閑話 副ギルドマスターの憂鬱
副ギルドマスターを任され、ヴァレリアのことを調査している少女”シエル・レンシュタイン”が傀儡士に関する資料に目を通していた。
サラサラとしたセミロングの青髪に、まだ少女のあどけなさが残る整った顔立ち、そしてギルド職員の戦闘服を常にきっちりと着こなし、その服には皴一つ付いてはいない。
そこには凛とした軍人のような印象がある。
「――ふぅ、今日はここまでにしておくか」
本を閉じるとあった場所に戻し、自室へと戻っていく。
自室に戻ると風呂と着替えを済ませるとすぐに就寝した。
翌日、誰よりも早く出勤し、再び傀儡士について調べ始めた。
以前、ここにある傀儡士関連の本は全て目を通していたが、改めて見直している所だ。
そして今、手に取っている本には、傀儡士が起こした関連事件が書かれている。
麻薬密輸未遂事件、バラバラ殺人事件など凶悪なものもあり、その中でもシエルの目に留まった事件があった。
――貴族邸自爆テロ事件
周辺の村々から子供が行方不明となる事件が多発。
調査初期は、奴隷商による誘拐事件の線で調査を行っていたが、誘拐されたと思われる場所の付近で毎回、怪しげな人物の目撃証言があり、同一人物による誘拐の線で調査が進められた。
それから間もなくしてバクハサレール子爵邸で爆破テロが行われた。
誘拐された数十人の子供たちの悲惨な遺体が現場にて発見された。
屋敷の異常に駆けつけた兵たちに、子供を操って攻撃し爆殺したところを目撃。
後日、ヤシキドカーン男爵邸も同様の手口により爆破され、駆け付けた兵と冒険者によって実行犯を捕縛。
しかし、連行中に口の中に隠していた毒をあおって自殺。
軽く目を通すだけでも、凶悪な事件がいくつも書かれていた。
事件簿だけでもかなりの量がある。
その中でもギルドが関与したものを前例として調査の参考にするために、有用な情報を書き写していく。
さらにページを捲り、読み進めていくとシエルの指が止まった。
見慣れたはずの文字列。
何度も読み返した事件記録がそこにはあった。
――エーリル村惨殺事件
発見者は偶然通りかかった商人の通報により発覚。
騎士団が到着後、村は静まり返り血の海が広がっていた。
抵抗したと思われる村人の遺体もあったが、ほぼ全員が殺されていた。
しかし、唯一生存者を確認。
家屋の棚の中に隠れていた当時11歳の少女である。
被害者の名はシエル・レンシュタイン。
被害者からの証言により、傀儡士による事件の可能性が高いと判断し、その線で調査が開始された。
証言は下記の通りである。
村を訪れた冒険者風の男を村長が迎え入れた。
当時、魔物の討伐依頼を出しており、それを見た冒険者だったのだろうと村人全員が思っていた。
しかし、しばらくして村長が出てくると普段温厚な村長が、顔色一つ変えずに村人を殺し始めたとのこと。
それ以上の証言は得られなかったが、状況からみて傀儡魔法の人を操作する魔法であると推定する。
現に、村長の遺体からもそれに似た魔法の痕跡が確認された。
犯人は未だ逃走中。
未解決事件としてこの件を処理、詳細は未解決事件帳に記載。
追記
生存者シエル・レンシュタインは、当時の精神的ショックにより、長期の療養とカウンセリングを受けることになる。
そして両親の遺体は、彼女が隠れている棚を隠すように倒れていた。
その後、彼女は当時Sランク冒険者だったヴァン・アッシュクロフトに引き取られ、冒険者としての素質を買われていたことと、彼女の意思により彼から指導を受けることになった。
シエルはかつての惨状を思い出し、顔を歪め、悔しそうに唇を強く噛んだ。
そして本を握る手に力が入り、ページの端を強く握った。
(この時、私は何もできなかった。目の前でパパとママが殺されて、ただ恐怖で震えてお漏らししながら、その光景を隙間から見てることしかできなかった……。もしあの時、今みたいな力があれば……)
どれだけ後悔しても変わらない。
どれだけ嘆いても変わらない。
できることは、死んだ両親の分まで明日を歩み続けることだけだった。
憎しみの炎に身を焼くことができたらどれだけ楽だったかと、今でも考えてしまうことがある。
しかし、犯人はわからない。
誰を恨めばいいのかもわからない。
だからこそ、せめてかつての自分と同じ思いをする人間が出ないように、この力で律していかなければならない。
シエルはただその思いだけで、ここまでやってきた。
執行人という立場を得て、少しでも同じ思いをする人間が少なくなっている。
そう思うだけでも、少し楽になれた。
自己満足と言われようが、シエルはそれでもよかった。
その自己満足で誰かを救えているのなら、それだけで十分だったから。
本を閉じるとシエルは、無意識に腰にある懐中時計に手を伸ばしていた。
彼女の両親が結婚祝いで買った形見であり、一五歳の誕生日に貰うはずだったプレゼントだ。
あれから一度も動かしたことのないその時計だけが、あの日から時を止めたままだった。
そしてある程度調べ終わると、本を元の場所に戻そうとした手が一瞬止まったが、すぐにそのまま本棚に戻すと、今度は本来の職務である会計の確認や依頼申請の正当性の精査などを行い、ギルドマスターのスケジュール管理なども担っていた。
書類の山の処理を行っていると、黒服の男が部屋に入ってきた。
「状況は?」
「依然、動きはありません。むしろ冒険者らしい振る舞いをしており、怪しい所は見当たりません。変わったことと言えば、近々、パーティーでダンジョンに挑むようです。今はその準備をしております」
「ご苦労様です。引き続き監視をお願いします。くれぐれもこちらから手は出さないように。これを徹底させてください」
「はっ!」
黒服の男は返事を返すと、影に解けるように気付けば姿を消していた。
「問題なし、ですか。このまま普通に過ごしてくれるのであれば、警戒ランクの引き下げも視野に入りそうかな。さて、次は傀儡魔法についても調べないと……」
やる事の多さに忙殺されそうだったが、万が一が起きて被害が出るよりはいい。
そう言い聞かせて、仕事を全て片付けると再び資料室へと向かうのだった。
その後シエルは残りの時間を傀儡士の能力についての資料に目を通していた。
その中でも特筆すべき能力は、何かを操る魔法だ。
死体でも生き物でも操ることができるなど、傀儡士の特徴について書かれている。
能力について改めて調べ直していると、シエルの目がある一点で止まる。
そこには死霊術士との違いについて書かれていた。
その内容を要約すると、似たり寄ったりの能力で傀儡士と混同されることがあると書かれている。
――傀儡士との大きな違いは、駒の使役方法である。
死霊術士はアンデッドを召喚し従わせるが、アンデッドそのものが自立して動くことが可能なため、術者は命令を下すだけなのに対し、傀儡士は死体を直接魔法で操作しなくてはならず、数が増えると動きが単調になる。
しかし、アンデッドとは違い、傀儡士の人形は破壊しても襲い掛かってくる。
これは直接人形として操作しているため、四肢を全て破壊するなどして物理的に動けなくなるまで活動可能だからだ。
その代わり、術者を倒せば全ての人形が止まる弱点を有する。
「なるほど……そうなると混同された事件もありそう。この辺を気を付けながら調べないと……」
傀儡士による事件。
死霊術士による事件。
両者を見分けられなかったせいで、真相にたどり着けなかった事件もあるかもしれない。
だとすれば――。
「もしかして、私が追っている事件も……」
シエルは思わず呟き、すぐに首を横に振った。
証拠はない。
ただの願望だ。
未だ捕まらない犯人を探したいという、自分の弱さが見せる幻想に過ぎない。
「……駄目だね」
感情で判断してはいけない。
執行人として、それだけは守らなければならない。
シエルはそう言い聞かせると、再び資料へと視線を落とした。
そして面倒なことが増えたと思いながら、読み進めるのだった。
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更新は来週の予定です。




