第二十二話 絶対に負けられない闘い(一)
「私と麻雀で勝負しませんか?」
笑顔のまま勝美は携帯ゲーム機を和平へと放り投げる。
和平は両手はもちろん視界も塞がっているので、受け取るのは一香の役目だ。
「これは……!?」
一香が画面を覗くと、「森部長」の名前で勝美とともに通信対戦に登録されている。後二人がこの卓に入れば対戦が始まる。
更に
「森部長さんって、すごい有名な学校にある麻雀部の部長さんなんですよー、きっとものすごく強いんですよー」
このゲームにはチャット機能も付いており、勝美は同卓する二人に和平がどういう者かを勝手に紹介しているのだ。
「ここまで来て、逃げるってことは無いですよね……? そうしたら私は、あなたの敵前逃亡を広めるだけですわ」
不適に微笑を見せる勝美。西に傾いた太陽の光をものともしない。
「……わへい君。荷物降ろしていいわよ」
一香が少しムッとした言い方で和平の視界を開けていく。
「挑まれたからやるしかないが……ゲーム機か……」
かつてゲームセンターでの対戦麻雀ゲームでも操作ミスをした和平である。初めて触るゲーム機での麻雀には抵抗がある。
「操作は相手が慣れていると思うけど、ハンデだと思えばいいんじゃない」
「そうですよ、森部長さんクラスの麻雀の腕ならば大した事無いでしょう?」
なぜか一香の声を勝美が後押しする形となっている。
「ここで勝たなければ、大学で麻雀部部長なんて務まらないよ!」
「そうですよ、部長さん。ここで逃げちゃダメですよ」
和平にとって一香と勝美が協力関係にあるように思えてきそうなところで
「あ……、あと二人が決まったようですね」
東家・森部長(和平)
南家・キリミン
西家・チバナシー
北家・茶デレラ(勝美)
東一局 親・和平 ドラ1
和平の配牌
一一二五七(1)(3)(4)(8)228西西
(端牌が多いから、チャンタ……三色同順もつけれたらいいな……)
和平は慎重にいらない牌として「五」を選択するとボタンを押す。
(よかったー。無事に捨てられたー)
勝美に気づかれないように安堵の息を吐く和平。
「そう言えば……、麻雀で勝負って言ったけど……。あなたとわへい君のサシウマでいいの?」
操作と麻雀に夢中になっている和平に代わって一香が尋ねる。
勝負を挑まれたからには勝利条件をはっきり聞いておかなければ打ちようが無い。
「ええ、もちろん。他の二人は勝負には無関係ですわ」
操作慣れしている勝美はなんなく答える。
「……で、勝ったほうが何かしようって考えているわけ?」
そうでなければこの九月という暑い季節の路上で麻雀勝負を願うわけが無い。尋ねた一香の頬を一筋の汗が伝う。
いつもの和平ならその姿に多少のセクシーさを感じたであろうが、今は画面しか見えない。当然勝美が使用していたチャット機能も使えない。
「……するどいですわね。もちろんそのつもりですわ。私が勝ったら私の願いを叶えてくれる。森部長さんが勝ったら私の願いは無視で結構です」
画面を見ずに笑顔で答える勝美。一香は少し緊張の色を浮かべながら
「……で、あなたが勝ったらどうしたいの……?」
「2」を切ってリーチをかけた勝美はさらに笑みを増しながら
「清水一香さん。麻雀プリティとして『ミス葵塚学園コンテスト』に出場してください」
「なんですって!?」
「ええっ!」
勝美の願いに和平と一香はほぼ同時に驚きの声を上げる。そのうえ
「ポンッ!」
と、ゲーム機から勇ましい声がする。
「あっ、やべっ!」
和平は驚きのあまり勝美の切った「2」をポンしてしまったのだ。
(「2」鳴いたらチャンタできないじゃん……。三色同順にするにも後もう一枚「2」持ってくる……。いや、そういう問題じゃないだろ!)
チャンタ不成立確定・三色同順不可濃厚も問題だが、和平にとってそれ以上に重大な問題がある。
「清水さんがミスコン出場ってどういうことだ!」
「そうよ、なんで私が!?」
そもそも麻雀部は面接段階で落選したはず。未だ学園で起きている事情を知らない和平と一香はそう思っている。
「えー、麻雀プリティがミスコン出場したほうが盛り上がるじゃないですかー。さらにその勢いでもってうちの大学に来てくれたら大歓迎じゃないですかー」
なかなか和了り牌がツモれなくても勝美は楽しそうに二人の問いに答える。
「『うちの大学』ってどこのこと? 私はすでに行きたい大学決まっているけど!」
「ああ、お姉ちゃんから聞いていますよー。でもそんな所より葵塚大学の方が楽しく麻雀できて最高じゃないですかー?」
「お姉ちゃんってあなた、まさか……ほんとに……?」
「やっと気がつきましたー?」
一香があることに気がついたのを知ると、勝美は今まで以上の微笑を見せるが、一度画面を見ると
「ツモ!」
と、ゲーム機から大きく声を響かせるのであった。
ツモ八→ 四五六八八(2)(3)(4)123南南 ツモ八 裏ドラ9
「リーチツモ表ドラ1 1000・2000 ですね。森部長さんの親、奪っちゃいましたー!」
と、点数を告げた後で思い出したかのように。
「あ、清水さんの言うとおりです。私、教頭先生の妹です」
それを聞いた和平の脳裏にとある記憶が蘇る。
(やはり三姉妹だったか……)
かつて勝美ら「教頭にそっくりな女性」の話をしたときに「三姉妹じゃないのか?」と半ば冗談・半ば本気で出した結論が正解だったのだ。
和平と共にその話をしていた一香。彼女は和平よりもさらに進んだ結論を得た。
「そう……、教頭の妹だから葵塚学園の生徒である私たちをいつも接客していたのね?」
「えっ、それって何か意味があったの?」
和平の中で「フードパークでいつも勝美に会う」は”偶然”であった。一香はそれを”必然”と呼んでいるのだ。
「はい、大正解ー。お姉ちゃんに頼まれて、葵塚学園の生徒がどんな振る舞いをしているか、私たち姉妹がしっかり見張っておりましたー」
ここまで笑顔であった勝美だが急に真剣な表情になり
「スパイと呼ばれても否定はしません。なぜならこれも学園のためですから……」
今までに見なかった勝美の冷たい表情に和平は唾を飲み込む。
(緑色の眼鏡をかけたら教頭じゃないか……)
改めて彼女が教頭の妹であることを認識する和平。おそらく一香もそうであったろう。
そして和平の中でかつて抱いた矛盾も解消されようとしていたが……。
「森部長さん、東二局が始まりますよ」
笑みに戻った勝美に遮られた。
「え、ああ……」
絶対に負けられない闘いは始まったばかり。
東一局終了時
一位・茶デレラ(勝美) 29000点
二位・キリミン 24000点
三位・チバナシー 24000点(席順差)
四位・森部長(和平) 23000点




