢。


バンドをやめて大学に入ってからは、法曹界に入るという目先の目的を遂げるために、秘密を人に知られないように、自分でも考えないように、それを封印した。


だが、アレックスに誘われて行ったクラブで、自分を音楽の中で解放したからか、油断していたので、また、いろいろな光が見えてしまった。


そしてバンドに誘われて、アランと曲を創った時、彼の紡ぎだす楽曲の光の渦を、その流れを、きらめきを、ただただ驚愕しながら眺めていたのだ。そして、自分はここにいるべきだという結論に達した。


…………………


アランは何者だ?アランは同類なのか?彼にはすべてが見えているのか?

アランはその美しい光のページェントをクリエイトする、コントロールする、だから見えているはずだと思った。


イルミナを始めて、いろいろな活動の中で、僕は注意深く、自分の力をコントロールして開放していた。これでやっと自分もバランスが取れて、自由に生きられるようになったかと思った。


だから僕には、イルミナは必要だったんだ。

アランは僕には気づかぬふりをして何も言わなかった。


シェーパーズブッシュで、アランが突き抜けた時、僕は、すべてを見てしまった。アランからの光を受けて、それが僕の中を駆け巡り、自分を制御できなくなった。アランが僕を、肉体の縛りから、光の中に引き上げた。僕はアランの光を、僕のベースから出る光と束ね、それを更に増幅して発散した。


それは美しいファンタジーだった。


アランが僕に視線を送り、嬉しそうに楽しんでいるのがわかった。

アランは知っていた、僕の秘密を。


そして僕はそのファンタジーに自分を溶解してしまいたい、光の中に自分を拡散して消えてもかまわないとまで思った。その時は。


...................


話しをもどそう。

アランは、僕のことが気になると言った。


僕は、エスプレッソを一口飲んだ。

「僕?、、、実は迷っている。実は、弁護士としての実績もできて、今の法律事務所での肩書が上がる。イルミナ続けたいけど、両立できるか、先が不安だ。」


アランは冷静に言った。

「知ってる。ポール、君はそんなこと、気にしてないんだろ。それも知ってる。」


彼は、いつもの不思議な微笑みを浮かべて話し出した。

「あのシェイパーズで、君は本当に自由だったよね。そして僕と一つになれたよね。みんなとも、オーディエンスともね。」


「ああ、信じられないくらいクールな体験だった。」

僕はその感覚を、そこにある現実のように目の前に描いた。


アランは続けた。

「僕たち、それが出来たんだよね。だから、僕はみんなと、この先を進みたい。

誰とでも出来ることではなんだ。だから、みんなを、一人一人を大切にしたいと思ってる。」


「アラン、このバンドは寄せ集めだと思っていたが、でも違う。君は初めから計画していたんだろ?」


「僕は夢を見ていただけさ。そうなればいいなって。ここまで来れるかどうかは分かるらなったけど、来れたから、僕の感性は間違っていなかったと思う。」

アランはいつもこうだ。小さな体の中に、強い意思と確信を持っている。


キャップの影から、アランのブルーの瞳が大きく瞬いた。

彼はソファーから身を起こし、僕を正面から見つめて言った。


「ポール、面倒くさい前置きは省いてさ、本題に入ろうよ。

僕は君のことは、よく知ってる。君には見えるんだろ。いろんなこと。」


アランが切り込んできた。僕は身構えたて言った。

「そうだ、アラン。君には分かってると思ってた。ずっと隠して生きてきたし、封印してあったものを君が開いた。スターゲイトを開いたのは、君だよ。」


僕はアランの表情を窺った。

「アラン、君もそうなんだよね。僕よりずっと沢山見えるんだろ?未来まで。」


アランは言った。

「そうだね。僕は光を下せるんだ。それを空間に広げられる。それを楽曲にして世界に届けるのが役割だと思ってる。それから、僕の心に描いたものを、視覚的に表現できる、それを人の心に見せることができる、なんてね。」


僕は、頷いた。

「君の描く世界は、信じられないくらい美しい。僕はそれが見たくて、ここまでついてきた。」


アランは真剣なまなざしで俺を凝視した。

「はっきり言うね。僕には君が必要だ、ポール。君と一緒にやっていきたい。」


「アラン、君は一人一人にそういう風に説得して回っているんだろう?

あのアレックスへ送った曲ができたときにわかったよ。」


彼は微笑んで言った。

「あの曲はみんなのために作ったんだよ。」


僕は突然、胸が詰まった。温かいものが僕の胸に流れ込んだ。


そして、初めてアランとセッションのことを回想した。あの光の下ろし方に圧倒された。

アランにしかできないと思った。しぶしぶ付き合っているふりをして、自分はおとなしくしていた。


そんな自分が壊れたのがシェーパーズだった。


アランが言った。

「アスリートは過酷なトレーニングをして筋肉壊して、さらに強い筋肉を作っていくというよね。

僕はそれをしているだけさ。」

「過酷なトレーニング?」


「そう、次々と次元の壁を突き抜けていくのさ。そして虹の彼方を見てみたい、みんなでね。

今のメンバーは選りすぐりだよ。チームとしてこれ以上は望めない。誰が欠けても駄目だ。」

彼は本当にストレートにものを言う。


僕は、ネクタイを緩め、上着を脱いで、その話の結論を避けた。

「アラン、これはシリアスな質問だが、君は魔法を使うの?」

「みんな、よくそう言うよね。僕が魔法使いだって。魔法なのかな?僕はありのままだよ。これがアランさ。」


アランは、鋭い視線で、論旨を戻した。

「ねえ、ポール、もうもがくのはよそうよ。自分をよく分かっているはずだ。」

「いや、僕は自分のことが一番分かっていない。」


彼は、僕の迷いを断ち切るように、声を少し強めて言った。

「僕はわかる。君はね、二つの世界に生きられる。」


こうアランは、いつも断言する。決して言ったことを曲げない。

そして、彼は言ったことを必ず実現する。


僕はしばらく考えてから言った

「その信念はどこからきてるの?君には未来が見えるの?」

「いや、未来は未定で無限だ。未来は自分で創るものだよ。信念を使ってね。」

アランは、微笑んだ。


僕は言う。

「その言葉、初めて会った時も、言ったね。未来は無限だって。」

「そう、僕の信条だよ。それから、思い描いたことは必ず実現していくんだよ。」


アランがまた、真剣な視線で僕を縛った。

「ポール、僕個人からお願いする。僕には君の才能が必要だ。君の見える能力が必要なんだ。

今のまで僕は、君に支えられてきた。僕は最初から分かっていた、君のこと。だから君に来てもらった。

君がリンジーに来た日、僕とデービッドのやり取り、見てただろう?」


アランは続けた。

「ポール、僕の望んでるのはね、描いてるのは、みんなが、君もビビってるが、潜在の才能を解放して、イルミナを進化させて、未来が見たいんだよ。そこに何が見えるか見てみたいと思わない?」


アランの説得力には感服だ。的を決め必ず射落とす。弁護士に向ているかもしれない。


アランが微笑んだ。

「そんなことないよ。僕に弁護士は無理だ。」


僕は彼のブルー目を見つめた。

「アラン、僕の心が読めるんだね。」

彼は頷いた。


そして、僕の心に声が響いた。

”それで、これからも一緒にやってくれる?”

僕は返信した。

”分かった。やるよ、アランと一緒に。”


僕たちはしばらく見つめあって、冷えたコーヒーを飲んだ。

涙がほほを伝うのを感じていた。


理解された嬉しさか、心を共有できた安心感か、今までの苦しみが解放されていくのか。

アランは静かに、僕の気持ちが浄化されていくのを見守っていた。


僕は彼に聞いた。

「アラン、僕の役割は何なんだい?何をしたらいいんだい?」

「ポールは光を増幅するのが上手なんだ。見えるからね。それで、イルミナの曲が、みんなに届いていくんだよ。自分の価値を認めてあげてよ、自分のために。君のこと大好きだ、初めから。」


アランの素直な言葉に、僕はまた胸が詰まって内の言葉で伝えた。胸の内に虹色の光が広がった。

”ありがとう、アラン。僕を分かってくれて。”


アランは爽やかに微笑んで言った。

「この言葉、その内みんなも出来るようになるし、みんなも見えるようになるよ。君は孤独じゃない。

いつも一緒にいると、次第にそうなるんだよ。ファンタジーが分かるなら。


アレックスは自分で受け入れてないけど、見えてるし、だから今回、リアクションが出たんだと思うよ。

デービッドは見えてないけど、かなりのハイレベルで、すべてを感じとる。そして彼、見かけによらず、音楽のことなら、かなり論理的センスもいい。そういうメンバーでないと、僕らの楽曲は創れない。」


僕はほほの涙を手で拭って言った。

「アラン、何かすごく楽になった。いい曲が作りたくなって来た。」

「よかった。僕たち、仲間だよね、みんなでイルミナをもっと高く飛ばしたいなあ。」

アランは夢見るように、瞳の中に金色の光が煌めかせた。


仲間か、

深みに入らないと、得られないとは全くこのことだ。

そしてイルミナが、僕のいるべき場所という確信も得た。

弁護士もやめない。


その後は、二人で和やかな「心の会話」をしばらくして別れた。





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