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第6章:予期せぬ出来事

引き続きヴィオナ視点。



***



その夜――薄暗い宿の一室。


私はベッドに寝転びながら、ぼんやりと宙に浮かぶウィンドウを見つめていた。

表示されているのは、フレンドリスト。


そこに――シグの名前がある。


「ねえ、ルーシー……あのゴブリンスレイヤーの名前、知ってる?」

「シグっていうの」


わざとらしく、沈黙を破るように切り出す。


ルーシーはすぐにこちらを振り向いた。

「え? 名前わかったの? どこで知ったの?」


興味津々、といった様子だ。


思わず、口元が緩む。


「今日のお昼、一緒にご飯食べたの」


なるべく平然を装ったつもりだけど――

たぶん、隠せていない。


「えっ、本当!?」


ルーシーは目を丸くして、信じられないものを見るように私を見つめた。


「うん。私も、まさか今日あんなふうに知り合えるなんて思ってなかった」と、天井を見上げながら答える。


ルーシーの唇に、ゆっくりと悪戯っぽい笑みが浮かんだ。

「よかったじゃない。ついに好きな人と知り合えたんでしょ?」


「ち、違うよ!」

私は慌てて体を起こす。

「そんなんじゃなくて……ただ、その……気になってただけで……」


顔が熱くなるのが自分でも分かった。


「ほんとに?」

ルーシーは片眉を上げ、疑いの視線を向けてくる。


「ほんとだってば!それだけだから!」


必死に言い返した、そのとき――


チリン、と軽い音とともに、目の前に通知ウィンドウが現れた。


「メッセージ……?」

思わず呟きながら、反射的にアイコンに触れる。


「誰から?」とルーシー。


送信者の名前を見た瞬間、目が大きく見開かれた。


「……えっ」

「シグから……メッセージ……!」


思わず声が弾む。


思わず跳ねるように喜んでしまった自分に気づき、振り返る。

そこには――今にも飛びかかってきそうな鋭い目でこちらを見ているルーシーがいた。


私はぴたりと動きを止める。

……やばい。

「ほらね」

ルーシーは腕を組み、にやりと笑った。

「彼からメッセージ来ただけで、そんな顔してるじゃない」


「えっ、それは……」

言葉に詰まる。


さっきまであれだけ否定してたのに――

完全にバレてる。


顔が一気に熱くなる。

何か言い訳を……と思考を巡らせるけど――


「他の人のとき、そんな反応しないでしょ?」

容赦なく追い打ち。


「それは……」


言い返す前に、ルーシーが一歩踏み込んだ。


「好きなんでしょ?」


にやっとした勝ち誇った笑み。


「~~っ……!」

私は両手で顔を覆った。

「もう、ルーシー……からかわないでよ……!」


「はいはい」

満足そうに笑いながら、ルーシーは自分の部屋へと戻っていく。


一人残されて――

私はしばらく、その場で顔の熱が引くのを待つしかなかった。


深呼吸を一つして、私はもう一度ウィンドウに向き直る。

そして、彼のメッセージに返信を打ち始めた。


[メッセージ:シグ]


ヴィオナ:

やあ…


手が止まる。

そのまま、じっと画面を見つめた。


――すぐに、入力中の表示が点滅する。

彼が、打ってる。


心臓が一気にうるさくなる。


シグ:

何してる?


ヴィオナ:

もう寝るところ。


シグ:

そっか。


……え。


会話、終わったんだけど。


頭の中が一瞬で真っ白になる。

慌てて、次の言葉を打ち込む。


ヴィオナ:

シグは?


シグ:

同じく、もう寝るところ。


詰んだ。


どうしよう、何も思いつかない。


ヴィオナ:

そっか。じゃあゆっくり休んでね。おやすみなさい。


シグ:

うん、おやすみ。


[システム:チャット終了]


ウィンドウがふっと暗くなり、そのまま閉じた。


「……あああ……」

枕に顔を埋める。


「何やってるの、私……!」


声を押し殺したまま、ベッドの上でごろごろ転がった。


なんであんな返ししたの――

もっと、話せたのに。


せっかくの初チャットなのに、あっさり終わっちゃった。

……ほんとは、もっと話したかったのに。


***


宿の窓越しに、朝の光が差し込んでくる。


今日は予定が詰まっている。

パーティーで、ダンジョン33階に潜る日だ。


装備を一通り確認し、準備を整えると――

私たちはそのままダンジョンへと向かった。


けれど、一つだけ気になることがあった。


2階エリアを通り過ぎたとき、

シグの姿が見えなかった。


いつもなら、あの場所で戦っているはずなのに――

今日は、どこにもいない。


……まあ、たまたま今日は潜っていないだけかもしれない。


そう自分に言い聞かせて、

それ以上は考えないことにする。


私はパーティーとともに、目的の階層へと進んだ。


***


ダンジョン33階。


この階は、空気そのものが重い。

棲みついているのは――ミノタウロス。


巨大な人型の体に、牛の頭。

凶暴で、力も桁違い。

この階層では、大剣やスレッジハンマーを振るう個体が多い。


だが今回は、一人じゃない。


私たちパーティー五人は、突如現れて道を塞いだミノタウロスと正面から対峙した。


目の前の個体は、両手に巨大な剣を握っている。

筋肉の盛り上がりが、異様な威圧感を放っていた。


その頭上に、システムウィンドウが浮かぶ。


[HP:9,200 / 9,200]


「ルーシー、いつも通りだ」


ドミニクが短く指示を飛ばす。

すでに剣は抜かれていた。


「了解!」


ルーシーが一歩前に出る。

杖を掲げ――


「マジックスキル……ライトフラッシュ」


「全員、目を閉じろ!」


ドミニクの鋭い声が飛んだ。


私たちは一斉に目を閉じた。


次の瞬間――

ルーシーの杖の先から、白い閃光が弾けた。


視界を焼くような光。

直視すれば、一瞬で目をやられるレベルだ。


やがて光が弱まり、

私たちは警戒しながらゆっくりと目を開ける。


「チッ……賢いな」

ドミニクが舌打ちする。


光の残滓の向こう――

ミノタウロスは大剣で顔を庇っていた。


閃光は、まともに効いていない。


「これは、厄介だな」


ルーシーの隣で盾を構えるトールが低く呟く。


「ヴィオナ、準備しろ」


ドミニクの視線がこちらに向く。

――コンビネーションの合図。


「うん」


剣を握る手に力を込める。


「今だ!」


号令と同時に――


私たちは弾かれたように動いた。


矢のような速度で、左右から同時にミノタウロスへ突っ込む。 私が左、ドミニクが右。 挟み撃ちだ。


ミノタウロスは即座に反応した。 鋭い視線が、二方向の動きを同時に捉える。


「ふぉおおおっ!」


ドミニクが咆哮と共に剣を振り下ろす。 それと同時に、私も斬撃を叩き込んだ。


キィィィィィン――!!


金属同士がぶつかる高い音が、フロアに響き渡る。


――止められた。


ミノタウロスは、左手の剣で私の一撃を受け止め、 同時に右手の剣でドミニクの斬撃も防いでいた。


二人分の攻撃を――同時に。


「今だ、ギル!」


ドミニクが押し合いながら叫ぶ。


「ああ、わかってる!」


後方で、ギルが弓を引き絞る。 狙いは――一点。


「アーチャースキル……シューティングスター」


ビュッッ――!!


ギルの放った矢が、赤い軌跡を引いて空を裂いた。


一直線に―― ミノタウロスの頭部へ。


私とドミニクの剣を受け止め、動きを止められている今なら――確実に当たる。


――そう思った、その瞬間。


ミノタウロスは頭をわずかに下げた。


次の瞬間、迫る光の矢を――角で弾き砕いた。


ドッッッ!!


「何だと!?」


ドミニクとギルの声が重なる。


その一瞬の隙を、ミノタウロスは逃さなかった。


両腕を荒々しく振り払う。


凄まじい衝撃が走り、私たちの剣が弾かれる。


体勢が崩れる。


まずい――


ミノタウロスはそのまま巨体を捻り、 右脚を振り抜いた。


ドゴォォォン!!


ドミニクの体が吹き飛ぶ。


1,800 ダメージ


「ガハッ!!」


血を吐きながら、彼の体は宙を舞い――


ドズゥゥン!!


石壁に叩きつけられた。


「ドミニク!」


ミノタウロスは止まらない。


振り向きざま、二本の大剣を同時に振り下ろしてくる。


「ユニークスキル――エフェメラル・ブルーム!」


発動と同時に、私の体は光に弾け――

無数の白い花びらへと変わった。


十字に走る斬撃が、花びらの群れをすり抜ける。


ドゴォン!!


床が大きく砕けた。


その隙を逃さない。


花びらを一気に収束させ、背後へ――


次の瞬間、私はミノタウロスの背中に回り込んでいた。


剣を振りかぶる。


「ソードスキル――フローズン・ムーン・スラッシュ」


一撃で仕留める――


だが。


速い。


予想を上回る反応速度。


ミノタウロスの後ろ脚が弾ける。


まるで馬の後ろ蹴りのように――

一直線に叩き込まれる。


「っ……!」


避けられない。


ドゴォォッ!!


1,500 ダメージ


「がっ……!」


衝撃が腹を貫く。


体が宙に浮き、そのまま後方へ吹き飛ばされた。


「ヴィオナ!」


ルーシーの叫びが響く。


地面を数メートル引きずられる。

踏ん張りながら、剣を地面に突き立てた。


ギィッ――


ようやく勢いが止まる。


唇の端の血を拭い、私はゆっくりと立ち上がった。


視線の先。

ドミニクも、ふらつきながら立ち上がろうとしている。

全身にダメージが残っているのが一目でわかった。

HPバーも大きく削れている。


それを見たルーシーが、すぐに動く。


「マジックスキル……ヒール」


掲げた杖から、柔らかな緑の光が溢れた。


光が私たちを包み込む。

HPが一気に回復していく。


――だが。


ミノタウロスは見逃さない。


回復に集中しているルーシーへ向けて、

巨大な剣を――投げた。


一直線。


「ルーシー――!」


ルーシーが固まる。

迫る大剣の影。


顔が一瞬で青ざめた。


「任せろ!」


トールが飛び出す。

ルーシーの前に滑り込み――盾を構えた。


ガァァァンッ!!


激しい衝突音。

火花が弾ける。


大剣は盾に弾かれ、そのまま遠くへ吹き飛び――

岩の地面に突き刺さった。


「ナイスだ、トール!」


ドミニクがすぐに声を飛ばす。


私は小さく息を呑んだ。

こめかみを冷や汗が伝う。


……狙いは最初からヒーラー。


あいつ、分かってやってる。


「ルーシー、俺の後ろにいろ」


振り返らず、トールが言う。


「うん……ありがとう、トール」


ルーシーはまだ息を乱していた。


守っているだけじゃ――勝てない。


突破口がいる。


私はドミニクを見る。

視線だけで合図を送る。


……伝わった。


ドミニクが小さく頷く。


私はすぐに左手を上げた。

マナを一点に集中させる。


空気が凍りつく。


ミノタウロスの頭上――

冷気が渦を巻き、白い粒子が集まり始める。


やがてそれは形を成した。


無数の氷の針。


天蓋のように、空中に展開される。


「パラライズ……スティング」


握り込む。


次の瞬間――


氷の針が、一斉に降り注いだ。


モンスターも黙ってはいない。


本能的に、頭上で、大剣を横に振り回す。

回転する刃が、まるで風車のように唸りを上げ――

迫る氷の針を次々と弾き落としていく。


防がれる――


そのはずだった。


だが――


一本。


すり抜けた氷の針が、左肩に深く突き刺さる。


それで十分だった。


ビキッ――


巨体が強張る。


動きが止まる。


麻痺が、一気に全身へ広がった。


「今よ、ドミニク!」


叫ぶ。


その瞬間、ドミニクが弾かれたように駆け出した。


一直線に――無防備なミノタウロスへ。


剣が光る。


青い雷光が、刀身に絡みつく。


「ソードスキル……!」

低く唸り――


「ライトニング・ストリーム!」


瞬きの間に――

ドミニクの姿が掻き消えた。


次の瞬間、空気を切り裂く稲妻となって駆け抜ける。


ズバァァァァン……!


閃光のような一撃が、硬直したままのミノタウロスを一直線に貫いた。


同時に、刀身から激しい雷流が噴き出す。

内側から焼き裂くように、モンスターの体を蹂躙した。


CRITICAL HIT!

5,000ダメージ。

[HP:4,200 / 9,200]


全身が焼け焦げ、黒煙が立ち上る。

それでも――


まだ、倒れない。


赤く燃えるその目――パラライズの効果は、すでに切れていた。


次の瞬間、ミノタウロスの右腕が振り下ろされる。  巨大な剣が、目の前のドミニクへ一直線に叩きつけられた。


ドズゥゥン!!


ドミニクは間一髪で後方へ跳び、なんとかそれを回避する。  大剣は地面を砕き、衝撃とともに土煙が一気に巻き上がった。


視界が、奪われる。


「……まずい」


奴の姿が、完全に見えない。


そのとき――


「全員、警戒しろ!!」


土煙の向こうから、ドミニクの鋭い声が飛ぶ。


「いつ、どこから来るかわからない!油断するな!」


次の瞬間――

視界に赤い光が瞬いた。


重い足音。


来る。


土煙を切り裂き、ミノタウロスが一直線に突っ込んでくる。


周囲の時間が、ゆっくりと流れる。


息を整える。


「ソードスキル……」


振り下ろされる大剣。


――速い。


だが、見える。


体をわずかに傾け、刃を紙一重で躱す。


すれ違いざま――

剣を振り抜いた。


「クレセントスラッシュ……」


白い三日月の軌跡が、空間を裂く。


CRITICAL HIT!

4,500ダメージ。


次の瞬間。


私たちは互いに背を向けて、静止していた。


しばしの静寂――


そして。


ミノタウロスの体が弾けた。

砕け散り、光の粒子となって空中へ消えていく。


同時に、私の視界の端に通知が浮かんだ。


+920 EXP


……だが。


何かがおかしい。


静かすぎる。


勝利のはずなのに、誰も何も言わない。


嫌な予感が、背筋を走った。


やがて土煙が晴れていく。


そして――


現れた光景に、息を呑んだ。


囲まれている。


私たちはすでに、完全に包囲されていた。


あらゆる方向。

何十体ものミノタウロスが、無言でこちらを見据えている。


周囲の空気が、凍りついた。


「……嘘だろ」


ギルが低く呟く。

顔には明らかな苛立ちと焦り。


「やっと一息つけると思ったのに……次が来やがったかよ」


ドミニクは無言で剣を握り直した。

その目が鋭く細められる。


「文句を言ってる場合じゃない」


短く言い放つ。


「全員――構えろ!」


一斉に距離を詰める。

陣形を組む。


言葉はいらない。


それぞれが構え直し、迫る次の波を迎え撃つ。


ドミニクが先頭に出た。


剣が空を裂く。

突っ込んできたミノタウロスの一角を叩き崩す。


金属音と咆哮が、狭い通路に反響した。


考える暇なんてない。


一撃。

二撃。

三撃。


すべて、反射だ。


後方でギルが叫ぶ。

トールは突破しようとする一体を押し留めていた。


「陣形を崩すな!」


ドミニクの怒号が飛ぶ。


だが――数が多すぎる。


一体が右を抜けた。


ルーシーへ一直線。


体が動く。


だが――


トールの方が速かった。


盾が割り込む。


ドンッ!!


衝撃。


トールの体が数歩、後ろへ押し戻される。


「トール!」

ルーシーの叫びが響いた。


歯を食いしばる。


呼吸が乱れる。

それでも、無理やり足を踏み出し続けた。


汗が顎から滴り落ちる。


まだ、持ちこたえている――


だが。


このままじゃ、危険すぎる。


「ドミニク!」

斬撃の合間に叫ぶ。


「これ以上は無理!このままじゃ全滅する!」


返事はない。


閃く剣。

もう一体、ミノタウロスを斬り伏せる。


そのあとで、ようやく――


ドミニクが後方へ跳んだ。


こちらに合流する。


鋭い視線が、戦場をなぞる。


乱れた呼吸。

崩れかけた陣形。

減らない敵。


そして――


「……退くぞ」


短く、断言した。


ギルが舌打ちする。


だが、反論はない。


「チッ……やっとかよ」


「防御陣形!散開するな!」


ドミニクの号令が飛ぶ。


互いを庇いながら、ゆっくりと後退する。


一歩が、やけに重い。


ミノタウロスはなおも追ってくる。

だが――次第に距離が開いていった。


やがて咆哮が遠ざかる。


残ったのは、荒い呼吸だけだった。


誰も、何も言わない。


ただ歩く。


無言のまま、階層を上がり続ける。


通路を抜けるたびに――

さっきまでの圧が、少しずつ薄れていった。


そして。


十一階に辿り着いたとき――


息はまだ荒い。


それでも。


さっきまでいた“地獄”に比べれば――


ここは、まだマシだった。


「さっきの……かなり危なかったわね」


隣を歩くルーシーが息を吐く。

まだ安堵が混じった声だった。


「トールが止めてくれなかったら、私……やられてた」


「……ああ」


トールが低く応じる。


「連携が取れてた。完全に群れで狩る動きだったな」


前方では、ドミニクが小さく息をついた。


「このままじゃ、三十四階は無理だな」


短く言い切る。


「装備も物資も……一度見直す必要がある」


そのとき――


ふと、視線が横に逸れた。


暗い通路の奥。


そこにあるのは――デスゾーン。


本来、立ち入り禁止のエリア。


古びた鉄の扉が、半開きになっている。


おかしい。


胸騒ぎが走る。


――中が、見えた。


冷たい石床。


そして。


倒れている人影。


……見覚えのある青年。


「待って!」


思わず声が出た。

足が止まる。


「中に……倒れてるプレイヤーがいる!」


制止の声も無視して、私はそのまま駆け出した。


「おい、待てヴィオナ!」


ドミニクの声が飛ぶ。


だが止まらない。


デスゾーンの中へ踏み込む。


背後から、仲間たちも慌ててついてきた。


倒れている男に駆け寄る。


体を仰向けにした、その瞬間――


息が止まった。


「……え?」


信じられない。


そこにいたのは――


シグだった。


私たちが“ゴブリンスレイヤー”と呼んでいた、あのプレイヤー。


「なんであいつが、こんなとこに……」


後ろでドミニクが呟く。


「二階でゴブリン狩ってたルーキーだろ?」


ギルが鼻で笑った。


「さあな……レベル上げの近道でも探して、無茶したんだろ」

皮肉っぽく吐き捨てる。


その言葉に、胸がカッと熱くなる。


「そんなはずない!」


思わず言い返していた。


「彼が一人でこんな奥まで来るなんて……無茶すぎるわ!」


すぐに膝をつき、彼の様子を確かめる。


「誰かに誘われたか……それか――」


一瞬、言葉が詰まる。


「嵌められたのかもしれない」


指先で首元に触れる。


……脈がある。


ゆっくりだけど、確かに。


「よかった……生きてる」


小さく息を吐く。


胸の奥の重さが、少しだけ軽くなった。


「早くここから出さないと!」


「……ああ、その通りだ」

ドミニクが頷く。


「ここは安全じゃない」


視線がトールへ向く。


「トール、運べるか」


短い指示。


***


私たちは急いで街へ戻った。


そのまま、私の宿へ。


部屋に運び込まれたシグは――


ベッドの上で、静かに横たわっている。


……まだ、目を覚まさない。


「ルーシー」


思わず声が強くなる。


「そのスキルで、どうにかならないの?」


焦りが滲んでいた。


ルーシーは小さく首を振る。


「無理よ……」


ベッドの傍で、彼女はシグを見下ろした。


「傷はないし、HPも満タン」


「回復スキルは、“減ったもの”しか戻せないの」


悔しそうに唇を噛む。


「システム上は……完全に正常」


「なのに、どうして目を覚まさないのか……わからない」


その言葉に、胸がざわつく。


「じゃあ……どうすればいいの?」


私はルーシーを見つめた。


ルーシーは目を細め、シグの顔をじっと見つめた。


「インジケーターは問題なさそうだけど……」


小さく呟く。


「でも、なんかおかしいの」


少し言葉を選ぶように、間が空く。


「……この感じ」


考え込むように視線を落とす。


けれど、すぐに首を振った。


「ううん、やっぱり気のせいかも」


軽く笑ってごまかす。


「たぶん……強いショックを受けて、意識が落ちてるだけよ」


その言葉に、胸がざわつく。


「ショックって……」


自然と、あの光景が頭に浮かぶ。


「デスゾーンで……仲間がやられるのを、見たから……?」


自分でも嫌になるくらい、声が小さくなる。


ルーシーは少しだけ間を置いて、頷いた。


「可能性は高いわね」


私は唇を噛む。


「じゃあ……どうすればいいの?」


思わず、身を乗り出していた。


「もし原因がショックだけなら……」

ルーシーは落ち着いた声で言った。


「ちょっとだけ、心当たりがあるかも」


「どうやって?」


ルーシーはゆっくり振り返り、まっすぐ私を見る。


「こういうのってね――」


少し間を置いて、口元を緩めた。


「キスが一番早いのよ」


「……キ、キス?」


思考が止まる。


部屋が、しんと静まり返った。


「ルーシー……からかってるの?」


顔が熱い。


でも、ルーシーは笑わなかった。


腕を組んだまま、真顔のまま。


「冗談じゃないわ、ヴィオナ」


きっぱりと言い切る。


「意識が落ちてるだけなら、刺激で戻ることもあるの」


「応急処置みたいなものよ」


さらっと続けるその口調に、余計に現実味が増す。


「で、でも……」


言葉が続かない。


指先が落ち着かず、絡まる。


ルーシーは小さく肩をすくめた。


「無理ならいいけど」


そして、一歩前に出る。


「じゃあ、私がやろうか?」


その瞬間――


「だめ!!」


反射だった。


両手を広げて、ルーシーの前に立ちはだかる。


頭の中がぐちゃぐちゃになる。

もう、まともに考えられない。


ルーシーの言ったことが、本当に正しいのかなんて――私には分からない。


でも。


もしそれでシグが戻ってくるなら……


やるしかない。


そう思った瞬間、自分でも分かるくらい、覚悟が決まっていた。


その様子を見て、ルーシーがくすっと笑う。


「じゃあ、私は空気読んで出ていくわね」


わざとらしく肩をすくめる。


「見られてたら、さすがにやりにくいでしょ?」


軽くからかうような声。


「ルーシー……!」


止める間もなく、ルーシーはそのままドアへ向かった。


「終わったら呼んで」


ひらひらと手を振って――


パタン、とドアが閉まる。


部屋に残されたのは、私とシグだけ。


……静かすぎる。


さっきまでのやり取りが嘘みたいに、音が消えた。


心の準備なんて、全然できてないのに。


ルーシーは、全部押しつけて行っちゃった。


恐る恐る、一歩ずつベッドに近づく。


気づけば、足が止まっていた。


私はそのまま――シグの顔を見つめる。


静かに眠っている。


規則正しい呼吸。

何も知らないような、穏やかな寝顔。


それを見た瞬間――


頭が真っ白になる。


(無理……こんなの……)


キスなんて。


しかも、こんな形でなんて――


胸がどくん、と大きく鳴った。


呼吸が乱れる。

頬が、熱い。


両手で顔を押さえる。


「落ち着いて……ヴィオナ……」


小さく呟く。


「これは、その……治療みたいなものだから……」


自分に言い聞かせる。


……でも。


それでも分かってる。


これは――


私の、初めてのキス。


ごくり、と唾を飲み込む。


意を決して、ゆっくりと身をかがめた。


シグの顔に、近づいていく。


――止まる。


すぐ目の前。


あと、ほんの少し。


心臓がうるさい。


壊れそうなくらい、鳴ってる。


目を細めて――


迷いを振り払うように、さらに近づく。


距離が、消えていく。


息を止めた。


――あと、数センチ。



***


次回、第7章 「クエスト」


新しい章の更新は毎週土曜日です。

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