第73話 帝都への道、監視と策謀
国境を越えても、馬車の中は重い沈黙に支配されていた。先ほどの銀髪の男――クラウスが放った異様な威圧感が、まだ全員にのしかかっている。
「……ナオキ」
重い空気を破ったセーラの声は、冷静さを装いつつも震えていた。
「あの男……一体、何者なの? ただの役人じゃないわ」
ヒルダ、バルク、そして御者台から戻ったライアンも、固い表情で俺の言葉を待つ。俺は鑑定結果を仲間たちに共有した。
「クラウス・フォン・エルシュタイン。ガルダ帝国諜報院 遺物監査局 次席監察官だ」
「諜報院……!?」
ライアンが鋭く反応する。
「スキルは『真偽判定』『魔力探知』、そして……『遺物探知』だ」
「遺物探知……?」
「鑑定によれば、古代文明の遺物…ロストテクノロジーや規格外の力を持つ存在を探すスキルらしい。奴は、俺たちの力がこの世界の体系に属さないと気づいてる」
馬車の中の空気が凍りついた。
「……あたしたちが『異質』だって、バレてるってことかい!?」
ヒルダが青ざめて叫ぶ。
「バレてる、というより奴は俺たちのような存在を専門に『狩る』側の人間だ。国境での尋問は入国審査じゃない。俺たちが狩るに値する獲物かを見定めるための、鑑定に近いな」
「……最悪だわ」
セーラがこめかみを押さえて呻く。
「奴は俺たちを帝国という檻に招き入れた。泳がせて、俺たちの持つ『未知の技術』や力の正体を丸裸にし、利用価値をしゃぶり尽くすつもりだろう」
「……逃げるか?」
バルクが短く呟いた。
「もう遅い」
即答したのはライアンだった。
「諜報院に目をつけられたら、帝国内では逃げられません。今逃げれば『敵』と見なされ、全力で排除されます」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」
「落ち着け、ヒルダ」
俺は焦る彼女を制す。
「ライアンの言う通りだ。もう引き返せない。なら、進むしかない。奴の掌の上だとしてもな」
「正気か、ナオキ!?」
「ああ。むしろ好都合だ」
俺が不敵に笑うと、仲間たちが信じられないという顔を向けた。
「奴は俺たちに強い関心を持っている。それは、俺たちが差し出す『商品』に食いつく可能性が高いということだ。奴らを俺たちの『客』にしてしまえばいい」
「危険すぎるわ! 相手は私たちを解剖したがってるのよ!?」
「だからこそ、だ。奴らが喉から手が出るほど欲しがる『餌』をちらつかせ、こちらの土俵に引きずり込む。危険な綱渡りだが、帝国の内情を探るにはこれ以上ない機会だ」
俺の言葉に、仲間たちは息を呑む。絶望的な状況下で、俺の瞳には獰猛な光が宿っていた。
「……まずは敵を知ることからだ。ライアン」
俺が視線を向けると、ライアンはこわばった表情で力強く頷いた。
「はい。ゲルト氏から預かった情報網を使い、クラウスと『諜報院』について徹底的に洗い出します」
* * *
次の街へ向かう馬車の中、ライアンはゲルトから渡された資料の解読に没頭していた。それは帝国内に張り巡らされた、金獅子商会の生きた情報網だった。
数時間後、ライアンが低い声で呟く。
「……見えてきました」
「どうだ?」
「まず、『諜報院 遺物監査局』。表向きはスパイや反乱分子の摘発が任務ですが、実態はクラウスが主導する非公式な『遺物収集機関』です」
「やはりか」
「はい。彼らは公式記録に残らない形で、各地の遺跡や特異な能力を持つ人物に接触しています。そして…接触後、対象となった技術者や能力者が『行方不明』になるケースが多発している」
ライアンの言葉にぞっとする。
「五年前、帝都近郊の高名な錬金術師一家が失踪した事件。三年前、東部鉱山都市で発見された『自律稼働ゴーレム』の暴走事故。公式記録では事故処理中にゴーレムは破壊されたことになっていますが…その処理を指揮したのが、当時まだ若手だったクラウスです」
「……ゴーレムは、奴らが回収したと見るべきか」
「その可能性が高い。彼は目的のためなら非合法な手段も厭わない。証拠を残さず、全てを『事故』や『失踪』として処理する、悪魔的な手腕です」
セーラが息を飲む。
「もし私たちの力が利用価値ありと判断されれば……私たちも『行方不明』に?」
「ええ。奴は獲物を見つけたら、まず全てを観察し、分析し、しゃぶり尽くす。そして価値がなくなれば、あるいは危険だと判断すれば、跡形もなく消し去る。そういう男です」
ライアンは一度言葉を切り、俺を真っ直ぐに見据えた。
「ナオキさん。我々は、とんでもない化け物の狩り場に、自ら足を踏み入れてしまったようです」
* * *
最初の都市シルドに着き、俺たちは計画通り『奇跡の品々を扱う謎の商人一座』としての活動を始めた。広場に面した宿の一室を借り切る。
「いいか、派手にやるぞ。ヒルダ、セーラ」
「任せな!」
「ええ、存分に魅せてあげるわ」
合図と共に、二人はマリエクで仕入れたドレスと宝飾品に身を包み、バルコニーに姿を現した。陽光を浴びて七色に輝く滑らかなドレスに、精巧なガラスの装飾品。この世界の美的感覚を遥かに超えたそれに、バルコニーの下にはあっという間に人だかりができ、どよめきが起こる。
「な、なんだあの美女たちは……!?」
「天女か……?」
噂は熱病のように町中に広まった。俺は頃合いを見計らい、アイテムボックスから陶磁器のセットや極彩色のガラスペン、甘い香りの練り香水などをテーブルに並べる。
「さあさあ、ご覧ください! 我々は、遠い東の国より参りました、奇跡の品々を扱う商人一座です!」
セーラが、よく通る声で口上を述べる。すぐに裕福そうな商人や貴族の使いがひっきりなしに部屋を訪れ始めたが、俺はにこやかに首を振るだけだ。
「申し訳ないが、これらはまだ売り物ではない。我々は、これにふさわしい、真の価値を理解してくださる方を探しているのです」
売らない態度は、逆に彼らの購買意欲を煽った。だが、本当の狙いはそこにはない。熱狂の渦の中、俺は冷静に周囲を観察する。
'いるな'
商人や貴族に紛れ、何人もの異質な空気を放つ者たちがいた。商品には目もくれず、俺たちの動きや客の反応を鋭い目で観察している。服装は様々だが、その統率された動きと感情のない瞳は隠せていない。
'クラウスの手の者か。思ったより早いお出ましだ'
俺は内心で舌打ちしつつ、表情には出さない。
'これは『選別』か。俺たちの周りの人間を洗い出し、影響力を探っている。当然、俺たち自身のことも……'
敵の存在を確信した、その時だった。
* * *
夕方、熱狂が落ち着いた頃、部屋がノックされた。
バルクが扉を開けると、仕立ての良い服を着た、人の良さそうな中年男が立っていた。
「これは突然の訪問、失礼いたします。私は、この地の領主であるバルトリ伯爵家にお仕えする者でして」
男は恭しく一礼し、にこやかに微笑む。
「ほう、領主様が、俺たちに何かご用で?」
「はい。我が主が、貴殿方がお持ちだという『光を蓄える宝石』に、大変な興味を持たれまして。ぜひとも拝見し、叶うことなら破格の条件でお譲りいただきたい、と」
男の言葉に、俺の背筋を冷たいものが走った。隣に立つライアンの息を飲む気配が伝わる。
'『光を蓄える宝石』……だと?'
それは、俺たちが敵の出方を探るためにでっち上げた、存在しない品物の偽情報だった。
「……光栄な申し出だ。して、その破格の条件とやらを、聞かせてもらっても?」
俺は動揺を悟られぬよう、最大限に平静を装って問い返す。男は満足そうに頷くと、信じられない額の金貨と、帝都での貴族社会への紹介状を約束した。あまりにも甘すぎる誘い。
'なぜ俺たちの嘘を知っている? いや、違う。こいつは、俺たちの嘘を知った上で、さらにその嘘に乗っかってきているんだ……!'
俺たちが仕掛けたつもりの罠さえも利用し、新たな罠が仕掛けられていた。誘いに乗れば、危険な本拠地へと引きずり込まれる。だが、断れば、間違いなく怪しまれる。
男が、値踏みするような目で俺を見る。
「して、ナオキ殿。お返事はいかがなさいますかな?」
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