第十九話 ドジっ子ではないと思う
通子が自分のIDカードと百円玉を二枚ゲーム機に入れる。
「プレイ開始までは私が操作するので、先輩は見ているだけで結構です」
和平の背中越しに腕をのばし画面に触れる通子に
「お、おう、分かった」
と、従順になる和平。
プレイヤーが座る席は二人分は無いが一人で座っても充分余る。
その余った和平の左に通子に促されたのか純が座る。
(カッコいいところは見せないとなぁ)
気合いを入れながら眺めるゲーム画面には通子のこれまでの成績が
「トップ率が二十五パーセントってすごいんでしょ? 通子ちゃん」
「ギリギリね」
四人を相手にする麻雀は、四回打って一回勝てば強い方とされる。
その論理で行くと二十五パーセントの通子は当落線上だ。
(俺が勝率落とす訳にはいかないな……)
「最低でも二着。できれば原点(二万五千点)より上でお願いします」
和平の心の内を見透かしたように通子が和平の肩を叩いた。
「はい、これで対戦者待ちですよ」
「PleaseWait」という文字が画面のあちこちに点滅する。
やがてそれが「闘牌開始」の赤文字となり、対戦する三人の名前と麻雀牌に溢れた卓が画面に現れる。
「えっと……、逆時計周りで右から『星倫』さん(下家)、『のろまベルト』さん(対面)、『茶チル』さん(上家)ですか」
純が対戦者の名前を告げる。
和平は名前の隣に書かれた文字を見て声が上ずる。
「つ……、通子さん? 三人とも『階級』というのかな? それが『史上最恐クラス』だけど……?」
「そ、そうですねぇ……」
通子は彼らの階級を一目見て視線を逸らしたが
「先輩だから大丈夫ですよっ!」
と、根拠の無い自信で満面の笑みになる。
「いや、通子さん?そういう根拠の無い自信って、戦争じゃ一番ダメな……」
「戦争じゃなくて麻雀ですよ、森先輩。森先輩なら絶対大丈夫です」
「うん……麻雀だね」
純にもそう言われたらやるしかない。
和平が腹を決める間に配牌はすんでいた。
東一局・ドラ「東」親「星倫」
(うん……、高レベルの三人相手にしてはいい手牌だな)
34678(4)赤(5)(6)(8)(8)五六南
「2・5」か「四・七」をツモって「南」を切ればテンパイである。
しかし最初の手牌はよくてもなかなかテンパイにはいけない。
七順目に入って上家が「2」を河に置いた瞬間、和平の画面に「チー」と書かれた大きな青丸が表示される。
「何が『チー』だよ、こんないい手牌で『チー』なんてするわけないよな、通子」
「そうです、青丸の下に小さく『パス』と書かれた白丸を押せば鳴かずに済みますよ」
「白丸ね……」
と、和平は小さな白丸を押した。
……はずだった。
「チー!」
高らかなコンピュータの声とともに、「234」が画面右端へと移動する。
「せ、先輩っ! なんで鳴くんですかっ!?」
「鳴くつもりなんてないよっ! 間違って青い方を押しちゃったんだよ」
動揺しながらも「南」捨てる和平。
「ま、まあ……、よくあることですよね。森先輩」
通子の悲鳴、慌てる和平。穏やかにまとめようとする純。
そんな感情と声の三重奏の後で和平の次のツモは「四」。「ツモ」と書かれた赤丸が表示される。
「先輩、間違っても赤の下にある『パス』の白丸は押さないで下さいよ」
「分かった、注意するから」
赤丸の上端を恐る恐る押す和平。
「ツモ!」
とコンピュータの声とともに、和平の牌が倒れる。
ツモ四→ 678(4)赤(5)(6)(8)(8)五六 チー234 ツモ四
「あ、あぶねー。タンヤオ赤ドラ1で500・1000」
「鳴かずにリーチして和了れたら最低でも満貫でしたね」
「それはしょうがないよ」
東二局・ドラ(1)・親「のろまベルト」
(おっ、安くても和了れたからまた配牌がいい……)
34赤567(5)(6)(7)二三四七九
今度は「七」か「九」のどれかを雀頭にしてもう片方を切れば「2・5・8」の三面張テンパイになる。
先ほどの局と違い、早くも自分で欲しい牌を――四順目で「七」――をツモる。
すると『リーチ』と書かれた緑の丸が画面に表示される。
「これはもうリーチですよね、先輩。『パス』は押しちゃダメですよ」
「当然だろ」
緑の丸中心近くを和平は押す。
「どれを切る!?」
の文字が画面中央に表示され、同時に手牌の「九」に上向き矢印と「テンパイ」の文字が。
「これを切れば、リーチが成立するってことか」
「ええ、そうです先輩」
「今度こそ、メンタンピンリーチですね、森先輩」
後輩二人に後押しに和平は頷いて
「待たせたな、通子、純」
と、「九」を切った。
……はずだった。
「リーチ!」
と言う、コンピュータの声は聞こえるものの、和平が選んだ牌は横向きに河に置かれていない。
いや、そもそも河に置かれているのは「九」ではなく……。
「なぜ、『七』が捨てられているんですかー!?」
「わーっ! 間違って隣の牌切っちゃったー!」
そう、和平の指は誤って「九」の隣の「七」に触れてしまったのだ。
「ま……、まあ……ゲームではよくありますよ……森先輩」
穏やかにしようとする純だが、先ほどよりも心なしか声が震えていた。




