第九話 筍からできていると初めて知った
「また来て下サーイ!」
「三日間ありがとうございましたー」
好みには大きな偏りがあるものの、基本的には根が優しいロシア人三人に見送られ、バスは合宿所を出発した。
このまま学校に帰るのかと思いきやハンドルを握る直は電話を片手に
「高速道路の東京方面が事故で通行止めになったらしい。だからちょっと遠回りするから」
しばらくして、バスは中央高速道路大月ジャンクションを東ではなく、西へ曲がる。
「このまま甲府方面に向かうけど、ぶどう狩りでもするのかな?」
和平の後ろに座る彩が楽しそうに隣の三菜に語りかける。
「ぶどうなんてまだ季節じゃないでしょう……」
返事をする三菜は眠そうだ。
それを聞いていた和平にも眠気が移ったのか、目を閉じると軽い寝息をたて始めた。
「わへい君。着いたわよ」
一香の声と共に肩を揺らされた和平は、夢の世界から現実へと引き戻された。
「清水さん……」
にっこりと微笑む彼女の顔を見たときには夢の内容は忘れている。なにか幸せな夢を見ていたらしいという不確定な記憶しかない。
「着いたってここは……?」
和平が窓を見るといつもの葵塚学園ではなく見慣れぬ建物たちに囲まれた駐車場。
「『道の駅』って言うの? ……ドライブ・インらしいわね。二時間ほど昼食兼自由行動だって。温泉もあるからゆっくりできるわよ」
バスを降りると和平は肌寒さを感じて思わず両肘をさすった。建物と反対方向を見て、ここは山の中だと分かる。後ろから聞こえるのは河のせせらぎ。
「どうも三菜ちゃんの地元らしくて……、降りたとき驚いていたわ」
和平に続いてバスを降りた一香は見回しながら薄手の上着を羽織る。
「と言うことはここは……?」
和平が一香を見ると、彼女は「そういうこと」と案内板を指差した。
バスは高速道路を甲府まで西走し、そこから国道140号線を北上、山を越えて埼玉県に入ったのだという。
「ここまでのルートはずっと景色を見ていた純ちゃんの話ね」
一香いわく、純は景色と地図を交互に見て楽しそうだったという。
「二人とも駐車場にずっと立っていたら危ないよ、早く建物に入ろうよ!」
杏子が心配したのか駆け寄って和平の肩を軽く叩いた。小さいながらもバスが二台駐車場に入っているのが見える。
「二時間もやることあるんだから、楽しもうよ。まずはご飯にする? お風呂にする? それとも……」
「そ、それとも……」
杏子の恥じらいながらの問いに思わず息を飲む和平。
「……お土産買う?」
杏子の指差す先には『地元の特産品販売』と看板を持つ丸太でできた建物が。
「あ……、お土産ね、お土産……。荷物になるから後のほうがいいなぁ……」
がっかりしながらも和平は白壁作りの食事処を見る。
「ねぇ……三つ目は何だと思っていたの……?」
小さい声を上げながら袖を引張る一香。
「なんだと思っていたのだろうね?」
誤解されることを確実に分かっていたのか、杏子はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「……え、ここまで来てラーメンなの……?」
凛が食べているメニューに和平は少し呆れた声を上げた。
「ラーメンと言えばドライブ・インの定番料理じゃない?」
凛は当然といったように応える。
「その……メンマが大盛りなのはオプションメニュー……?」
一香が遠慮がちに尋ねる。凛のラーメンはわかめの代わりとして野菜と思しき物が少し浮いているが、それ以上にメンマが多い。
凛は首を傾げながら
「うーん……『地元の名産ラーメン』って言うのを頼んだんだけどね、なぜかメンマがいっぱい入っているのよね」
「メンマって筍からできているんでしょ? この辺りに竹が多いってことじゃないのかな?」
杏子が凛の隣に座ってメニューを眺めている。
「そういうことか……。じゃあ俺はとんかつを頼もうかな」
和平は杏子の隣に座りメニューも見ずに食べるものを決める。すでに「とんかつ定食六百円」と書かれた文字が目に入ったからだ。
白壁作りの屋内は、時代劇のセットに使われそうな雰囲気を出しているが、調理場に面したカウンターには食堂によくある「とんかつ」のようなメニューの書かれたプレートが貼られている。
「じゃあ私は山菜そばで」
一香は和平の隣に座って同じくメニューを見ない。
「ねぇ一香? メンマは山菜に入るのかな?」
「いや……、入らないでしょ」
「あれー、先輩たちは先にご飯ですかー?」
通子と純、三菜と彩、そして正二が和平たちの向かい側に座る。
「君たちは先に温泉入っていたの?」
「いや、凛先輩。俺たちは先に買い物をしていました。売り切れちゃったら悲しいので」
「それって荷物になるんじゃない?」
杏子の言うことが最もだと和平はとんかつにソースをかけながら思う。そのために自分たちは食事を先にしているのだから。
「バスの中に置けばいいじゃないですかー」
彩が何のことは無い、と言った表情で答えた。
(バスは運転手さんも休憩しているから無人のはず、そいつは少し物騒なんじゃ……)
そう思いながらも和平はとんかつに箸をつけた。
「そう言えば買い物をしながら考えたんですけど」
鮎の塩焼き定食を前に「いただきます」を言い終えた三菜が、辺りを見回した。
「麻雀って、ローカル役っていうのがあるんですよね?」
「うん、あるよ」
麺を食べ終えた凛が残った具をどう処理しようか悩みながら答える。
「ローカル役・ローカル役満・他にもローカルルールというのがあるかな……」
和平は答えながらキャベツをとんかつに丁寧に載せる。
「そういうのって、麻雀部として知っておいた方がいいですよね?」
そう言いながら三菜はスマートフォンを取り出して
「例えばこれって『花鳥風月』と言うんですけど」
花鳥風月
花(5)・鳥1・風(自風OR場風)月(1)が必ず刻子もしくはカン子
対子は何でもよい
(555)111東東東(111)ニニ
「これって『(1)』は丸いから『月』で、『(5)』とかも花びらのようだから『花』なんですよ、すごいですよね?」
「そうね……発想というか……すごいねぇ」
杏子はスマートフォンを眺めながら山菜おこわを丁寧に割っていく。
「たまにでいいんですけど、こういったローカル役を採用して麻雀したら面白いんじゃないかなぁって」
新たな楽しみを見つけたことで三菜の目は輝きに満ちている。
「そうね……、みんな麻雀覚えてきたらこういうのもいいかもね」
そう答える一香の丼には薄い筍が浮かぶ。
「うちの麻雀部は『赤(5)』が二枚あるから、その花は切り難いかもね……」
「そうだなぁ、さらに『(5)』が表ドラになっちゃたらこの花はますます手牌に取っておくな」
通子と正二が思い思いに画面を眺めている。
和平は湯飲みにお茶を入れながら、自分が入れたいローカル役を考えるのであった。
――同時刻葵塚市内・教頭の家――
「その『七』チー!」
「そして『3』でロン!」
「うーん、また勝美お姉ちゃんに負けちゃった……。『七』鳴いてテンパイしたのね」
成美がタブレットをちゃぶ台の上に置いてため息をつく。
「まあ、鳴いているから1000点だけど」
「七」を鳴かした明美が負け惜しみとばかりに勝美を見る。
そんな二人の視線にも彼女は動じず
「1000点でも和了れば勝ち。私この役得意みたい」




