四十九話 あんないにんと、ちょうきんし
教会に着いたが、エレナは昨日のように外で待っているということは無かった。
しょうがないので教会の中に入り、誰かに声をかけよう。
「ようこそ……本日はどのようなご用件でしょうか?」
教会の中には、数人の祈りを捧げている人と、その様子を柔和な笑みで見守っている神父が居た。
神父は子どもばかり連れている俺に気づいて少し訝しげな顔をしたが、特に言葉には出さず普通に対応してくれた。
ゲーラの町では俺の顔もだいぶ知られるようになってきたので、アルマたちを連れていても「ああ、あいつか」みたいな反応で済むが王都にはあまり来ないからな。
「俺は江戸といいます。エレナさんは居ますか?」
「ああ、あなたがエドさんですか。子どもたちを救っていただいたようで……」
俺の名前を出すと、話は聞いていたようで優しげな表情に変わった。
エレナを含めあの時助けた子どもはこの教会で世話をしているらしいし、助けた冒険者の名前くらいは聞いていて当然か。
適当に二言三言会話を交わすと、エレナを連れに奥へと引っ込んでいった。
「そういえば、ディーは自分の職業は分かるのか」
「職業? わかんないなー」
「じゃあついでに見ておいてもらうか」
多少のお布施は払わないといけないが、自分の職業は知っておいて損は無いはずだ。
エレナの職業も一応聞いてみて分からないようなら調べておくか。
「おまたせしました」
神父はエレナを連れてすぐに戻ってきた。
「あら、可愛らしい」
神父に連れられてやって来たエレナは、ビビ以外がメイド服を着ているのを見て驚いていたが、それよりも見た目の可愛らしさに感動したようだ。
「こいつらがパーティメンバーだ。一人は違うけれど」
「こちらのお二人はあの時助けて頂きましたね。改めて、ありがとうございました」
アルマとビビは助けた際に一緒に居たが、名前は言っていなかったはずなので全員に自己紹介させる。
「特に反対意見も無かったから、エレナを雇う事にした」
「まあ、本当ですか?」
エレナは胸の前で手を合わせて微笑んだ。
「精一杯恩返しさせていただきますね」
「……まあ、良いでしょう」
その胸のあたりをビビが睨んでいる気がするが、たまに目つきが悪くなるのはいつもの事だ。
気にしないでおこう。
それよりも、さっさと話を進めないと。
「ちょっと事情が変わって、今日のうちに王都を出ないといけなくなったんだ」
「そうなんですか。ではすぐに準備をしないと……」
「悪いが、お願いするよ」
エレナはお世話になったシスターに挨拶をすると言って、教会の奥に戻っていった。
待っている間に、もう一つの用事を済ませておこう。
「神父さん、こいつの職業を見て貰えますか?」
俺たちのやり取りを微笑ましげに眺めていた神父に声を掛け、ディーの背中を押して神父の前に立たせる。
「ええ、もちろん。ではお嬢さん、お手を」
「え? う、うん」
ディーはお嬢さんと呼ばれて戸惑っていたが、素直に神父に手を差し出した。
神父はディーの手を取ると、手の甲に自身の指先をあてて目を閉じる。
何度か見た光景ではあるが、光が差し込むとかそういう神秘的な光景は特に無かった。
「お嬢さんの職業は『案内人』ですね」
「ガイドって……何?」
「人を望む場所に導く、尊い職業ですよ」
スリなんてしているから盗賊とか出るかもと思ったが、そっちが出たか。
俺と初めて会ったときも道案内して小遣い稼ぎしていたわけだし、まあ分からなくもない。
道案内をしていたからその職業になったのか、案内人の職業を持っていたから自然とその仕事をするようになったのか。
「ビビ、以前読んでいた本に『案内人』は載っていたか?」
「えーと。確か、記載がありました。『案内人』で一番有名な人は優秀なポーターだったそうです」
ビビに聞いてみると、こめかみに指を当てて思い出してくれた。
なるほど、ポーターか。確かに向いてそうな職業だ。
以前マティさんに聞いた話だが、優秀なポーターは荷物持ちだけではなく、目的地までの道案内もするそうだしな。
冒険者に向いているかは分からないが、まだ子どもだし、アルマたちの例を見るに恐らく鍛えれば強くなれるだろうと思う。
……いや、ディーはパーティメンバーとして連れていくわけじゃ無かったな。
家に置く以上、家事くらいは手伝ってもらうが、危険な冒険者にさせるわけにもいかないか。
職業を調べるのにあまり時間はかからないので、結局はまだ暫く待つ事になった。
ちびっこ達は新入りとの女子トークで忙しいようだったので、俺は一人離れて教会の中を眺めた。
入口から正面の奥には大きなステンドグラスがあり、光が差し込んでいる。
カラフルで綺麗だとは思うが、何をモチーフにしているかは全く分からない。
なんとなく人の形をしているように見えるが……。
「お気に召しましたか?」
「ええ、まあ」
俺がボケっとステンドグラスを眺めていると、神父が話しかけてきた。
お布施は渡したのでお金の催促に来た訳では無いはずだ。
「あのステンドグラスは女神様を模しているのですよ」
「へえ、そうなんですか」
やはり人だったようだ。
言われてみれば、長い白髪の女性が祈っているようにも見えなくもない。
「神様って女性なんですか?」
芸術なんて崇高な趣味を持たない俺にはステンドグラスを眺め続けるのが辛くなって来ていたので、神父と会話をしてみることにした。
せっかく向こうから話しかけてきてくれたしな。
「我々が信仰している神は女性神のお姿をしておられますが、原初の神は男性神だったそうです」
「へえ。今の神様は最初の神様とはちがうんですか」
「神話によりますと、まずはじめに原初の神がこの世界テラフティフィアを作り、三柱の神を生み出したそうです」
「その三柱のうちの一柱が今の女神?」
「いえ、違います。三柱の神は戦争を始め、最終的には死んでしまったそうです。その後新たに生まれた神が女神エリウ様です」
どうやらこの世界はテラフティフィアというらしい。
聞いてみると、この教会の宗教は女神エリウが誕生した言われている千年前に始まった、聖都フィーアーを総本山とするフィーアー教だそうだ。
神父はにこにこと微笑みながら、何も知らない俺にも嫌な顔ひとつせずに色々と話してくれた。
話し込んでしまっていたらしく、いつの間にかエレナが戻ってきたので、話を切り上げた。
「色々と教えてくださりありがとうございます」
「いえ、良いんですよ。エレナをよろしくお願いします」
神父と握手を交わし、エレナとディーの二人を連れ、王都を出発した。
「『彫金師』? 装飾品でも作るのか?」
「お貴族様に向けた装飾品を作る事が多いと伺いましたね」
王都を出た後になって、エレナに職業の事を聞くのを忘れていたのを思い出したため、馬車の上で聞いてみたところ、自分の職業は成人した時に調べていたらしい。
王都を出てすぐに戻る事にならなくて良かった。
「農家の娘には手に余りますよ」
自分の職業が分かっているのだったらわざわざ俺の所で働かなくても、その職業が活かせる仕事につけば良いと思うのだが、実家が田舎の農家だったため今まで農業の手伝いしかしたことが無く、彫金師としての技術は全く無いそうだ。
自分の才能が分かるなんて羨ましいと思うが、どうやら職業という形で自分の才能が分かっていても、それを活かせるかはその人次第のようだ。
エレナのように家の跡を継いだり、アルマたちのように自分の職業が分からない人も居るわけだしな。
「ボク、王都の外には初めて出るよ」
「ディーはずっと王都に居たんですかー?」
「王都といっても、スラム街だけどね」
『わたしも すらむに いたよ』
「なんて書いてあるの?」
「アルマもスラムに住んでいたそうです」
「ディー、文字読めないのー?」
「スラム出身だしね。全く読めない」
「じゃあ教えてあげるー」
「勉強はちょっとなぁ……」
「私も文字は得意では無いので、教えて貰えますか?」
「もちろん!」
「お願いしますね、コニーさん。ディーさんも、一緒に頑張りましょう」
「え~……」
『がんばってね』
「アルマ、書いても伝わりませんよ……」
御者台に座る俺の後ろからは、わいわいと姦しい声が聞こえてくる。
流石に俺を含めて六人も馬車に乗る事は想定外だった。そのため小さい馬車の上はぎゅうぎゅうとすし詰め状態である。
往復で使うためにゲーラの町で借りていた馬車だったので、新しく馬車を借りるわけにもいかない。
皆には無理やり乗り込んでもらい、俺は御者をする代わりにすし詰め状態を回避したというわけだ。
一人寂しい俺とは対象的に、後ろは狭いながらも、いや、狭いからこそか、賑やかで楽しそうだった。




