三話「蝿の王と風の大天使は笑みに包まれる」
皆様いかがお過ごしでしょうか。
はい、なんか最近シリアス回が多くてお休みだったコーナーです。
こんにちは。帰ってまいりました。
突然ですが、皆様は姑という存在をご存知でしょうか?
女に古いと書いて姑と読ませる、
そんなえげつない漢字でございます。
きっと今であれば、
古いという字にクレームが入って、モザイクが入るか、
女に活きるみたいな字に変わっていることでしょう。
あるいは磨かもしれません。
いつの世もコンプライアンスというのは重要でございまして、
とりわけ昨今はその傾向が強いようです。
古い女などと書こうものならば炎上は必至。
翌日の謝罪広告は避けられぬでしょう。
受験生に落ちる滑る転ぶ、この辺りのワードが禁止なように、
今や女性に古い可愛い美人も禁止なのです。
あ、君今日可愛いね!
はい、セクハラです。ご愁傷さまでした。
お、一段と美人だね!
はい、セクハラです。訴えられて、どうぞ。
とまあこんな具合です。
そんな昨今のコンプライアンスに全力で逆らう姑さん。
今回はその「古い女」の姑さんに関するお話です。
どうぞお楽しみください。
いやだってしょうがないじゃないですか……
常用漢字なんですもん。
空の上の小さな楽園「天界」
――今から十数年前――
「ママ……マーマ」
その時、生後1ヶ月のトリエル……いいえ、⬛︎⬛︎エルは初めて言葉を覚えました。
⬛︎⬛︎エル、彼女の育成は大天使ガブリエルに任せられました。
天使は十月十日の人間とは違い、誕生するまでに膨大な時間を必要としますが、
生まれてからは一般の人間同様に成長します。
彼女の成長早く、ベースが人間の少女であるためか、
通常の天使よりも早い速度ですくすくと育ちます。
ガブリエル様はママとして、そんな彼女を愛情深く育てました。
それはもう来る日も来る日も、また来る日もまたまた来る日も付きっきり。
そんな甲斐もあってか、初めて覚えてくれた言葉「ママ」は、
ガブリエルママの心を撃ち抜きます。
「わあ……! そうです!! わたくしがママですよ!!」
「マーマ!」
ガブリエルママは彼女の《《笑み》》と「ママ」という言葉にすっかり陥落してしまいました。
「エルちゃん! わたくしのエルちゃん!」
この時既に彼女にはまだ名前はなく、
神様が名前を付けるまで「エルちゃん」という仮名で呼ばれていました。
今になって思えば、神様は時の宝珠を使ったのですから、
⬛︎⬛︎エルの名付けが遅くなるのも無理はありません。
なにせ、初めて見た時にはある程度成長した少女だったのです。
それもあって⬛︎⬛︎エルという名前が浸透せず、彼女がトリエルと呼ばれ、
⬛︎⬛︎エルの人格が眠った後には、彼女の性格は一気に幼くなってしまいます。
けど、それでもガブリエルママの愛情は変わりません。
いえむしろ「トリエルにはわたくしが必要」と、その愛情が強くなったと、そう言ってもいいでしょう。
そんな彼女からトリエルを引き離せば、こうなる事は予想できたはずです……
…………
神が住まう聖なる白い宮殿。
慌ただしい靴音が、大理石の廊下に響き、
一柱の天使が炎のような赤い長髪を大きく揺らし、
血相を変えて次々と金属製の重い扉を開けていきます。
炎を司る天界序列二位の大天使ウリエル様は、
今ある天使を探されているようで……
「ガブリエル!!」
「いない!!」
…………バタン!
「ガブリエル!!」
「いない!!!」
…………
ダン!! という激しい地団駄が部屋と廊下に響き、
ウリエル様の焦りとも怒りとも取れる表情が部屋の鏡に写ります。
「……私としたことが……完全に油断した……!」
念の為に補足しておきますと、
ガブリエル様は非常に熱心なお方です。
天界の仕事は常に率先してこなし、
これまで問題を起こしたことは一度たりともありません。
現に彼女は天界序列三位の大天使であり、
ウリエル様も信頼する大天使です。
しかし、彼女には欠点が……いえ、とても大きな爆弾がありました。
それが……
「あんの……親バカ天使がぁぁぁぁぁっ!!!!!」
ウリエル様の叫びと共に、彼女の髪はボゥッと燃え上がり、
その際に発生した衝撃波は部屋と廊下を、
まるで薄いガラス板のように簡単に破壊していきます。
そしてその後瞬時にハローが輝き、
破損箇所は何事も無かったかのように修復されました。
「ウウウッ!!!」
怒りに任せたウリエル様の炎の大剣が横なぎに放たれ、
激しい金属音が部屋に鳴り響きます。
刹那、部屋は凄まじい衝撃波と爆炎が発生し、
プラスチック模型のようにグシャリと熱で変形しながら粉々に砕かれます。
しかし、またしても彼女の権能により、ハローが輝き部屋は元通りです。
「一体私と神がどれだけ苦労したと思ってるんだ!! あのバカ天使!!
神が時の宝珠を使ってまでトリエルを誕生させて……」
ウリエル様の大剣に、炎が吸い寄せられるように集まっていき、
彼女の拳に力が入ります。
「ようやく先日、その真の権能が発現した……!!
それを!!! あのバカ天使がぁぁぁ!!!!」
地割れのような激しい音を立て振り下ろされた大剣は、宮殿地下深くまで抉り、
そこからはうっすらと地上が確認できます。
すぐにそれは修復されますが、ウリエル様の激しい怒りが見て取れます。
そう、これがガブリエル様が抱える爆弾。
つまるところ……
「親バカ天使ーーーーー!!!!」
なのです。
「はあ……はあ……はあ……」
ウリエル様は天使用の部屋に備え付けられていた冷蔵庫を開けると、
神酒ネクタルを手に取り、それを一気に飲み干します。
「シラフでやっていられるか! あのバカ天使!」
もしここでガブリエル様がトリエルを見つけ、
無理やり天界へ連れ帰ったら、
ガブリエル様はもう二度と、トリエルを地上へは送らせないでしょう。
そうなればこれまでの苦労は全て水泡に帰すことになり、
最悪の場合、天界戦争が起きかねません。
今やトリエルという存在は、それほどまでに大きくなりつつありました。
「ぷはー!」
ウリエル様は瓶を荒っぽく部屋に投げ捨て、割れてもすぐに再生され、
彼女はそれを見届ける間もなく部屋を立ち去ります。
…………
「ウリエルだ!! 入るぞ!!」
ここは神の謁見の間、
一応念の為申し上げておくと、ウリエル様は天使です。
本来は神より下の存在です。
一応……きっと……おそらく……
「ひぃぃぃぃぃ!!」とこれには神様もガクブルです。
ウリエル様は怒りに任せた歩みで神様の元へ近寄ります。
その様子はまるで映画の怪獣です。
「まままままま待て待て待て待て!! 早まるな!! 話し合おう!!」
心当たりがあまりにも多すぎるのか、
神様はてっきりまた自分の何かがバレたのかと、本気で怯えているようです。
「あああごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
タバコ吸ってごめんなさい! ビール飲んでごめんなさい!
ゼウスから借りたムフフな本読んでごめんなさい!」
と神様は思いつく限りの心当たりをぶちまけていきます。
よっぽど怖いんですね…………
「違う!!!!」
「ああ麻雀もやりました!!
賭け麻雀もやりましたー!!
許してくださいー!!」
「ガブリエルだ!!!」
ここで神様、自爆に気が付き、
「あれ? 今ならワンチャン取り繕えなくね?」と威厳モードへチェンジ。
「……何!?」
「ガブリエルが勝手に下界へ降りてトリエルを迎えに行った!!」
「な、何いい!?」
これには神様も大慌て、ガブリエルの親バカぶりは神様もよく知るところです。
ウリエル様はそれだけ言うと踵を返し、
「無理やりにでもあのバカを連れ戻す!!」
そう言って謁見の間を出ようとします。
「あ……いけたわ! ラッキー!」と神様が安心した直後でした。
津波のような凄まじい衝撃波と共に、
あえて神様をかすめるように、ウリエル様の炎の大剣が振り下ろされます。
「帰ったら覚えとけよ………!! クソジジイ!!!」
全部聞こえてたみたいです。
「ひぃ!」
――――
地中の奥底魔界の深層「暗黒魔界」
瘴気が溢れ、悪魔王サタンが封印される地。
…………
耳障りな大きな羽音と共に
2m程の巨大な蝿――ベルゼブブが現れると、
黒いタキシード姿の人間態となり、サタンの前で膝まづきます。
サタンはグゥゥゥゥという唸り声をあげ、
その黒い身体からは漆黒の瘴気が吹き出します。
「何か分かったか……ベルゼブブ」
地鳴りのように低く、重い声はそれだけでベルゼブブのタキシードを揺らします。
「は……我が主の瘴気を消し去った者、それと思われる天使を突き止めました」
「何者だ……」
「トリエルなどと呼ばれている天使かと……」
その名前に覚えがないのか、サタンは重い息を吐き、
そこからも漆黒の瘴気が溢れてきます。
そうしてますます瘴気が濃くなっていきます。
「聞かぬ天使名だな……神が付けた名ではないな」
「おそらくは新参天使かと」
「どちらでもよい……ベルゼブブ」
「は……」
「我に二言は無いぞ」
サタンはそれだけ言うと、
暗にベルゼブブに「失敗は許さない」と圧をかけました。
一瞬ベルゼブブの顔が強ばりましたが、すぐに表情を作り直し、
膝まづいたままサタンに礼をして飛んでいきました。
――――
「お肉ーお肉ー、おっにっくー!」
5月のある日の昼下がり、あゆむはそんな歌を歌いながら歩くトリエルを連れて、
ピピと共に買い物を済ませた帰りの道を歩いていました。
トリエルにせがまれて今日も彼女の大好物のすき焼きにするようです。
ああ…こうして見ている「だけ」なら、
トリエルは「守りたい、この笑顔」の天使なのに……
あゆむはそんなことを考えながら歩いているときです。
ぐに……
「ん……」
なにか踏んだようです。柔らかい何かを。
あゆむは恐る恐る下を見るとハエのたかる犬のそれでした。
そしてそこには木の枝を持ったアッチが――
「Step in dog shit, loser.」とカッコつけて煽り、
《犬のフンでも“踏ん”でな 負け犬》
そこにすかさず鼻を押さえたポンポが「くっちぇーーー!!」とお尻ペンペン。
最後はあゆむの鼻にタンタが尻尾ビンタをして……ぷっ!
「お前の父ちゃん屁こき魔ー」
「屁こき魔はおのれじゃい!!!」
あゆむはそう叫び、
アンポンタンを捕まえようとしますが、ヒョイとかわされ……
スットーン!――と、ハンマーに化けたアッチにノックアウト!
アレを触った木の枝でつつかれ、
顔をペチペチされ、尻尾でビンタの屈辱コンボ。
あゆむのライフはもう0です。
「……ナスは滅ぼす。慈悲は無い」
あゆむが拳を握り、立ち上がった時です。
ゴォォォォォォォっという突風が突如として吹き荒れ、上空から……
「……エルーーーー!! トリエルーーーー!!」
「……あ、ガブリエルママー!!」
親バカが 1ぴき あらわれた!
トリエルは呑気にバカ親のガブリエルママに手を振ります。
ガブリエルママはトリエルに抱きつきますと風の剣を作り出し、あゆむに突きつけます。
その目は怒りの形相で、彼女はなにか勘違いしているようです。
「……お前ですね。わたくしの可愛い可愛いトリエルをかどわかしたのは……許しませんよ」
「え!? ちょま……!!」
あゆむは手をブンブンと振ってアピールしますが、効果はないようで……
「問答無用!! 覚悟!!」
ペチン!
「あいた」
「ガブリエルママダメー! その人は、トリエルの守護対象ー」
トリエルがガブリエル様にチョップを入れると、
彼女はようやく状況を理解したようです。
「守護対象……? では貴女は守護天使となったのですねーーー!!
えらーーーーい!! もう天才!! さすがママのトリエルです!!
えらいわー!! すごいわーーー!! 天才てんさーーーい!!」
ガブリエルママはトリエルをギューッと抱きしめて高い高いしてます。
いやー、美しいバカ親心っすねー!
「あのー……」
「なんですか? わたくしの可愛い可愛いトリエルに
守護されてるだけで光栄に思いなさい!」
「人の話聞けい!!!」
「はいはい、早とちりは謝りますよ。失礼を。これでいいですね」
「こ、この……」
どうやらガブリエルママはトリエル以外にはまるで興味がないようで、
あゆむの話は右から左です。
あゆむは拳を握り、ぐぬぬと唇を噛みしめていた……その時です。
「……トリエル、下がっていなさい」
ガブリエル様の目付きが変わり、彼女は風の剣を作り出します。
何かをあゆむも感じたのか、ピピと一緒にガブリエルの背後へと移動し、
ピピはあゆむを守るように前に立って警戒します。
「そこっ!!」
ガブリエルママが風の剣を上空へ振ると、風の刃が空を切り裂きます。
そこには――2m程の大きな蝿――ベルゼブブです。
「どうも臭いと思っていたら……卑しい蝿ですか。汚らわしい」
その蝿はタキシード姿の紳士の人間態となります。
「ガブリエル殿、保護者気取りもよいですが……貴女では勝てぬぞ……?」
ベルゼブブは手を後ろに回し、クククと笑います。
「わたくしを愚弄するか!! 蝿が!!」
ガブリエルママは、風の剣を振りかざしベルゼブブに切りかかりますが、
ベルゼブブは、片足立ちのまま悠々とそれをつま先で止め、クククと笑います。
「剣の稽古であれば不要だぞ。この通り使わぬ」
ベルゼブブは軽く気合いを入れ、ガブリエルの剣を足で払うと、
瘴気を込めた足でガブリエル様を蹴り飛ばします。
ガブリエルママは吹き飛ばされ、民家に塀に激突。
塀にヒビが入る鈍い音と衝撃が、彼女の背中を襲います。
「グッ!!」
ガブリエルママの衣はまるで剣で切られたかのように割かれ、
そこからは赤い血が流れます。
「弱い。これで序列三位か……ウリエル、
ミカエル以外はまるで雑魚ばかりだな。
もっとも、ウリエルとて相手ではないが」
………
「では、試してみるか? 卑しき蝿の王よ」
ベルゼブブの目つきが変わり、その眼前に一柱の大きな炎が立ち上ります。
「ウリエル……」
ウリエル様の長い髪は炎をまとい、
彼女が突きつけた大剣から溢れ出る炎は、アスファルトを溶かしていきます。
ベルゼブブは軽く後ろに飛ぶと足に力を込め、瘴気を纏わせます。
(激しい戦いになる……)
あゆむがそう思った時です。
突如、ウリエル様が剣を下げます。
「臆したか! ウリエル!」
「ウリエル!? 何を……」
ベルゼブブもガブリエル様もそれが理解できなかった様子で、
驚きの表情を作りますが、
あゆむにはそれが意味することを直感出来ました。
「トリエル、貴女がやるのです」
ウリエル様はそう言うと、トリエルの元へ歩み寄り、その背中を叩きます。
「ウリエル!! 貴女はトリエルを殺す気ですか!!」
ガブリエル様は立ち上がろうとしますが、力が入らず、歯を食いしばります。
「安心なさい。トリエルは負けません」
ウリエル様はトリエルの持つ真の権能を知っています。
それならば……そう期待を込め、
いえ、確信してトリエルの覚醒を促します。
しかし、あゆむがそれを止めます。
「退きなさい。貴方もトリエルの力を見たでしょう」
「確かに見た。だけどトリエルはまだ、その力をコントロール出来ないんだ!」
「それではガブリエルのやり方と変わらない。促さねば発現しない」
ウリエル様の言葉はあゆむも理解は出来ました。
しかし、それ以上にあゆむはトリエルに傷ついては欲しくなかった。
ガブリエル様でさえいとも簡単に倒された悪魔に、トリエルを戦わせたくなかったのです。
ウリエル様は目を閉じ、何かを考えます……そして……
「ふ……よい度胸だ。ならば……」
「ちょ!?」
「お前が戦いなさい」
そう言ってあゆむを思い切り蹴飛ばします。
それはウリエル様の賭けでした。
トリエルの真の力が発現したのはたった一度限り、
それはあゆむの命の危機が訪れた時のみ。
あのままトリエルをベルゼブブと戦わせても、
笑顔を願うトリエルの力はおそらく発現しない。
そう内心で手をこまねいていた時に、あゆむの行動はウリエル様にとって渡りに船でした。
「雑魚が! 死ね!」
ベルゼブブの足が空を切り、瘴気の刃があゆむに向かいます。
当たれば間違いなく命はない……その時です。
「やめてーーー!!」
トリエルの叫びが聞こえ、気付けば瘴気の刃は赤いリボンに変わっています。
そこからは小さなおばけ達が飛んでいき、ケラケラと笑っています。
「……トリエル……??」
ガブリエル様は初めて見るそれに驚愕し、ウリエル様は静かに目を閉じます。
そこにいたのは茶色茶眼、桜色のオーラを放つ天使でした。
あゆむはウリエル様に蹴られた弾みで転ぶと、倒れ込んだままトリエルを眺めます。
「発動した……?」
すぐにピピが駆けつけ、あゆむを起こします。
「大丈夫ですか?」
ピピはウリエル様を軽く睨みつけると、やや不安げな表情でトリエルを見つめます。
そのトリエルは静かにシルクハットを空へ投げるとハローが出現し、
桜色の眩い光りを放ちます。
「こけ脅しが!!」
ベルゼブブは瘴気の足で蹴りかかりますが、瘴気は水飴に変わり、
おばけ達がそれを美味しそうにむしゃむしゃと食べていきます。
「おかわりー」
その様子に、『彼女』もにこりと微笑みます。
「馬鹿な……」
「怖がらないで。わたしはただ、みんなが笑顔でいてくれればそれでいいの。
そこには貴方もちゃんといるから」
「ふざけろ!!」
ベルゼブブの蹴りは彼女の首を捉えますが、
突如現れたマシュマロがクッションとなって蹴りが届きません。
彼女はにこりと微笑むと、ベルゼブブにそっと触れます。
するとそこからおびただしい無数のおばけ達が生まれ、ベルゼブブが苦しみだします。
「グアアアアアア!!??」
「これは……」
「これがトリエルが持つ、真の権能 “笑顔” ですよ。ガブリエル」
「笑顔……」
ウリエル様はガブリエルママを起こすと権能でその傷を癒し、
ガブリエルママはそっとそれを見守ります。
「く、来るな!! 来るなーーー!!」
ベルゼブブは彼女の力に恐れをなして蝿となって飛んでいきます。
去り際――
「貴様……!! 一体何者だ!!」
「わたしは……⬛︎⬛︎エル。それがわたしの名前」
そう「彼女」は答えました。
羽音により、よく聞き取れませんでしたが、
あゆむは明らかに「トリエル」ではない名を耳にします。
「トリエルは本名じゃないのか……!?」
■■エルは飛び立つベルゼブブを寂しげな表情で見守ると、静かに目を閉じ、通常の状態に戻ります。
「ほえーーー」
トリエルはぽけーっとした表情で空を見つめます。
あゆむは、そんな彼女の様子を見て、いよいよ確信を強めます。
(やっぱり《《アイツ》》は生前のトリエルなんだ)
だから人格が二つあるんだと、あゆむはそう解釈します。
(きっとトリエルが上手く力が使えない理由もそこだ)
あの力は生前の彼女に由来する。
だから転生天使のトリエルには上手く使えない。
あゆむはそのように推理し、同時に確信します。
「一体これはどういうことか、話してくれますね……? ウリエル」
ガブリエル様は真剣な表情でウリエル様を見つめ、
あゆむ達も集まりそれに注目します。
「……もはや隠し立てはできないでしょう。わかりました」
…………
ウリエル様は全てを話しました。
トリエルが人間の少女の転生天使だということ。
神様が時の宝珠を使い、過去の世界でトリエルを誕生させたこと。
真の権能のこと。
それら全てを。
…………
「何故黙っていたのですか……」
「言えば賛成したか?」
「……いいえ」
「だろうな」
…………
ウリエル様はガブリエル様を真っ直ぐ見つめます。
「帰えるぞ」
「帰りません」
「は?」
「帰らないもん!!」
――!!??――
という空気が場を支配します。
ガブリエル様はトリエルにしがみつきます。
「ヤダヤダヤダヤダ!! ママ、トリエルから離れないもん!!!」
「聞いてました?ガブリエル……?」
「ママ邪魔しないから!! 手伝うから!!!」
ガブリエル様は子供のように泣き、トリエルにすがります。
トリエルはガブリエル様を撫でると……
「いいよー! ガブリエルママも一緒に住もー!」
「やったー!」
勝手に決めたトリエルですが、これにはママも大喜び!
こうなったらもう止められない。
あゆむとウリエル様はお互いに見つめ合い、ため息を吐くのでした。
「胃薬は必要か……?」
ウリエル様はそっと胃薬を差し出されます。
できたお方です。
「お気持ちだけで……」
あゆむは遠慮しますが、ウリエル様は胃薬をそっと持たせます。
本当にできたお方です。
「それじゃあママの歓迎祝い行くよー!!」とトリエルがシルクハットをぽーい!
ハローが「Hello」と挨拶しまーす!
はーい、いつもの権能発動でーす!
ゴゴゴゴゴゴ…………
「今日はママ歓迎特大ケーキだよー!!」
「まてまてまてまてーーーー!!」
「わーすごーい!! ママ嬉しい!!」
ズシーーーーン!!
そのケーキはあゆむの頭上に落ちてきて、あゆむは下敷きになりましたとさ。
「ママ感激ーーーー!!」
「トリエルがこうなったのは、絶対お前のせいじゃあ!」
こうして親バカ天使、ガブリエルママが、
あゆむの家に居候することに決まりました。
めでたし、めでたし?
「ふざけんなーー!! ここは、俺の家じゃああ!!」
あゆむの苦悩と部屋の侵食はまだまだ続きそうです。
――――
少し前――
「転生……天使……??」
あゆむ達は知りませんでした。
ベルゼブブとの戦いを、「桜色の微笑みの天使」を遊園地で会った女性が、
タートルネックの女性が見つめていたのを。
その全てが、聞かれていたことを。
「生まれ……変わり……生まれ変わり……」
…………




