第十六話 理由を突きつけられては逆らえない
「――以上が『ミス葵塚学園実行委員会』のメンバーです」
葵塚学園教員会議。ここに勤める教職員の大半が集まって(校長は本日不在である)学園の運営について話し合う。
と、言ってもほとんどが報告事項であり、議題に対しての賛否が乱れ飛んだり、発言中にヤジが飛んだりすることはない。
あるとすれば報告に無い部分を確認するための質問――直が手を上げたのもそれに過ぎない。
「はい、立花先生」
議題提案者である明美が笑顔で直の発言を許す。
「委員会メンバーの選考基準を教えて下さい。『実行委員募集』の通知や案内は学園の掲示板には貼られていませんでしたが?」
募集もしないでメンバーが十二人も揃うわけが無い。更に他の教職員はこの議題に関しては初耳の反応を示している。つまり明美が一人で選んだことになる。
「それは私が現時点で卒業要件を持っていない男子学生一人一人に声をかけて交渉しました」
「……と言うことは……、この委員会に参加することは卒業要件を得ることになると……」
直の隣に座る眼鏡を掛けた科学教師が確かめるように声を出す。
「ええ、『新しい部活動を立ち上げ、定着させること』に充分該当すると思います。もちろんコンテストが成功したら、の話ですが」
「しかし……、私達にも一声かけても……」
黒いポロシャツに身を包む筋肉質な教師が苦言を漏らすと。
「水島先生初め部を見たり教科の準備で多忙を極める先生方に負担を掛けるのは恐縮と思いまして……」
詫びる明美の首元に空調から流れる乾いた風が通り抜ける。この空調のため、会議室は残暑にまとわりつく暑さや湿気が無い。
「卒業できないと絶望する生徒に救いの手を差し伸べる。時間がある私にはこうする事も学園に必要だと思いまして」
教頭という校長を支える職務柄、明美が誰よりも忙しいのは知っている。その上もっともな理由を上げられては誰も彼女の行動を批判できない。
「立花先生には顧問の先生がいない部への取り纏めをお願いしますね」
「えっ?」
驚く直に明美は不思議そうに首を傾げながら
「この学園には新しくできたり規模が小さいために顧問がおけない部やクラブが多いです。それらのまとめ役になるために新設の麻雀部顧問になったんですよね?」
直が麻雀部顧問になった「表向きの理由」を告げる。
いくら大きな葵塚学園と言えども教職員の数に限界がある。
そして男子学生の卒業要件の一つに「部活動の新設と定着」があるため部やクラブは増える。需要と供給が追いつかない。
そんな中麻雀部の顧問に直がなった。
いくら校長の推薦があるとはいえ、できたばかりの麻雀部に顧問がついては今まで顧問不在でも活動していた部やクラブの一部に不満が現れるのではないか。そんな懸念の声も出ていた。
そのため表向きの理由として、直がその者らの要望などを受けて学園上層部に意向を伝えるということになる。
しかし教職員の一部からの懸念は杞憂に終わり、そのためか直がまとめ役として動いた事はない。
詠唱魔術研究会の退学者騒動もあくまで彩と詠子との繋がりから動いたからに過ぎない。
そんな誰も忘れていた「表向きの理由」がいきなり復活を遂げたのである。
「あ、ああ……そうだったな。各部に話をしてみるよ……」
忘れていた自らの使命を思い出した直。思わずいつもの明美対しての口調になっている。
「ええ、お願いしますね」
明美の笑顔を見ながら直はなんとなく動きを封じられた気がするのであった。
(……まずは自分の所からなんとかしないと……)
直は廊下を歩きながら自分が面倒を見るべき部のリストを眺める。二枚目まで行くあたり二十は下らないだろう。
(簡単な説明だけ済ませて後は凛か森に全てを任せようか……)
報告を聞いて上に伝えればいいだけとはいえ、候補者が全員決まるまでは忙しすぎる。
しかし麻雀部に関しては既に決まっていた。
「……あなたはどうしてミス葵塚学園になろうと思ったのですか?」
「はい!私も麻雀部のお役に立ちたいと思いまして!」
「……それじゃあ別にこのイベントに参加しなくても他に役立てる事あるんじゃないですか?」
「うーん……」
部室の扉を開けた直が見たのは、麻雀を打っている和平・一香・杏子・三華の四人と長机越しに向かい合っている通子と凛。
訪ねる凛の姿勢といい、答える通子の姿勢といいまるで面接ではないか。
「……二人は何をしているんだ……?」
直が半ば呆れたようにつぶやくと二人は彼女を見て
「面接の練習ですよ」
ほぼ同時に答えた。
「もしかしてミスコンのか……?」
「ええ、立候補者はまずは面接に合格しなければならないじゃないですか!」
「だから私が面接官を……」
気合いで答える通子とは対照的に、凛は少し戸惑い気味に答える。
「麻雀部からは一関がミスコンに参加ってことでいいのか?」
直は麻雀を打っている和平たちに声をかける。
「他に希望者がいなければそれでいいですよー」
和平は素早く直を見ながら答えると、卓へと視線を戻す。麻雀中なので、多少礼に失しても許される。
「私と一香は出るつもり無いのでー」
杏子からは二人分の返事。
「私も麻雀覚えたいので……」
三華は新入部員としては好ましい返事をする。これほど麻雀に夢中ならば和平たちが卒業した後でも大丈夫だろう。
「一応全員が揃ったら確認だな……」
直はまだ来ぬ部員達を思い出しながら呟いた。
ミーティングでは新しく入った直樹と昌三が
「もっと考える期間を設けては……」
と言ったものの代わりに誰にするかわ言わず、他の部員も通子を推したため、彼女が麻雀部からの立候補者となる。
それから二日を経た面接の日――、その日の通子を見ていた部員全員が彼女の合格を疑わなかった。気合を入れて面接へと向かった彼女が、確かな手ごたえを得た顔で戻って来たからだ。
だからこそ翌日、部室の扉に差し込まれていた一枚のプリントにこんな文字が書かれているとは思っても見なかった。
「一関通子落選」
「先輩、私ってそんなに魅力が無かったのでしょうか……」
半べそをかきながら上目遣いの通子に和平は一方では胸の高鳴りを抑え、また一方では実行委員のそっけない返事への憤りを耐えながらも
「そんなわけないだろう。通子はめちゃくちゃ可愛いよ。麻雀も強いし、麻雀できる人から見たらほうっておけないよ」
と、彼女の頭を撫でる。
「実行委員の目が節穴だったんですよ。通子先輩を落とすなんて……、こんな一枚の紙切れで……」
三菜が落選通知を細かく破っていく。
「せめて『残念ですが』とか、『大変申し訳ありませんが』と書きなさいよ。全く、人を呼び出しておいて……通子ちゃん、こんな奴らに褒められなくてむしろ正解よ」
杏子は三菜の作業を積極的に手伝う。
「そ、そうですよね……」
皆の励ましに少しずつ笑顔になる通子。
確かに彼女のせいではなかった。




