一話「トリエル、遊園地へ行く!」
真の天使名編スタートです
雲の上の小さな楽園、天界。
…………
「以上が、報告となります」
神様の謁見の間で、ウリエル様が報告書を提出しております。
その内容はトリエルに関するもの。
「……そうか、ついに発現したか」
「はい。しかと確認致しました」
「それで、どうであったか?」
「……私の想像、その遥か上をいっておりました。
とても “天使の権能”
その一言で片付けられるレベルではありません」
数秒の沈黙の後、神様は
「そうであろうな……」
そう、うなずかれます。
全知全能たる神。
その神様をして “出来ない” と言わしめるその力は、
天使の権能で片付けていいものではありません。
「これまで友愛や博愛といった権能を持った天使はおりました。
しかし、それらをもってしても、
地上から悪意や争いは無くせませんでした。
しかし、あれならば……」
ウリエル様はトリエルの持つ真の権能に
強い可能性を見出したようです。
神話の時代より、これまでも多くの天使が
地上へ派遣されたのでしょう。
しかし、そのいずれもが地上の完全な平和は
実現出来ませんでした。
何故ならば、友愛や博愛といった感情でさえ、
その形は一つではなく、時代によって変化します。
何をもって愛として、
また何をもって慈しむとするかは変化するのです。
しかし……
「“笑顔” ならば、その可能性はあります。
笑顔とは、睡眠や食事と同様に
絶対的な形であり、変化しません。
心ではなく、形なのですから。
我々とはアプローチが違ったのです」
人が心から笑う際、そこにあらゆる悪意はありません。
笑っている時は、人はみな無垢なのです。
トリエルの真の権能「笑顔」は
人が持つ悪意を直接「笑顔」に変える力です。
心で訴えかけて浄化するのではなく、
睡眠のように淘汰されず普遍的なもので直接変換する。
そういう力なのです。
だから反発のしようがない。
発動した時点であらゆる悪意は絶対的に消え去る。
ウリエル様はそう理解しました。
「お前の言う通りだ。ウリエルよ。
我らはこれまで多くの天使を地上に派遣し、
その完全平和を目指した。
だがいずれの天使でも一時的なものでしかなかった。
人の心は変化する。
愛を与えても、別の誰かが嫉妬する。
博愛で皆を愛しても、誰かが不満を言う。
最初は些細なものでも、そこから綻びが生じるのだ」
それは天界による、地上浄化を試みた結果の失敗の歴史でした。
心では人は浄化できない。知恵を与えてもやがてそれが悪になる。
これまで天界はあらゆる手段を用いました。
しかし、いずれの手段も失敗しました。
ですが、トリエルはそれを唯一成し遂げる可能性を
天界に示したのです。
悪意を根本的に、そして強制的に消しさって、
「笑顔」に変えるその力で。
「しかし、ここで一つの疑問が生まれました」
そう言ってウリエル様は人差し指をピンとあげます。
「なんだ」
「トリエルが人間の少女が転生した姿だと言うのは理解しました。
これまでも天界ではそうした例はありました。
非業の死を遂げたものを貴方が哀れんで、
天使の種子に変えて天使へと転生させた。
トリエルもそうなのでしょう?」
ここで神様は「うむ」とうなずかれ
「そうだ。それの何が疑問か」とウリエル様に問います。
「それ自体は前例もありますし、疑問はありません。
問題なのは時間です。
トリエルの中にある少女の魂、
あれはどう見ても近年亡くなった少女です。
しかし、天使の成長には数百年という歳月が必要です……」
…………
しばらくの沈黙が場を制した後、
ウリエル様はなにかに気が付かれたようです。
「まさか!? 神よ……貴方は
“時の秘宝” を使ったのですか!?」
神様はその問いに押し黙ります。それは肯定と同義でした。
「なんてことを!!
あれは天使達が集めた光のエネルギーでのみ発動可能な秘宝!
歴史の因果を変えられる代わりに、
一度使えば数十年は使えないのですよ!?
最後に使ったのは地上で
“キューバ危機” と呼ばれる核戦争が起こりかけた……
いえ、実際には “起こった” 時でした。
あれはそれレベルの危機を、
因果を変えて回避するためのものなのですよ!?」
ウリエル様は興奮した口調で神様を責め立てますが、
神様はなおも沈黙を続けます。
「それを一介の少女の為などに……!!」
とウリエル様がここまで言った時でした。
「だがお前も見たであろう、ウリエルよ」
「それは結果論です!!
たまたま発現したから良かったものの、
失敗していた可能性もあったのですよ!?
それで次に危機が訪れた時、どうする気だったのですか!?
もはやかつての時のように、大洪水を起こして文明をやり直す……
そんな手段が通用せぬ程に、
地上の文明は進んでしまったのですよ!?」
神様はおもむろに席から立ち上がると一歩二歩と
ウリエル様に歩み寄られます。
「ウリエルよ。お前の言う通り、地上の文明は進みすぎた。
だからこそだ」
「だからこそ……?」
「そうだ。仮に今ここで秘宝を使い、
ある危機を回避したとしよう。
しかし、それで回避出来る危機は一つだけだ。
それで他はどうする気だ。
今や地上ではどこかしこで戦争が起きているのだぞ」
「それは……」とここでウリエル様は返す言葉をなくします。
今自分が神に言った言葉は
全て「その場しのぎに過ぎない」と自分で認めたようなものです。
「だからワシはかけた。 “笑顔” という天使の種子を持った、
奇跡の少女にな。
天使の種子はその者が生前最も愛し、
願った魂の想い、その色だ。
愛や繁栄、力といったありふれた願いはこれまで何度も見た。
しかし “笑顔” そのものが
魂の願いとしてもった天使の種子は初めてだった」
「……だからトリエルの天使の種子を、
時の秘宝で遡れるギリギリの過去まで送って、
そこで誕生させたのですね…… “彼女” を」
神様は静かにうなずきます。
ウリエル様はそこで踵を返すと
「地上へ向かいます」と神様に申し上げ、向かおうとしますが……
(ピコピコピコピコ……)
「そうそう……最近、ある麻雀アプリで “ヤハー”
なる廃人がランキング入りしたとか」
ここで神様の動きが止まります。
「そそそそそ、そうか!!! そ、そ、そ……」
「ヤハー……どこかで聞いた響きですね。
ところで神よ。貴方の地上での通称、なんと申しましたっけ……
確か……」
「すすすすすすすみません!!! もうしません!!!!
仕事します!!!!! ウリエル様!!!!!」
「今回はトリエルの権能に免じて許しますが……次はない」
そう言って恐妻様は地上へと向かわれました。
――――
ここは魔界の最下層、暗黒魔界。
漆黒の瘴気が漂うある空間、七頭の魔竜が封印される場所。
…………
一匹の大きなハエ、2m程のそれが魔竜に近づきます。
「お呼びでしょうか。我が主、サタンよ」
その魔竜はサタンと呼ばれました。かつて神に最も近いと言われ、
大天使ミカエルの双子の兄、最高の天使であったルシファー……
その成れの果てです。
七つ頭に十本の角、六枚の朽ちた翼、
頭上に浮かぶ黒ずんだハロー。
もはやかつての面影はなく、サタンと呼ばれる魔竜。
それが反逆者ルシファーの現在です。
「来たか……ベルゼブブ」
ベルゼブブ。かつてバアルゼブルと呼ばれ
気高い天の紳士だったそれは、ルシファーとともに反逆し、
魔界へ落とされハエの王ベルゼブブとなりました。
「ここに」
「我の瘴気が何者かによって消された」
その言葉は余程意外だったのでしょう。
ベルゼブブは人間態、漆黒のタキシードを着た銀髪の紳士へと
姿を変えました。
「貴方様の瘴気を!? そんな馬鹿な……
あれは仮にウリエルとて長くは持たぬ程強いもの……
ミカエル不在の今、対抗出来る者がいるはずが………」
「だが、事実こうして消されたのだ。
探し出せ、ベルゼブブ。
そしてその者を……」
…………
「殺せ」
「御意に」
そう言うとベルゼブブはサタンに敬礼し、
ハエの姿となって地上へと飛んでいきました。
――――
白い壁の小さな戸建て。
…………
雑然としていながらも、ホコリ一つなく、生気のない子供部屋。
「……み。今日はどこか行きたい場所ある?
ん? 遊園地? ……みは遊ぶのが大好きだったもんね。
いいよ。お母さんと一緒に行こう」
そう言って彼女は、小さな木箱をまるで我が子のように、
優しく撫でながらそっと抱き、虚ろな目で前を見ます。
彼女自身は笑っている、笑顔を作っている “つもり” ですが、
もう何年も “笑み” を見せていないその顔は、母親の笑顔が作れなくなっていました。
あの時から、彼女の時は止まっています。
その景色はどこまでも灰色で、入ってくる音は曇っていて、
その心は病んでしまいました……
今彼女は、かの木箱を娘だと、そう思い込むことで、
何とか心の完全な崩壊をギリギリのところで耐えているのです。
娘の分まで、生きるために。
――――
「ねーねー暇だよー」
あなたの家では今日も今日とておばけ動物園。
七畳の部屋に16匹のおばけ達がひしめき合い、
そこに破壊の権化トリエルと
あなただけの守護霊ピピが暮らすカオスです。
トリエルはというと、あの時の凛々しさはどこへやら。
今は通常のピンク髪に戻り、
あれ以来落ち度も茶色い髪の姿にはなっていません。
現在はテーブルへだらしなく突っ伏し、
向かい側であなたが頬杖をついて眺めている、そんな光景です。
「結局お花見は中止になってしまいましたしね」
そう言うとピピはあなたとトリエルが座るテーブルへ、
コーヒーとコーラを置きます。
「いってもなあ……もう桜は散ったし、
行くところなんてあるかー?」
「遊園地がいい!!」とここでトリエルは即答しました。
「また人間の記憶か……?」
あなたはトリエルが人間の転生天使だと、そう確信しています。
これはトリエルをはじめ、ピピとも共有した認識です。
「わかんなーい。でも、そこがいいって思ったんだよー」
「やっぱり、人間からの転生なのでしょうか?」
「そうとしか思えないな……現にあの姿はどう見ても日本人だった」
真の権能を発動した時のトリエルは
その姿が茶髪茶眼の少女に変わります。
顔つきも子供っぽい顔立ちから凛々しいものに変わり、
その様はどう見ても現代日本人です。
「……遊園地へ行けば、トリエルの権能についてわかる……か?」
あなたはそう言うと、やれやれといった表情で
タクシーを手配します。
「やったー!!」
これにはトリエルも大喜びです。
――――
2時間後。
タクシーとバスを経緯して着いた先は町の郊外にある遊園地です。
休日である今日は多くの人で混雑し、
入口は喧騒で溢れております。
あなたはチケットを三枚買うと、トリエルとピピに持たせ、
最後にゲートを潜ろうとしますが。
「お客様、チケットを」と何故か呼び止められます。
「え? いやここに……」と思った時です。
「え!? ない!?」
チケットがありません。ついさっきまであったのにと、
あなたは大慌てです。
財布の中、ズボンのポケット、そのどこにもありません。
その時です。
「んべー!」その声に前を見ると
あなたに化けたアンポンタンが、アッカンベーを……
「……忘れとった……あいつらの除霊を」
あなたはそう呟くと拳を握りしめ、
彼らへの復讐を誓い、チケットを買い直し
「待てこのアンポンタンめが!!」と彼らを追いかけますが……
ツン……と細いロープに化けていたポンポに足をかけられて……
どてーーーん!! と頭から転倒!
そして最後はお約束のタンタのお尻スリスリで……
ぶーーーーーーー!!!!!
頭にぷー! をされて周囲は
「何コイツ!?」といった目であなたを蔑みます。
「……待っておれ……すぐに仕置きで
冥土へ送ってくれるわ……」と
拳を握るのでした……鼻をつまみながら。
そんなあなたの苦労(?)を他所に、
「わーーい!!」といつものようにトリエルが猛ダッシュ!!
「危ないぞー」とあなたが呆れ顔で声をかけた時です。
ドン!
「痛!」
トリエルが一人の女性とぶつかりました。
年齢は30代後半でしょうか、
タートルネックセーターを着て俯いた表情の女性です。
「ごめんなさい。大丈夫?」
トリエルがそう声をかけた時です。
「え……!?」
その女性はトリエルの顔を見ると、
まるで幽霊でも見たかのような驚きの表情へと変わります。
「……どうしたのー?」
「……ごめんね……子供に……娘にそっくりだったから」
ここであなたが駆け寄り、女性にすみませんでしたと謝ります。
女性は軽く首を横に振ると、小さな木箱を握りしめ、
奥へと消えていきました。
「気をつけろよ? 全く……」
「…………」
「どうした?」
あなたがトリエルの横顔を覗くと、
その目はとても切なげに茶色く輝いています。
しかし、それはすぐに消え、無垢な表情がスイッチが切り替わるように現れます。
「えへへっ! 楽しそうなところだね!」
トリエルはそう微笑むとアンポンタンを連れ、
「あれ行こー」と、一人で真っ先にお化け屋敷へ……
これは嫌な予感がしますね……
「ぎゃああああああああ!!!!!」
「出たーーーー!!!!」
「本物だーーー!!!!」
あまりの怖さにリタイヤ続出。
多くの子供や女性が泣きながら出てきますね。
「み、見なかった事にしよう……」
あなたはそう言ってピピの手を握り、観覧車を指さします。
「……あれに乗らないか」
ピピは顔を赤く染めると、
風鈴のような声で「はい」と静かに答え、
ぎゅっとあなたの手を握り返します。
…………
やがて観覧車が動き出すと
地上はどんどんと小さくなっていきます。
「綺麗ですね……」
隣にはピピが長い青髪を微かに揺らし、
あなたの顔と地上を交互に眺めます。
あなたは真っ直ぐピピの瞳を見つめ、
やがて自然に唇同士が近づき……
ズドーーーーン!!!
「うわ!?」バランスを崩したあなたが地上を見ると……
「Hello」
トリエルのハローが天使の権能発動を宣言。
「みんなー! 遊ぼー!! 笑顔だよーー!!」とトリエルは空中へ飛び、
スペースシャトルに指示。
「Shuttle, launch!」
《シャトル発射する》
「3……2……1」
「go for launch!」
《システム正常 いつでも行ける》
「Engine ignition, liftoff!」
《エンジン点火 行くぞ》
「ぎょえええええええ!!!」
「助けてーーーーー!!!!」
「おかあちゃーーーん!!!!」
アトラクションのスペースシャトルが本当に飛んでいきました……
「………やりやがった……」
ここでトリエルは殴りたい、この笑顔で大暴走!!
「あはは!! 楽しいね!!」
どこがだーーー!!
と観覧車にいるあなたに変わって地上からはツッコミが!!
「そーれー!」
トリエルは次にメリーゴーランドに指示を飛ばします。
ヒヒーーーン!!
とメリーゴーランドは意志を持って大暴走!!
まるで競走馬のように走ります!
「さあやってまいりました! 遊園地競馬場トリエル杯!!
実況はオイラ、アンポンタンのアッチです」
とアッチが実況を開始!!
「先頭を走るのは3番イヤンバカン、続いて6番ウフンアハン、
1番ソコハオミミナノと続きます!!
おーーーっと!! ここで4番ヤメテヨシコが
コーヒーカップを蹴ったー!!
5番サワラナイデが転倒だー!!
その隙に7番アカガツクカラが追いかけるー!!
あーー!! 先頭を走る三頭が暴走した
コーヒーカップに相次いで接触して転倒だー!!
これは大波乱!! 大波乱だ!!!
さあーまもなく最終コーナー直線だ!!
先頭は2番アンタナンカキライヨーと
8番ピーマンイレントイテヤーだ!!
結果は2―8! 2―8だー!!」
これには周囲ポカーン。お目目ゴシゴシ。
あ、夢じゃない。
「まだまだ続くよー! みんなあそぼー!」
トリエルがそう言うと
今度はおばけ屋敷から本物のおばけ達がゾクゾクと登場!!!
「ヒヒヒヒヒ……」と空中を飛んでいます!!
これには地上は阿鼻叫喚!!
みんなわーわーと逃げまくりです!!
あ、ここでトリエルが中止になった
ヒーローショーのロボット(の着ぐるみ)に目を付けましたよ……
「あ! 面白そー!」
「やめろー!!!」
あなたのその叫びも虚しく、
トリエルは戦隊ヒーローのロボットを権能で動かし、トリエルと一体化!!
巨大化はしないものの、破壊神ロボが誕生しました!!
ゴゴゴゴゴゴ……ギュイィィィィィン!!!!
「ロケッチパーーーンチ!!!」
トリエルが叫ぶと実際に右手がバシュ!!
そして………ドゴーーーーン!!!
奥のお城が吹っ飛びます!!
「何してんじゃボケーーー!!」
あなたは絶叫しますが何処吹く風。
やがてそれは「あははは! 遊園地って楽しいね!」
という天使の微笑みを浮かべながら、背中のブースターを吹かしあなたのもとへ!!
「おいおいおいおい!!!」
「トリエル大車輪ーーーー!!」
トリエルは権能パワーで観覧車を大かいてーーーーん!!
「ばべりょーーぎぼぇ!!」
あなたはゲロゲロー!!
やがてフレームが耐えられず 観覧車ズガシャーーーーン!!!
地上はヒェェェェ!!! 観覧車ゴロゴローーーー!!
あなた「ヴォエーー!!」
最後はお城の残骸にストラーーーーイク!!
「遊園地って楽しいね!!」
「楽しいのはお前だけじゃあ……ヴォエエエ……」
この日遊園地は滅茶苦茶になったものの、何故か
「ありえない過剰な合成がウケる」とネットで大バズり。
行列が耐えない人気テーマパークになったとか……
その裏ではウリエル様が顔を真っ青にしながら
修復したのは言うまでもありません。
――――
その夜、白い壁の小さな家。
雑然と物が散らかりながら、生気の失せた埃のない子供部屋。
暗い部屋でタートルネックの女性はうずくまり、木箱を開けて嗚咽を漏らしていました。
メイクのないその顔は、涙が乾いた跡がそこかしこに広がり、
笑おうとしているのでしょうか、しかしその口元は固く、彼女は膝から崩れ落ちます。
主を失った部屋で、孤独な嘆きだけがいつまでも響いていました。
――――
次回!
「鯉は昇りますか? それとも食べますか?」
次回は端午の節句をぶっ壊します!!!




