第十二話 全滅するわけにはいかない
「どうしよう、森君! 呪文が聞かない!!」
慌てる杏子だが、和平にとって「聖なる呪文」は彼女の気休めのために提案した作戦であり、効果が無いのは当たり前だ。
(夜の山中……、たぶん獣だな)
筑波山に熊が出たというニュースは聞いたことが無い。だとすれば
「あん子、相手は猪だろう。呪文が効かないのも当たり前だ。ここは逃げるが勝ちだ」
「で、でも……、猪は歌を歌わないでしょ?」
和平自身は歌声を聞いていないので、その正体は説明できない。しかし、ここは逃げるしかない。
次の瞬間、和平が持つ懐中電灯に赤い光が刺した。
(……なんだ? まさかレーザーこうせ……)
和平がそれを認識するか否かのところで、懐中電灯は衝撃を受け、和平の手から落ちる。
「きゃああっ!」
杏子の悲鳴が辺りにこだまする。
本能的に和平は杏子の右腕を掴み、茂みの中に隠れる。
(撃たれた……? 撃たれたよな?)
相手は誰だか分からない、しかし二人の体を撃てる状況にありながら、懐中電灯を狙ったのは警告と言うところだろうか。ならば隠れたのは誤算だったかもしれない。
『おーい、どうしたー? 何かあったかー?』
電話の向こうでは事態を把握し切れていないのか、直がのんきな声を上げる。
「せ、先生、相手は銃を持っています」
『銃? どういうことだ!?』
ここにいない直にはなんのことかさっぱりだろうが、和平にも杏子にも詳しく説明する時間も心理的余裕も無い。
その間にまた軽い銃声が続けて鳴り、二人が隠れている茂みが銃弾で揺れる。
(連続して撃ってくるって、ライフルじゃないのか!?)
「き……、ふぐっ!」
和平は杏子の口を塞ぐ。
「あん子、このまま前かがみの姿勢で歩けるか?」
声が出せない杏子は一生懸命、頷く。
「よし、それじゃあ逃げるぞ、もと来た道とは大きくそれるが、動かないよりはマシだ」
そして和平は電話の向こうにいる直へ
「そういうわけですので、先生。一旦電話を切ります。再びこの電話ができることを祈ってください」
『おいおい、なんだか分からないけど、大げさ……』
直の返事の途中で和平は電源を落とした。
和平の持っている懐中電灯は最初の銃撃で落としてしまったので、残された灯りは杏子の持っている一本しかない。
杏子の口元を押さえながら、ゆっくりと茂みの中を歩く和平。そうしている間、どうしてこんな事になってしまったのかを思い返してみる。
(俺たちはただ肝試しにきただけだ、それなのになぜ銃で撃たれる!? そもそも相手は何者だ? この平和な時代のこの国で夜の山にライフルを持って歩く集団なんているか? せいぜい銀行強盗するために昼の街中に現れるくらいだろ?)
ふと、和平は道しるべとしてあったお地蔵さんのことを思い出した。
そこにお供えされたいた、空き缶には複数の小さな穴があったのを和平も杏子も見ている。
つまり、和平たちがそこに来る前から相手はこの山中にいたことになる。
(……俺たちが彼らの世界に迷い込んでしまったということか……? タイムスリップか異世界に飛んじゃう笑えないファンタジーってか? しかし、特におかしなところは無かった気がするが……、もしかして杏子が聞いたというあの歌のせいか!?)
しかし、杏子が歌を聞いたのは井戸に着いてから、それに自分たちが異世界に入ってしまっては直と電話ができるわけが無い、と和平はその考えを捨てる。
(……俺たちではなく、この世界に相手が迷い込んだとしたら……? だとしたら俺たちはかなり運が無い……)
いきなりの銃撃ということは、おそらく相手は自分たちが異世界に来てしまったこと気が付いていないだろう。
和平はかつてこういう『異世界やタイムスリップ系のファンタジー』を映画や小説で見たことがあるが、多くは物語の序盤で死者が出ているのだ。
それは『迷い込んだ者』と『元からこの世界にいる者』との間で状況認識および相互理解ができないためであり、その理解が得られるまでの生贄として自分たちが選ばれてしまったことになる。
懐中電灯で足元を照らしているとはいえ、辺りの暗さは自分たちの運命を示しているようで、和平は苛立ちを覚えた。
和平の目前で、木の葉が銃に撃たれた。枝とともに、それを貫いた銃弾が落ちる。
「んんーっ!」
悲鳴をあげる杏子の口を必死で押さえる和平。
直から電話がかかってきたのはその時だった。
「先生……」
小声で電話に出る。再びこうして直と電話ができるということは、やはり自分たちはこの世界にいるのだと、実感できる。
『ああ……、森・三石か……、すまない……、こういう事態になってしまったのは私の責任だ……』
いきなりの直の謝罪に言葉を失う和平。直の謝罪はまだ続く。
『あたしが奴らの存在を忘れてしまったから、お前ら二人を奴らのテリトリーに入れてしまったんだ……、これは本当に申し訳ないと思っている……。これから助けにいくが、無事でいろよ』
和平は必死に首を横に振った。まだ直たちが安全ならば、施設から出て欲しくはなかった。
「先生、俺たちは俺たちで何とかします。だから先生たちは、そこから動かないで下さい。最悪俺たちだけではなく、先生たちまで死んでしまっては麻雀部は終わりです……」
杏子も覚悟を決めたのか、和平の意見に反論を見せない。
直は一時の沈黙の後に口を開いた。いつも話しながらも吸っているタバコは無い。




