第十五話 初めてだからしょうがない
麻雀部部室は残暑厳しい西日が当たるため、午後は一部の窓でカーテンを閉めている。
そのため室内は灯りが必要ない場所と暗い場所に別れる。暗い場所で両手を伸ばして長机に突っ伏しているのは杏子だ。だいぶ疲れたのだろう、部室に入るなり無言でその姿勢に入った。
先に部室に入って卓掃をしている和平にとってはいつもの光景なのだが……。
「……あの……森部長」
三華が戸惑いながらも和平に話しかけてきた。
座っている和平は彼女を見上げる形となる、自然に一度は視線が彼女の大きな胸を通過するのだが、男としての本能を抑えて
「どうした?」
と、顔を見て答える。
彼女は一度杏子のほうを見ると
「昨日からずっと気になっていたんですけど……姫様って……、麻雀部ではいつもあんな感じなんですか?」
「そうだけど?」
和平からして見ればこれが普段の杏子なので当然のように答える。
「あ……、随分話で聞いていた姫様とイメージが違うなぁ……って。オープンキャンパスでもああいう風にはならなかったじゃないですか」
「ああ……」
和平は相槌を打ちながら
(そうか、あん子は姫様だった)
と、杏子を見る。
(振り返ればオープンキャンパスのときは思い切り猫を被っていた……、いや、猫被りではないな)
彼女が他人に配慮する言動を取りすぎるあまりに周囲から「姫様」とされただけであり、「姫様」としては当たり前の行動なのだ。
しかし、麻雀部では「姫様」は「あん子」である。
「ここは彼女の楽屋というか……オフの時だと思えばいいよ。そういう時に『姫様』をする必要はないよね」
当たり前のことを人に説明するのは難しい、と思いながら和平なりの答えを出す。
「はぁ……『姫様』のオフですか……」
「だからここでは『姫様』じゃなくて『あん子』と呼んでくれないかな。敬称をつけるかどうかは任せるから」
命令とは思われないように表情と言葉を柔らかめに選んで三華に頼むと、彼女は戸惑いながらも頷いた。
彼女の中で「姫様」が「あん子」に変わるのはもう少し時間が必要であろう。
一香が来たので麻雀が打てる、と思った所へ
「先輩、大変大変大変ですよー!」
と、通子が息を切らせながら部室に飛び込む。右手には何かのチラシ。
「どうした通子、まるで岡っぴきの子分が事件を知らせるみたいじゃねぇか」
そう言う和平も少し口調が変わっている。
通子は手にしているチラシのしわを伸ばしながら息を整えた後で
「ミスコンが始まるんですよ!」
と、一気に話す。
「ミス……コン?」
突然告げられた横文字の意味を和平は理解できない。
「ミステリー小説コンテスト……かなぁ」
「いや、それは私たちには関係ないでしょ」
一香と杏子のやりとりを眺めた後で三華は申し訳なさそうに
「ミス葵塚学園コンテストじゃないですかね……?」
「そうよ、三華ちゃん!それそれ!」
さっきの横文字は略称かと納得しかけた和平だが
「それでも……どう大変なんだ?」
残された疑問を口にする。
「見てください、これ!」
通子はまだしわの残るチラシの文面を見せる。彼女が指し示した所にはこう書かれてあった。
「部活動対抗なので、女性部員が複数いる部は必ず参加するように」
「これって、麻雀部も必ず誰か出せってことですよね!」
通子がその部分を強くなぞる。
「なぜ部活対抗にしたんだろう……」
新たに決めなければならないことができた、と和平はため息混じりだ。
「たぶん後々文化祭恒例の行事にさせるために第一回目の参加者を多く確保したいんじゃないですか?」
「そうだとしても……、逆に参加者多過ぎて票が集まらないんじゃない? 部を代表するわけだからその部の人数=票でしょ?」
「そうなると帰宅部員相手の選挙戦になるわねえ……。実弾や怪文書や偽メールが飛びかう!」
三華と一香の解釈に対して勝手に盛り上がる杏子。
(実弾って「金」の方だよな……。金ばら撒いて当選してもそれがバレたら大問題だぞ……)
そしていらぬ心配をする和平。
「あ」
ミスコンテストについての四人が描いた多様なる想像は、通子の一声によって消える。
「立候補者は、『ミスコンテスト実行委員会』の審査を受け、『立候補に値する』と認められた者のみ、出場できる……。ちなみにこの段階での合否は、関係者以外に知られることはありません」
「人集めるだけ集めてこっそり審査して選別するなんて馬鹿げた話だわ」
杏子が興が醒めたようで、再び卓に顔を伏せる。
「ま、こう無理もしないと成り立たないのよ。最初だから」
一香も他人事のように呟いて牌を取り出す。
「そんなことより麻雀しよ?」
「いいですねー、いろいろ教えて下さい」
三華が笑顔で手を挙げると一香のいる卓に座る。
杏子も目を輝かせながら顔を上げる。
(これで三人決まった……。残り一人は俺か通子……?)
と、通子を見る和平。彼女はチラシに書かれている参加方法を食い入るように見ている。
「先輩先輩」
「なにかね、通子くん」
ふと、和平の視線に気づいた通子が上目遣いで声をかける。
「ミス葵塚学園には公約もマニフェストもいらないですよね」
「まーね、強いて言えば当選後はミス葵塚学園らしくしていろってことじゃない?」
「あ……、それならなんとかできそうです」
ふと安心したような笑みを浮かべて再びチラシに目を通す通子。
全てが決まったな、と和平は三人の待つ卓へと目を向けるのであった。




