一話「動き出すものと、遊園地の邂逅」
真の天使名編スタートです
雲の上の小さな楽園、天界。
…………
「以上が、報告となります」
「……そうか、ついに発現したか」
「はい。しかと確認致しました」
「それで、どうであったか?」
「……私の想像、その遥か上をいっておりました。
『天使の権能』の一言で片付けられるレベルではありません」
「そうであろうな……」
全知全能たる神。
その神様をして『出来ない』と言わしめるその力は、
天使の権能で片付けていいものではありません。
「これまで友愛や博愛といった権能を持った天使はおりました。
しかし、それらをもってしても、地上から悪意や争いは無くせませんでした。
しかし、あれならば……」
ウリエル様はトリエルの持つ真の権能に
強い可能性を見出したようです。
「『笑顔』ならば、その可能性はあります。
心ではなく、形なのですから。我々とはアプローチが違ったのです」
人が心から笑う際、そこにあらゆる悪意はありません。
笑っている時は、人はみな無垢なのです。
トリエルの真の権能『笑顔』は悪意を直接『笑み』変える力です。
だから反発のしようがない。
発動した時点で、あらゆる悪意は絶対的に消え去る。
ウリエル様はそう理解しました。
「お前の言う通りだ。ウリエルよ。
我らはこれまで多くの天使を地上に派遣し、その完全平和を目指した。
だが、いずれの天使でも一時的なものでしかなかった。
人の心は変化する。
愛を与えても、別の誰かが嫉妬する。
博愛で皆を愛しても、誰かが不満を言う。
最初は些細なものでも、そこから綻びが生じるのだ」
ですが、トリエルはそれを唯一成し遂げる可能性を
天界に示したのです。
悪意を根本的に、そして強制的に消しさって、
『笑顔』に変えるその力で。
「しかし、ここで一つの疑問が生まれました」
「なんだ」
「トリエルが人間の少女が転生した姿だと言うのは理解しました。
これまでも天界ではそうした例はありました。
トリエルもそうなのでしょう?」
ここで神様は「うむ」とうなずかれ、
「そうだ。それの何が疑問か」とウリエル様に問います。
「それ自体は前例もありますし、疑問はありません。
問題なのは時間です。
トリエルの中にある少女の魂、
あれはどう見ても近年亡くなった少女です。
しかし、天使の誕生には数百年という歳月が必要です……」
…………
しばらくの沈黙が場を制した後、
ウリエル様はなにかに気が付かれたようです。
「まさか!? 神よ、『時の秘宝』を使ったのですか!?」
神様はその問いに押し黙ります。それは肯定と同義でした。
「なんてことを!! あれは天界のエネルギーを大きく使う秘宝。
歴史の因果を変えられる代わりに、一度使えば数十年は使えないのですよ!?」
ウリエル様は「ありえない」といった表情で首を横に振ります。
「最後に使ったのは地上で『キューバ危機』と呼ばれる核戦争が起こりかけた……
いえ、実際には『起こった』時でした。
あれはそういう危機を、因果を変えて回避するためのものなのです!」
ウリエル様は興奮した口調で神様を責め立てますが、
神様はなおも沈黙を続けます。
「それを一介の少女の為などに……!!」
とウリエル様がここまで言った時でした。
「だがお前も見たであろう、ウリエルよ」
「それは結果論です!! たまたま発現したから良かったものの、
失敗していた可能性もあったのですよ!?
それで次に危機が訪れた時、どうする気だったのですか!?
もはやかつての時のように、大洪水を起こして文明をやり直す……
そんな手段が通用せぬ程に、地上の文明は進んでしまったのですよ!?」
神様はおもむろに席から立ち上がると一歩二歩と
ウリエル様に歩み寄られます。
「ウリエルよ。お前の言う通り、地上の文明は進みすぎた。だからこそだ」
「だからこそ……?」
「そうだ。仮に今、秘宝を使い、ある危機を回避したとしよう。
しかし、それで回避出来る危機は一つだけだ。
それで、他はどうする気だ。
今や地上ではどこかしこで戦争が起きているのだぞ」
「それは……」とここでウリエル様は返す言葉をなくします。
今自分が神に言った言葉は
全て『その場しのぎに過ぎない』と自分で認めたようなものです。
「だからワシはかけた。『笑顔』という天使の種子を持った、奇跡の少女にな。
天使の種子はその者が生前最も愛し、願った魂の想い、その色だ。
愛や繁栄、力といったありふれた願いは、これまで何度も見た。
しかし『笑顔』そのものが、魂の願いとしての天使の種子は初めてだった」
「……だからトリエルの天使の種子を、
時の秘宝で遡れるギリギリの過去まで送って、
そこで誕生させたのですね……『彼女』を」
神様は静かにうなずきます。
ウリエル様はそこで踵を返し、
最後の疑問を投げかけます。
「あの少年は何者なのです?
貴方の事、トリエルを意図的に守護天使にさせたことはわかっています。
何故彼でなければならぬのです?」
「いずれわかる」
それは肯定でした。
ウリエル様はふっと笑い、地上へと向かわれました。
――――
ここは魔界の最下層、暗黒魔界。
漆黒の瘴気が漂うある空間、七頭の魔竜が封印される場所。
…………
「来たか……ベルゼブブ」
「ここに」
「我の瘴気が何者かによって消された」
その言葉は余程意外だったのでしょう。
ベルゼブブは人間態、漆黒のタキシードを着た銀髪の紳士へと
姿を変えました。
「貴方様の瘴気を!? そんな馬鹿な……
あれは仮にウリエルとて、長くは持たぬほど強いもの……
ミカエル不在の今、対抗出来る者がいるはずが………」
「だが、事実こうして消されたのだ。
探し出せ、ベルゼブブ。
そしてその者を……」
…………
「殺せ」
「御意に」
そう言うとベルゼブブはサタンに敬礼し、
蝿の姿となって地上へと飛んでいきました。
(件の天使……それほどとは)
――――
白い壁の小さな戸建て。
…………
雑然としていながらも、ホコリ一つなく、生気のない子供部屋。
「……⬛︎み。今日はどこか行きたい場所ある?
ん? 遊園地? ……⬛︎みは遊ぶのが大好きだったもんね。
いいよ。お母さんと一緒に行こう」
そう言って彼女は、小さな木箱をまるで我が子のように、
優しく撫でながらそっと抱き、虚ろな目で前を見ます。
彼女自身は笑っている、笑顔を作っている『つもり』ですが、
もう何年も『笑み』を見せていないその顔は、母親の笑顔が作れなくなっていました。
あの時から、彼女の時は止まっています。
その景色はどこまでも灰色で、入ってくる音は曇っていて、
その心は病んでしまいました……
今彼女は、かの木箱を娘だと、そう思い込むことで、
何とか心の完全な崩壊をギリギリのところで耐えているのです。
娘の分まで、生きるために。
――――
「ねーねー暇だよー」
あゆむの部屋は今日も今日とておばけ動物園。
7畳間に12匹のおばけ達がひしめき合う中、
破壊の権化トリエルと、あゆむだけの守護霊ピピが暮らすというカオス。
その破壊の権化はというと、花見での凛々しさはどこへやら。
今は通常のピンク髪に戻り、
あれ以来、一度も茶色い髪の姿にはなっていません。
現在はテーブルへだらしなく突っ伏し、
向かい側であゆむが頬杖をついて眺めている、そんな光景です。
「結局お花見は中止になってしまいましたしね」
あゆむとトリエルが座るテーブルに、ピピはそう言ってコーヒーとコーラを置きます。
「いってもなあ……もう桜は散ったし、行くところなんてあるかー?」
「遊園地がいい!!」
「遊園地ー? 気乗りしないな」
「えー!? 絶対笑顔でいっぱいで楽しそうだよー!」
「わたくしも遊園地に行ってみたいです……」
「う……ピピまで。まあいい。息抜きになるだろう」
「やったー!!」
トリエルは大喜びですが、あゆむには一抹の不安が残ります。
何せ破壊神ですから!
――――
2時間後。
タクシーとバスを経由して着いた先は、町の郊外にある遊園地です。
休日の昼間、ゲート前は喧騒で溢れかえっております。
あゆむはチケットを三枚買うと、トリエルとピピに持たせ、
最後にゲートを潜ろうとしますが。
「お客様、チケットを」と何故か呼び止められます。
「え? いやここに……」と思った時です。
「え!? ない!?」
チケットがありません。ついさっきまであったのにと、
あゆむは大慌てです。
財布の中、ズボンのポケット、そのどこにもありません。
その時です。
「んべー!」その声に前を見ると
あゆむに化けたアンポンタンが、アッカンベーを……
「……忘れとった……あいつらの除霊を」
あゆむは激怒した。
必ずや、今日こそ奴らを滅ぼさねばならぬと、そう決心した。
「待てこのアンポンタンめが!!」
走れあゆむ! あゆむはアンポンタンを追いかけますが……
ツン……と細いロープに化けていたポンポに足をかけられて……
どてーーーん――と頭から転倒!
あゆむは地面と、今日も今日とて熱い再会を果たしました。
そして最後はお約束のタンタの尻尾ビンタで――
「女王様とお呼びー!」
「このド畜生のナス共めが!」
そんなやり取りを他所に、遊園地で興奮状態のトリエルが、
翼をパタパタさせながら、「わーーい!」といつものようにトリエルが猛ダッシュ!
「危ないぞー」
あゆむがのろりと起き上がり、呆れ顔で声をかけた時です。
ドン――「いた!」
トリエルが一人の女性とぶつかりました。
年齢は30代後半でしょうか。
タートルネックセーター姿の暗い表情の女性です。
「ごめんなさい。大丈夫?」
トリエルがそう声をかけた時です。
「え……!?」
その女性はトリエルの顔を見ると、
まるで幽霊でも見たかのような驚きの表情へと変わります。
「……どうしたのー?」
「……ごめんね……子供に……娘にそっくりだったから」
「コイツがすみません」
「いえ……」
女性は軽く首を横に振ると、小さな木箱を握りしめて奥へと消えていきました。
「気をつけろよ? 全く……」
「…………」
「どうした?」
あゆむがトリエルの横顔を覗くと、その目はとても切なげに茶色く輝いています。
しかし、それはすぐに消え、無垢な表情がスイッチが切り替わるように現れます。
「えへへっ! 楽しそうなところだね!」
(やっぱり、何かあるんだ……コイツには)
まるでブレーカーが落ちるような強制的な切り替えに、
あゆむは畏怖に近いものを感じながらも、彼女の正体に強い疑念を抱きます。
その一方、トリエルはアンポンタンを連れ、満面の笑み。
「あれ行こー」と、一人で真っ先にお化け屋敷へ……
これは嫌な予感がしますね……
…………
「ぎゃああああああああ!!!!!」
「出たーーーー!!!!」
「本物だーーー!!!!」
中に入ったのはおばけ達。『モノホン』です。
あまりの怖さにリタイヤ続出。
多くの子供や女性が泣きながら出てきますね。
「み、見なかった事にしよう……」
あゆむはそう言ってピピの手を握り、観覧車を指さします。
「……あれに乗らないか」
ピピは顔を赤く染めると、
風鈴のような声で「はい」と静かに答え、
ぎゅっとあゆむの手を握り返します。
…………
やがて観覧車が動き出すと
地上はどんどんと小さくなっていきます。
「綺麗ですね……」
隣にはピピが長い青髪を微かに揺らし、
あゆむの顔と地上を交互に眺めます。
あゆむは真っ直ぐピピの瞳を見つめ、ピピは顔を赤らめながらも、
その白い手をあゆむの肩へ伸ばします。
……そんなタイミングでした。
ズドーーーーン!!!
「うわ!?」バランスを崩したあゆむが地上を見ると……
「Hello」
トリエルのハローが天使の権能発動を宣言。
「みんなー! 遊ぼー!! 笑顔だよーー!!」とトリエルは空中へ飛び、
スペースシャトルに指示。
「|Shuttle, launch.《シャトル発射体勢に入る》」
「|go for launch.《システム正常 発射よし》」
「3……2……1……|Engine ignition, liftoff!《エンジン点火 行くぞ》」
「ぎょえええええええ!!!」
「助けてーーーーー!!!!」
「おかあちゃーーーん!!!!」
アトラクションのスペースシャトルが本当に飛んでいきました……
「………やりやがった……」
ここでトリエルは殴りたい、この笑顔で大暴走!!
「あはは!! 楽しいね!!」
どこがだーーー!!
と観覧車にいるあゆむに変わって地上からはツッコミが!!
「そーれー!」
トリエルは次にメリーゴーランドに指示を飛ばします。
ヒヒーーーン!!
とメリーゴーランドは意志を持って大暴走!!
まるで競走馬のように走ります!
「さあやってまいりました! 遊園地競馬場トリエル杯!!
実況はオイラ、アンポンタンのアッチです」
とアッチが実況を開始!!
「先頭を走るのは3番イヤンバカン、続いて6番ウフンアハン、
1番ソコハオミミナノと続きます!!
おーーーっと!! ここで4番ヤメテヨシコが
コーヒーカップを蹴ったー!!
5番サワラナイデが転倒だー!!
その隙に7番アカガツクカラが追いかけるー!!
あーー!! 先頭を走る三頭が暴走した
コーヒーカップに相次いで接触して転倒だー!!
これは大波乱!! 大波乱だ!!!
さあーまもなく最終コーナー直線だ!!
先頭は2番アンタナンカキライヨーと
8番ピーマンイレントイテヤーだ!!
結果は2―8! 2―8だー!!」
これには周囲ポカーン。お目目ゴシゴシ。
あ、夢じゃない。
「まだまだ続くよー! みんなあそぼー!」
トリエルがそう言うと
今度はおばけ屋敷から本物のおばけ達がゾクゾクと登場!!!
「ヒヒヒヒヒ……」と空中を飛んでいます!!
これには地上は阿鼻叫喚!!
みんなわーわーと逃げまくりです!!
「何してんじゃボケーーー!!」
あゆむの絶叫が届くことはなく、地上の彼女は大暴れ!
「あははは! 遊園地って楽しいね!」
彼女は天使の微笑みを浮かべながら、地獄絵図を製造中!
「おいおいおいおい!!!」
「遊園地って楽しいね!!」
その時です。逃げ惑う人の中に先の女性がいました。
不意にトリエルと目が合います。
「あ……!?」
お互いにそんな声を出して、トリエルの目が茶色く輝き動きが止まります。
すると……
「暴走が止まった……!?」
トリエルのハローの輝きが消えて、暴走が止まります。
やがてトリエルは切なげな表情を浮かべ、
奥のお城のアトラクションへ消えていきます。
「待って……! ⬛︎み!!」
女性は誰かの名を叫びましたが、
観覧車にいるあゆむには聞こえません。
ただ、涙を浮かべるトリエルの顔が小さく見えただけでした。
「待って……!!」
女性も後を追いますが、トリエルは見つからず、
城の時計が鳴り響きます。
それはシンデレラの魔法が解けた合図のようでした。
「どういうことでしょうか……」
「やっぱり、アイツは人間だ。そして、彼女と関係がある」
あゆむはそう確信したまま、言葉もなく、
城の前で立ち尽くす彼女をただ眺めていました。
…………
その後、結局トリエルは見つからず、夕暮れになって入口に現れました。
「……何も聞かないの……?」
「今はな」
あゆむは茶色い目で涙を浮かべる《《彼女》》をそっと抱き寄せ、髪を撫でます。
彼女はあゆむの胸で静かに泣きました。
――――
その夜、白い壁の小さな家。
雑然と物が散らかりながら、生気の失せた埃のない子供部屋。
暗い部屋でタートルネックの女性はうずくまり、木箱を開けて嗚咽を漏らしていました。
メイクのないその顔は、涙が乾いた跡がそこかしこに広がり、
笑おうとしているのでしょうか、しかしその口元は固く、彼女は膝から崩れ落ちます。
主を失った部屋で、孤独な嘆きだけがいつまでも響いていました。
――――




