第三話 辛いことは忘れたいものです
入部希望者との話は正二と直の二人に任せて和平は通子とともに廊下に出る。
はっきり言ってこの通子の行動は謎に満ちている。
彼女は希望者の二人に視線を強く向けていた。
今思えば二人のうちの誰か(もしくは二人とも)に心当たりがあったのだろう。
最大の謎は和平を呼び出した理由。「合宿についての話」がしたいと言っている。
ところが五月連休中に合宿の予定は無い。
(ま、まさかこのタイミングで愛の告白ですか?)
呼び出された理由に想像がつかないので、和平は妄想に走ってみる。
しかし妄想はしょせん妄想でしかなかった。
「先輩、色部さんのことなんですけど……」
(ああ、やっぱりそうなるよね……)
と、めげては見たがそれを心のうちにしまいすぐに立て直す。
三菜が入部することで麻雀部に何らかの問題が発生するかもしれない。
通子がその懸念を持っているのならば真剣に耳を傾けなければならない。
「ああ、色部さんがどうかしたの? 知り合い?」
「直接の知り合いじゃないんですけど……、同じ中学なんです。中学では彼女、陸上部に所属していました」
「ああ、なるほど……」
和平が持った第一印象は間違いではなかった。アウトドア好きどころか、思いっきり運動をしていたのだ。
しかしその彼女がなぜ運動嫌いへとなったのか疑問が残る。
通子は和平の疑問をすでに読み取っていた。
「彼女の知り合いである私の友達から聞いたんですけど」
と、話を続けた。
三菜は中学時代中距離のランナーとしてかなりの成績を残していた。
周囲は陸上部内外の区別なく彼女に期待を持ち、三年生春の大会では「全国大会出場」は、「期待ではなく確実」と認識されていた。
ところが大会直前になって三菜は酷い怪我をしてしまう。
当然回復するまでには長い時間を要し、大会はおろか選手として陸上部に参加することは二度と無かった。
「だから彼女は陸上の話をしたくないはずです。中学は選手の経験活かしてマネージャーとしては部に残っていましたが……」
おそらく三菜にとって非常に辛く悲しい日々であっただろう。部室での発言からそれが窺われる。
「環境が変わったから陸上の全てを忘れようと言うわけか」
「ええ、それにもしかして彼女の噂を聞いた陸上部がなんらかの勧誘をするかもしれなせん」
怪我の程度・回復具合により選手としてもしくはマネージャーとしての誘いがあるだろう。
「そういうときに俺ががっちりと彼女をガードすればいいわけか」
和平は決意を込めて言うと、通子は頷き
「はい、あまり大っぴらにはせず、麻雀部のみんなには徐々に浸透させる方向でお願いします」
(そうだよな、気を使わせるからな……、先生には後で言っておくか)
「だが通子、言いたいことは分かるけどこのやり方はちょっと強引過ぎないか?」
和平が口調厳しく指摘すると、通子は目を伏せて
「確かに先輩の言う通りです。もっと別の方法があったのでは、と今さらながらに思います」
「俺は話聞いたからいいけど、他のみんなに不審に思われたら損をするのは通子だぞ」
「はい、先輩ごめんなさい」
いつも何かを言うときは見上げる視線を向ける通子だが、今は落としたままである。
しかし、ここは彼女の行動に注意すべきなのでいつも通りではないのは仕方がない。だが、そろそろ通常に戻さないといけない。
和平は通子の肩を軽く叩き
「また何かあったら言ってくれ、ただし周りが困らない方法でな」
と、扉に手を掛ける。
「はい!」
いつもより可愛さを増した笑みで見上げる通子。
(うーむ、可愛い……。通子はやはりこうでなくちゃ)
部室に入ると部員全員が一斉にこっちを向いた。
しかもみんな椅子に座っていて、ミーティングをしている最中あることが分かる。
「遅かったじゃない、わへい君。二人とも入部することが決まったわよ」
「あ、いやごめん……、話が長引いた」
一香に謝ったあとで、和平は新たに仲間になった三奈と彩にもあやまる。
「謝ることは無いですよ、わへい先輩」
三菜は一香に和平のあだ名を刷り込まれたようだ。
「大丈夫ですよー、部長さん」
彩は一香の影響は受けなかったらしい。
「特に何も無くてよかったですね、先輩」
通子が和平に聞こえる程の声で囁く。
それを聞いていたのか否か絶妙なタイミングで正二が叫んだ。
「ずるいや!部長も通子も!」
「ええっ!?」
「えーっ!」
まさか二人で部室を出たことにあらぬ誤解(そう思われても仕方の無いことだが)を抱いたのだろうか。
そう思い身構える和平だったが、次なる正二の言葉は予想外だった。
「五月の連休中に合宿があること先に知ってて黙っていたなんて!」
「そうだぞ、森君。どこに行くの?」
「通子ちゃん、私に言わないなんて水臭いよ……」
杏子も純も言うのだから、合宿の話はウソではないのだろう。
(えっ、俺は知らなかったけど通子は知っていたってこと!?)
和平は通子を見るが、通子は声を出さずに「知らない」と口を動かし続けるだけだった。




