第33話 疫病の町
「どこへ行こうと、あたしはあんたの『戦友』だ。……それで、文句ないだろう?」
悪戯っぽく、それでいて力強い眼差し。俺は思わず、ふっと息を漏らした。
乾ききっていたはずの心が、じわりと温かくなるのを感じる。
「ああ、文句はない。……光栄だよ、戦友殿」
俺がそう答えると、セーラは満足げににやりと笑い、前を向いて再び歩き出した。
その背中は、もう孤独な傭兵のものではなかった。
* * *
数日後、俺たちはついに目的地のフェルムに到着した。
相変わらずグルフとは比べ物にならないほど大きな、石壁に囲まれた都市。だが、城門をくぐった俺たちを迎えたのは、以前来た時と想像していた活気とは程遠い、重苦しい沈黙だった。
「……なんだ。やけに静かじゃないか」
セーラが訝しげに周囲を見回す。
本来なら商人や旅人でごった返しているはずの大通りは閑散としており、道行く人々の数もまばらだ。誰もが布で口元を覆い、互いに距離を取りながら足早に通り過ぎていく。
建物の窓は固く閉ざされ、時折、その内側から激しく咳き込む声が漏れ聞こえてくる。町の隅々には消毒のためか、薬草を燻したような独特の匂いが立ち込めていた。まるで町全体が、見えない病魔に怯えているようだ。
「どうやら、とんでもない事になってるじゃあないか」
俺たちは早速、この地を治めるクローウェル子爵の館へと向かった。荘厳な屋敷の門前には、槍を持った兵士が二人、険しい表情で立っている。
「用件はなんだ」
「グルフの町から来た者だ。ボルマン商会と騎士団の悪事について、クローウェル子爵閣下にご報告したいことがある」
俺が単刀直入に告げると、門番は忌々しげに顔を歪めた。
「今はそれどころではない! 領内は疫病で大変なことになっているんだ! 子爵閣下も対応に追われている! 帰れ、帰れ!」
「しかし、これは領の根幹に関わる緊急の……」
「問答無用! いいから失せろ! 」
門番は槍の穂先をこちらに向け、鋭く威嚇する。その目には、寝不足からくる疲労と、先の見えない状況への焦りが色濃く浮かんでいた。まともな取り次ぎなど、到底期待できる状態ではない。
'なんだか、昔の理不尽さを思い出す...。'
「……ちっ、話にならねえ」
セーラが舌打ちする。
俺は黙って門番を一瞥し、セーラの肩を叩いた。
「行くぞ、セーラ。こりゃ、正面から行っても無駄だ」
町の重苦しい雰囲気と、門番の切迫した様子。状況は、思った以上に悪いらしい。
* * *
町外れの安宿に部屋を取り、俺たちは今後の対策を練っていた。
「どうするんだい、ナオキ。あの様子じゃ、まともに会ってくれるとは思えないね」
「ああ。領主に会うには、まずこの疫病とやらを何とかする必要がありそうだ」
俺の言葉に、セーラは呆れたように眉をひそめた。
「本気で言ってるのかい? あたしたちは医者でも何でもないんだぞ。専門家に任せるべきだ」
「その専門家が匙を投げてるから、こんな状況なんだろう。俺には、俺のやり方がある」
俺はそう言うと、セーラを伴って再び町へと繰り出した。
俺は病に苦しむ人々を注意深く観察し、マリエクの鑑定スキルを起動した。
'鑑定'
目の前の、壁にもたれて苦しそうに咳き込む男に向かって意識を集中する。
〔鑑定結果:人体(衰弱状態)。未知の細菌による急性気道感染症および消化器症状を併発〕
'やはり、呪いや魔法の類じゃない。これは、明確な原因を持つ『病気』だ'
「セーラ、あの男の症状を詳しく」
「高熱と激しい咳、それに……腹も下しているようだな。数日前から、ああいう奴らが急に増え始めたって話だ」
セーラが周囲から聞き集めた情報と、俺の鑑定結果が一致する。
俺は懐から羊皮紙を取り出し、フェルムの簡易的な地図を描き始めた。
「患者が出た家を、片っ端から教えてくれ。何か法則性があるはずだ」
「分かった。……けど、そんなことで何が分かるって言うんだい」
セーラは半信半疑ながらも、持ち前の情報収集能力を発揮し、次々と患者の発生場所を特定していく。俺は、その場所に一つずつ印を付けていった。
* * *
数時間後、宿に戻った俺は、印で埋まった地図を広げて唸っていた。
「……おかしい。バラバラだ。特定の地域に偏っているわけじゃない」
患者の発生場所には、明確な地理的共通点が見いだせない。
「だと思ったよ。疫病ってのは、そういうもんだろう?」
セーラが呆れたように言う。
'いや、そんなはずはない。感染症には、必ず感染経路がある'
俺は思考を切り替える。
'場所じゃないとしたら? 患者たちの『共通の行動』はなんだ?'
「セーラ、患者たちが共通して口にしたもの、使ったもの、何か情報はないか?」
「さあな……。そこまでは……。ああ、でも、そういや奇妙な話を聞いたな」
「なんだ?」
「町の中心にある広場の井戸水が、妙に美味くなったって評判らしい。病気になる直前に、その水を汲みに来たって奴が何人かいたとか。」
「……それだ!」
俺は地図上の、町の中心にある広場を指差した。そこには、大きな井戸の印が描かれている。
俺たちはすぐに広場へと向かった。井戸の周りには、まだ病にかかっていない町民が数人、水を汲むために並んでいる。見た目は、ごく普通の井戸だ。
俺は井戸の中を覗き込み水面に向かって鑑定スキルを集中させた。
'鑑定!'
〔鑑定結果:水(多数の有害細菌、特にコレラ菌に類似した未知の菌を検出)。飲用不可。汚染源は井戸の深部にある可能性〕
「……ビンゴだ」
俺は汚染を確信し、静かに立ち上がった。
「原因はこの井戸水だ。こいつが細菌で汚染されてる」
「はあ? 水が原因? でも、美味いって評判なんだろ?」
「だから危ないんだ。おそらく、何らかの理由で水質が変わり、一時的に口当たりが良くなった。だが、その裏で細菌が繁殖している。潜伏期間を経て、一気に発症したんだ」
俺の脳裏に、現代世界の知識が浮かび上がる。コレラ、チフス……水媒介の感染症。症状も酷似している。
「解決策は単純だ。この井戸を閉鎖し、全ての水を煮沸して飲むように徹底させる。それだけで、新たな感染は劇的に減るはずだ」
「よし! それなら早速、領主に……」
セーラが息巻くが、俺は静かに首を振った。
「待て。どこの馬の骨とも分からない俺たちが『この井戸が原因だ!』と叫んだところで、誰が信じる? むしろ、混乱を招いた罪で捕まるのが関の山だ」
「じゃあ、どうするんだよ! このまま見殺しにしろってのか!」
「もちろん違う」
俺は不敵な笑みを浮かべた。
「こっちから会いに行くんじゃない。領主の方から、俺たちに会いに来させるんだ。……それも、最大限の礼をもって」
「はあ? そんなこと、どうやって……」
セーラの疑問に、俺はマリエクのウィンドウを脳内に展開しながら答える。
「簡単なことさ。この町で、領主が無視できない圧倒的な『実績』を作ってやる」
俺はニヤリと笑い、セーラに計画の第一歩を打ち明けた。
「まず、マリエクスで『抗生物質』と『点滴セット』を大量に購入する」
「こ、こうせい……? なんだい、そりゃ」
「この病の特効薬だよ。そして、こう宣言するんだ。『奇跡の治療師が、この町を救いに来た』ってな」
セーラの目が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「……あんた、正気かい?」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、
ブックマークしてもらえると励みになります!
評価や応援コメントも、とても励みになっています。




