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どう打つの?森  作者: 工場長
東三局・いろいろと面倒が起こっています
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第十話 悲運な人がいい

「管理人に絡まれたり、帰りは遠回りで大変だったわね」

 合宿より戻った直は、校長に帰学の報告をしていた。

 いつもは教頭である明美が側にいるのだが、今日は休みのため不在。

 彼女が嫌いなわけではないが、最近のやりとりに思うところがある直にとって、校長と二人だけなのは安心できる。

「それでも特に事故やトラブルが無かったのが何よりです」

「そうね……、筑波山では敵と勘違いされたみたいだしね」

 和平と杏子がサバイバルゲーム部に襲われた件は相手のことを考えて公にしなかっただけに、直は校長の情報に唖然とする。

「直は内緒にしていたみたいだけど……、相手の子が気が小さかったのかなー。合宿帰りの報告の際に何度も頭を下げてきたのよねー」

「そ……その時って明美もこの部屋にいました?」

「いや、いなかったわよ」

 唾の飲み込みながら尋ねる直に対して校長の返事はあっけらかんとしていた。 それを聞いて直は心の中で安堵の息を吐いた。サバイバルゲーム部とトラブルがあったと知ったら明美のことだ、また後日何かの取引材料にされかねない。


 そこまで考えて直はふと校長を見る。

 校長は直の視線を感じ、「うん?」と首を傾げる。

(校長はあの子が最近私……というか麻雀部に対してやけに絡んで来ることを知っているのだろうか?)

 校長・明美・直、三人は個人的な付き合いは長いとはいえ、校長と教頭と一教師の間柄でもある。学校の運営がらみならば私的な感情は優先されない。

(一連の動きが校長の指示であるか否かでこっちの姿勢も変わる……)

 だが、尋ねようにも言葉を選ばなければならない。校長が関わっているのか、そして明美の目的がはっきりと分からないから的外れなところを突いたらやぶ蛇になる。質問自体が麻雀部の不利益となってはいけないのだ。

「あ、そういえば昨日大学の総長とね……」

 直の苦悩に気付かぬまま校長が口を開いた。



「詠唱魔術研究会の魔術って中世ヨーロッパだけじゃないんだね」

 葵塚学園の定食屋にいるのは通子・純と彩・詠子の四人。

 先に彩と詠子がいて、後から向かいに通子と純が座る。話が盛り上がり、一時間経っても四人の誰一人として完食はしていない。

「そうですねー、この国の祈祷とか中国の呪いとかも一応……」

「詠子ちゃんは中国では孫……博? ……負? ……さんを殺した呪術が……」

「彩ちゃん、記憶曖昧だから、孫策伯符そんさく はくふね。あの人は呪われて病気になって……」

「伯兄ちゃんはそんなヤワじゃないわよ!!」

 詠子が彩の間違いを正そうとしているのを純が叫んで中断させる。

「じ、純ちゃん落ち着いて……」

「じ、純先輩……?」

 通子と彩が戸惑いながらも純を宥める。

 話を遮られた詠子は動きを止められた口のまま視線を純から反らさない。いや、反らせない。


 そんな詠子の様子を見かねた通子は

「ああ……、ごめんね。純ちゃん三国志が大好きでね……」

 と、純が荒れた理由を話しだす。

「えーっと、三国志で一番好きな武将は夏侯……」

「妙さま、ね」

 純はあくまでもあざなで呼ぶ。

「一番嫌いなのは黄ち……」

定軍山ていぐんさんの黄色い爺さんね」

 嫌いゆえに字も名前も言わず、「しょく劉備りゅうびに仕えていた」とすら言わない。

 定軍山が何を意味しているのかを知らない通子は次の質問に移る。

「さっき言った伯兄ちゃん……?は妙さまの次に好きなのかな?」

「うん、そう。なんか私悲運な最期を遂げた人が好きみたい」

 ここでやっと笑顔に戻る純。

「そうだったんですかー、私はだったらお父様の方が好きですけど……」

 気を取り直した詠子が合いの手を入れると純の目の色が変わる。

「えっ、詠子ちゃん文父さんが好きなの!?」

「そうなんですよー」

 さっきの諍いはどこへ行ったのか笑顔で話し続ける二人を見ながら彩が通子に声をかける。

「えーっと、この場合のお父さんって……」

「純ちゃんの父親でなければ白い犬でもないわよ。たぶん三国志にそういう人がいるのよ」

「孫さんのお父さんで、文父さんだから……、孫ぶ……」


 彩が三国志の時代よりはるかに下る人物の名を言おうとしたところで直が定食屋に入ってきた。

「おや、授業は今日無いけどここで晩御飯かい?」

「あっ、先生。そうなんです。寮のご飯では飽きちゃうのでたまにはここにしようかなって」

 いち早く直に気がついた通子が直の質問に答える。

「そう、それで二人は三国志の話で盛り上がっている……、と」

 純と詠子は直がいるのに気がつかず、すっかり孫親子の話に夢中である。

「そして一関は中国から遠く離れた国のTシャツを着ている」

 直が通子の方へ向きなおし、彼女の服を指差す。

「ああ、通子先輩の服ですか? ええと、確かチェッ・ゲバラ……」

「チェ・ゲバラ。舌打ちじゃないよ」

 彩の微妙な言い間違いを直が訂正する。

 これは部屋着だ、と言う通子のTシャツは、赤地の表が九分割されてそこにチェ・ゲバラの顔が並んでいるのだが……。

「よく見ると一人だけ別人がいるんですよ」

「どれどれ……あ、本当ですね。眼鏡かけてる……なんだかイケメンですねぇ」

 彩は違う人物を見つけると、好みの顔なのかじっくりと見る。

 直も彼の顔は好みなのか

「この髭のイケメンはトロッキーだな」

 と、頷いて見せた。

「ロ、ロッキー?」

「トロッキー?」

 彩と通子が同時に尋ねる。


「チェ・ゲバラがキューバという国に革命をもたらした者の一人ならば、トロッキーはソ連に革命をもたらした者の一人なのです」

 それまで詠子と三国志談義に花を咲かせていた純が突然Tシャツの人物について解説をしだす。

「トロッキーはソ連の革命が成功した後も、その結果に満足せず世界中に革命を起こそう、って叫んだら『いやいや世界よりもこの国をまず固めようよ』と考えていたスターリンと対立。結局は失脚してしまうのです」

「もう一人のチェ・ゲバラもキューバだけではなく他国でも革命を起こそうとしたから二人は共通点があるんですねぇ」

 詠子も純に続いて解説。

「そっか、この二人が一つのTシャツで共演しているって意味があるんだ……」

 通子が自ら着ている服の柄を眺めていると……。


「そうか、トロッキーかスターリンか……」

 直が何かに気がついたような声をあげた。

「え、立花先生どうかしました?」

 純が首を傾げると

「あ、いや……。周りを巻き込むか、自分のところだけにするか、どっちかなって話」

「この二人は周りを巻き込む派ですね」

「うん、そうだなニ盃。そうなんだ、どっちにするか、どっちなんだって話なんだ。そうなんだ」

 直はそう言いながら立ち上がると、何も頼まないまま定食屋を後にした。

「一体どうしたんだろう?」

「不思議ですねぇ」

 通子も純もそして詠子も心配そうに直が去った出口を見つめている。

 唯一そんな三人を眺めている彩は、通子のTシャツにいる二人も心配気な表情をしているように思えてならなかった。

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