五十話 やえい、ふあん
ゲーラの町に向かう途中、俺たちはいつも使っている野営地のひとつで馬車を止め、今日はここで夜を明かすことにした。
王都で買い込んだ保存食をかじりつつ、川から汲んだ水を沸かして干し肉をぶち込んだスープで腹を満たす。
これはいつもの夜営の食事メニューであり、移動中は殆どこればかり食べている。
以前は干し肉から滲み出た塩味くらいしか無いまずい飯だったが、今はコニーが味を整えてくれているからだいぶ美味くなった。
持ち運べる荷物には限界があるから町の外で豪華な食事なんて用意できるわけないが、体を温めて塩分を補給するだけでも重要だ。
俺たちは慣れているし、ディーはスラム街出身の孤児だから食事に不満は無いようであるが、エレナも食事に関しては何も文句は言わなかった。
我慢しているのか、それとも農家の食事も似たようなものなのかは分からない。
王都からゲーラまでは二日は掛かるし、冒険者をしている俺にとって夜営はいつものことであるが、新人の二人にとっては冒険者の食いごたえのない飯よりも、こうして夜営をすること事態が新鮮な体験だったようだ。
「村に居た頃は、人里から離れた場所で夜を過ごすなんて考えられないことでした」
この世界には魔物が居るし、そうでなくても危険な動物だって居るわけだしな。
視界の悪い夜に狼にでも出会ってしまったら逃げ切れないだろうし、何も出なくても「何か出てくるかも知れない」と、気を張っているだけでも疲れるものだ。
「冒険者なら夜営をするのは当然のことです。夜を怖がっていたら一人前にはなれません」
「まあ、そうなんですね」
ビビがしたり顔でのたまう。
だが夜を怖がっているからこそ、夜営にはいくつもの決まりごとがある。
視界の悪い場所では夜営を行わないだとか、火を絶やしてはならないとか、寝ずの番を置くだとか。
ルールを守ってさえいれば必要以上に怖がらなくてもいいが、夜は怖いものだと知っておかなければならない。
「ところで俺たちは冒険者で生計を立てている訳だが、二人はどうする?」
どうする、というのは冒険者をやってみるか、と言う意味だ。
エレナは荒事は苦手だと言っていたし留守番役として家に居てもらっても良いが、それだけでは時間も空く。
やってみたいのであれば簡単な依頼くらいは受けさせても良いと思っている。
「冒険者かー。王都ではよく見かけたけど、危険な仕事なんだろ?」
「町の中で出来る依頼もあるし、ポーターってのもあるぞ」
ディーにポーターの説明をしてやると、多少は興味が湧いてきたようだ。
「それならオレにもできそうだなー」
「冒険者に興味があるなら武器の扱いは教える」
「私にも出来るのでしょうか……? 出来れば自分の身くらいは守れるようになりたいのですが……」
エレナは野盗に攫われた経験からか、鍛えることには前向きのようだ。
いつまでエレナを預かれば満足するのかは知らないが、俺の元から出ていくときにつぶしが効くように、冒険者の仕事を教えておこう。
「ですが教えてもらうとなると、恩返しどころかもっとご迷惑をおかけしてしまいますね……」
「それは気にしなくてもいい。ああそうだ、どうせなら彫金師の修行もしてみるか?」
武器には豪華な装飾が付いている物もあるし、武器屋のオヤジにでも相談してみようかね。
「せっかくだし、色々手を出してみたらいい」
「ご迷惑では無いでしょうか……?」
「どれか上達したもので俺を助けてくれればいいし、それに俺も彫金師に興味がある。修行して覚えた事を教えてくれ」
「エドさんがそうおっしゃるのでしたら……」
それに、既に大人であるエレナを鍛えた場合、どうなるのか試してみたい。
ディーも状況が状況のため武器の扱いは覚えたいと言い出し、二人とも冒険者をやってみる事になった。
「じゃあ、明日も早いしそろそろ寝るか」
「はい。見張りはどうしますか?」
「いつもの感じで行こう」
ディーとエレナにとっては初めての夜営だったため、この日の見張りはいつものメンバーで割り振り、二人には早々に寝てもらうことにした。
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孝宏は嫌な予感がしていた。
というのも、ここに来るまでに不自然な程の数の馬車とすれ違っていたのだ。
いつもならゲーラの町と王都を往復する間に二~三台くらいしか遭遇しないが、この日だけで既に四台も馬車とすれ違った。
その殆どは豪華な装飾の施された馬車で、恐らく貴族か有力な商人が乗っているのだろうことは簡単に分かった。
普通の荷馬車ですらあまりすれ違わないのにもかかわらず、それが貴族のものばかりとなると更に不気味だ。
孝宏は不安に思いつつも道中は順調で、そのまま夜を迎える事になった。
新人二人は不自然さには気づいていないし、今言っても混乱するだけだと判断した孝宏は、二人が寝た後にアルマ、ビビ、コニーの三人だけに説明し、いざという時にはすぐに動けるようにと言い聞かせた。
見張りは免除されていたが、慣れない夜営と馬車での移動で殆ど熟睡できず、眠たそうにしているディーとエレナが起き出す頃、すっかり慣れた様子のコニーは、既に朝食の準備を終えていた。
「おはようございますー。朝食ができてますよー」
「おはよう……」
「あら? エドさん達は……」
エレナはコニー以外の三人の姿が見えない事に気づき、目を擦りながら辺りを見渡した。
すると、少し離れた場所に昨夜は無かったはずの馬車が止まっている事に気づいた。
よく見るとその馬車のそばに孝宏たちが居て、見知らぬ若い男と話している。
「どうされたんですか?」
エレナはコニーから昨晩食事に出たのと同じスープが入った木の皿を受け取りつつ聞いた。
ディーは眠そうな目をしながら渡された皿を見つめていて、孝宏たちが居ないことにも気づいて居ないようだ。
「夜明けに急いだ様子の馬車が来たので事情を聞いてるんですー」
夜が明けるころ、見張りをしていた孝宏はゲーラの町の方向から馬車が走ってくるのに気づいた。
この時間にこの野営地に来るということは、夜通し馬車を走らせていたのであろう。
何かあったのだと判断した孝宏は三人を起こし、コニーにまだ寝ている二人と馬車を守るように言うと、アルマとビビを連れて少し離れた場所で馬車を待った。
「馬車から降りてきたのが知り合いだったので、朝食の準備を始めたんですよー」
孝宏たちの前まで来た馬車はそこで止まり、降りてきたのは『銀の剣』の二人だった。
遠くから見ていてとりあえず危険では無いと判断したコニーはとりあえずスープを温め始めたという。
「という訳で事情はわかりませんが、とりあえずいつでも出発できるようにしておいて下さいねー」
「わかりました」
「ほらー、ディーも起きてー」
コニーはスープの皿を持ったまま寝ぼけているディーに声を掛けた。
「コニー、こいつらにスープを分けてやってくれ」
「わかりましたー」
しばらくして馬車を連れて戻ってきた孝宏は、降りてきた三人の男たちを指差した。
それを聞いたコニーはすぐに準備を始める。
「コニーちゃん、だっけ。ありがとう」
「いえいえー」
率先して礼を言ったのは『銀の剣』のフーゴだ。
御者をしていたフーゴのパートナーであるエドゥアールは疲れきった顔をしていて、いつもの軽い雰囲気は無かった。
「この二人は冒険者のエドゥアールとフーゴだ。もう一人は冒険者ギルドの職員」
「はじめまして、エレナと申し――」
孝宏はすっかり目が覚めた新人二人に紹介する。
エレナはそれを聞いて挨拶をしようとしたが、孝宏はそれを止めた。
「緊急事態だから挨拶は良い。それよりいつでも出発できるように準備しておいてくれ」
「何か……あったんですか?」
アルマとビビは戻るやいなやすぐに出発の準備を始めていた。
尋常では無さそうな様子に、エレナも何かあったのだろうとは察したが、聞かずには居られなかった。
「ついでだからコニーとディーも聞いてくれ」
孝宏が二人に声を掛ける。
銀の剣とギルド職員の三人に配膳を終えていたコニーはすぐさま孝宏のそばに来た。
状況に追いついていないディーも引っ張ってきている。
「ゲーラの町にドラゴンが近づいてきている」




