第28話 戦場のカスタムディレクション3
俺の怒号に、傭兵たちがはっと我に返る。異形の機械への恐怖よりも、目の前の仲間の命と、俺への畏怖が彼らを動かした。
数人がかりで慎重にライアンの体を持ち上げ、近代技術の塊であるストレッチャーの上に乗せる。
「ゴードン! お前が付き添え! 何かあったらすぐに知らせろ!」
「は、はい!」
ゴードンは涙を拭い、こくこくと頷く。
静かなモーター音を立て、キャタピラがぬかるみを掴む。ストレッチャーは驚くほど揺れが少なく、滑るように進み始めた。
「……行くぞ。全員、宿に戻る!」
俺の号令一下、捕虜の騎士たちを中央に挟み、新たな装備を身につけた「グルフ復興部隊」が夜の闇を行軍する。
宿屋『木陰亭』に到着すると、主人のバルガスが血相を変えて俺たちを迎えた。
「ナオキ! 一体何があったんだ! その怪我人は……それに、その連中は……」
「話は後だ、バルガス! 静かな部屋を貸してくれ! こいつの命がかかってる!」
事情を察したバルガスは、すぐに一番奥の客室へと俺たちを案内した。
ライアンをベッドに移すが、彼の呼吸はさらに弱々しく、いつ途切れてもおかしくない。
「ナオキさん……ライアンが……!」
ゴードンの悲痛な声が響く。
'くそ、出血とショックがひどすぎる……! このままじゃ、夜明けまでもたない!'
俺は覚悟を決めた。
もう、こいつらの前で力を隠す必要もない。
「バルガス、ゴードン、セーラ。何が起きても、絶対に口外するな。」
俺は部屋の中央に立ち、マリエクのウィンドウを脳内に展開した。
'くそっ、どうすれば……! 医療知識なんて、俺にはない!'
俺はライアンの元へ駆け寄り、彼の苦しげな呼吸を見つめることしかできなかった。
最新鋭のストレッチャーは手に入れた。だが、根本的な治療ができなければ、このまま衰弱して死ぬだけだ。
ただの素人に、何ができる?
'待てよ……。そうだ、マリエクは物だけじゃない。情報も売っている!'
'それなら……医療知識そのものを、今、この場で『購入』すればいい!'
[- 現代知識経験インストールパック各種 …… 金貨1枚~]
「これだ!」
俺は藁にもすがる思いで、脳内のウィンドウに意識を集中させた。
'検索! 『救急救命士レベル 実践知識インストールパック』!'
[検索結果:救急救命士レベル 実践知識インストールパック…… 300,000円]
'金貨3枚……! だが、これでライアンが助かるなら!'
俺は躊躇なく購入を確定した。(残り金貨13枚→10枚)
次の瞬間、経験したことのない激しい感覚が俺を襲った。
「ぐっ……!」
頭を殴られたような衝撃。膨大な医学用語、人体の構造、症例、そして無数の処置手順が、データとして脳に直接流れ込んでくる。それは知識の奔流だった。
数秒後、俺が顔を上げると、世界が違って見えた。
ライアンの浅い呼吸、土気色の顔、胸の不自然な動き……。それらはもう、ただの絶望的な症状ではなかった。全てが意味のある『情報』として、俺の頭の中で再構築されていく。
'……出血性ショックに、緊張性気胸の併発か。肺が圧迫されて呼吸ができない。まずは胸腔の空気を抜いて、同時に輸血を……!'
やるべきことが、明確に見えた。
'マリエク! ポータブル生体情報モニタ、胸腔ドレナージキット、血液パック(O型Rh-)10セット、それと酸素濃縮器!'
[ポータブル生体情報モニタ:150,000円]
[胸腔ドレナージキット:45,000円]
[酸素濃縮器・ボンベセット:120,000円]
[血液パック(O型Rh-)10セット:200,000円]
[送料:5,000円]
[合計:520,000円]
'金貨5枚と銀貨2枚……! まだまだ安い! 購入だ!'(残り金貨10枚→5枚)
ドン、ガコン、と鈍い音を立て、ストレッチャーの周りに次々と白い医療機器が出現する。
ピッ、ピッ、という無機質な電子音。それはもう、俺にとって意味不明なノイズではなかった。ライアンの命が、かろうじて繋がっていることを示す、意味のあるパルスだ。
「な……な……」
バルガスは腰を抜かし、セーラは剣の柄を握りしめたまま絶句している。ゴードンはただ、目の前の奇跡を呆然と見つめていた。
俺は彼らを無視し、手早くライアンの腕に点滴の針を刺して輸血パックを繋ぐ。酸素マスクを顔にかぶせ、指先にモニターのクリップを挟んだ。
ピッ、ピッ、と一定のリズムを刻み始めた電子音。モニターに表示された波形と数値は、依然として危険水域だが、最悪の状態は脱した。
ゆっくりと、だが確実に、ライアンの土気色だった顔に血の気が戻り始める。
「……峠は、越した……」
俺が呟くと、ゴードンはその場にへなへなと座り込み、声を上げて泣き始めた。
* * *
ライアンの容態が安定したのを見届け、俺はセーラに看護を頼んだ。
「何かあったら、すぐに呼べ」
「……ああ。わかった」
セーラの返事は短かったが、その目には畏怖と安堵の色が混じっていた。
俺は休む間もなく、バルガスに案内させて宿の地下貯蔵庫へと向かう。そこには、マルコに見張られ、椅子に縛り付けられたアレクシスの姿があった。
「ナオキ……様」
俺の姿を認めると、マルコが緊張した面持ちで立ち上がる。その呼び方の変化が全てを物語っていた。
「そんなよそよそしい呼び方はやめてくれ。今まで通りナオキでいいよ。」
「わかりまし.....。わかった....。」
マルコが下がると、薄暗い貯蔵庫には俺とアレクシスの二人だけが残された。
アレクシスは騎士のプライドか、必死に俺を睨みつける。だが瞳の奥は恐怖に揺れていた。
「さて、騎士団長殿。お前の雇い主だったボルマンは、金獅子商団に捕らえられた」
俺は単刀直入に切り出した。
「お前がボルマンから受け取った賄賂は金貨にして二百枚以上。街道封鎖と町を停滞させる見返りに、グルフ近郊の貴重な粘土を横流しすることも許可した。……違うか?」
「なっ……! き、貴様、なぜそこまで……!」
アレクシスの顔から血の気が引く。
「どうして知っているか、だと? 俺は、お前が思うよりずっと多くのことを知っている」
俺は懐から、マリエクで購入したばかりのビタミン剤のアンプルと注射器を取り出した。
「これは、金獅子商団が開発した『自白薬』だ」
俺は冷たく言い放ち、アンプルから透明な液体をゆっくりと注射器に吸い上げる。
「これを打てば、お前の意志とは無関係に、脳が真実だけを話すようになる。お前の汚職も、隠している秘密も、何もかもな」
「ま、待て……! そんな非人道的な……!」
「非人道的? 街道封鎖で飢え死にした村人の前で同じことが言えるのか?」
俺はアレクシスの前にしゃがみ込み、彼の震える目を見据えた。
「お前の騎士としての誇りなど、金貨二百枚で売れる程度の安物だったんだろう? だが安心しろ。この薬を使えば、お前は最後に『真実』を語るという、騎士らしい役目を果たせる」
「や、やめろ……! 近づくな!」
俺は抵抗するアレクシスの腕を掴み、皮膚に容赦なく注射針を突き立てた。
* * *
「ああ……あああああっ!」
腕に液体が注入された瞬間、アレクシスは狂ったように叫び始めた。
「話す! 全部話す! だからそれを止めてくれ!」
彼は椅子の上で体をくねらせ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら懇願する。もはや、そこに誇り高い騎士団長の面影はなかった。
「……最初から、そう言えばいいんだ」
俺は空になった注射器を放り投げ、冷ややかに彼を見下ろした。
「言え。ボルマンとお前たちを裏で操っていたのは誰だ? カオリンを集めて、何をしようとしていた?」
「『あの方』だ……! すべては『あの方』のご計画だ!」
アレクシスは、堰を切ったように告白を始める。
「ヴァーミリオンも、俺たち第二騎士団も、ただの駒に過ぎない……! カオリンの独占は、来るべき日のための……資金集めと、ある『儀式』の準備のために……!」
「あの方とは誰だ。名前を言え」
俺が静かに、だが有無を言わさぬ口調で問う。
アレクシスは絶望に顔を歪め、震える声でその名を絞り出した。
「……ヴィクトル・フォン・アッシュベルク伯爵……。王都で指折りの権力者だ……」
'伯爵……。とんでもない大物が裏にいたわけだ'
「で、その『アッシュベルク伯爵』とやらは、カオリンで一体何を企んでいる?」
俺の問いに、アレクシスは観念したように力なく首を振った。
「……知らん。俺のような駒に、計画の全貌など……。このグルフは領地の最果てだ。奴の領地から密輸されるあの粘土が……
『大いなる計画』に必要不可欠なのだと耳にしただけだ……」
'ヴァルツ伯爵……。グルフは、そのための密輸拠点だったのか'
大いなる計画、か。あの超高品質なカオリン粘土を使って、一体何を企んでいる?
'高級陶磁器でも作るのか? いや、それだけのために騎士団まで動かし、口封じに殺しに来るとは思えん。もっとヤバい、何かだ'
何にせよ、一介の騎士団長どころか、領地をまたいだ貴族の陰謀に首を突っ込んでしまったことだけは確かだ。俺は、改めて事の重大さを自覚させられた。
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