80.元凶
「アキっち〜! こっちこっち!」
ガヤガヤと騒がしい夜の居酒屋に、テンションの低いのに不思議なほどよく通る声が僕を呼んだ。
声に従うように通り掛かる店員の横をすり抜けて向かえば、見慣れた面々が席に着いていた。六人がけのボックス席に四人が座っている。
「すみません、遅れました」
「大丈夫っす。まだタカの野郎が来てないっすからね!」
それはそれでどうなんだと思いながら僕は空いていた席に、四月一日さんことワタさんの対面に座った。
「タカくんは大会の練習で大変らしいからね〜。遅れても仕方ないと思うわ〜」
ワタさんの隣に座る熟練パートの月見里さんことヤマさんがまだ来ていないタカさんのフォローをしていた。
「先に始めていましょうか。……では、今年も一年お疲れ様でした! そしてニノくんの門出を祝って……」
「「「乾杯!」」」
オーナーの九十九さんことモモさんの合図でそれぞれ注文した飲み物を手に、グラスを突き合わせる。今日は一年の出来事を労う忘年会であると共に、送別会でもあった。
「あ、ありがとう……ございます……」
席の中央では恭しくグラスを手に掲げる女性がいた。彼女が本日の主役であるニノさんこと、一さんだ。
彼女もまた珍しい苗字仲間であり、スマイルストアで働く同僚だったが、それも今日までだ。
「ニノっちもついにメジャーデビューだもんね! いやーすごいっすよー」
「ま、まだデビューしてないです! 気が早いですから! 来年からですよ!」
ニノさんはコンビニのアルバイトをしながらバンドのメインボーカルとして活動していた。路上ライブでの地道な活動を得て、ついにメジャーデビューの声がかかったという。
ニノさんの言う通り、来年から本格的にデビューが決まったので、そちらに専念する為にもアルバイトを辞めることにしたそうだ。
「今年の紅白はもう無理だけど、来年は出てるかもしれないねぇ」
「あらー、そうなったら絶対録画しなきゃいけないわね!」
「だっ、だから気が早いですって〜!!」
彼女はおどおどとしながら、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「でも、音楽番組とかに呼ばれたりするかもしれないですね。……その、大丈夫ですか?」
僕は心配そうにニノさんを見る。実のところ、彼女は極度の人見知りで恥ずかしやがりだ。
テレビへの出演となるとより多くの人の目に晒される。ニノさんは大丈夫だろうか?
「はい……なんとか。……わたしがこうして人前に出られるようになったのはこのバイトとアキ先輩のおかげです」
「僕は何もしてないですよ。ニノさんの努力の賜物です」
ニノさんは人見知りをなんとかしたいために、アルバイトを始めた。
確かに最初の頃はレジに立って接客するのも一苦労だった。だから彼女が慣れるまで、僕が側についていたっけ。
苦手なのに、いや苦手だからこそ、人見知りを克服するためにニノさんは努力していた。
その後にバンドの誘いがあって、接客で自信がついた彼女はその誘いに乗ることにした。そして路上ライブをへて、晴れてメジャーデビューとなったのだ。
「えっと……もしテレビに出たら……アキ先輩も見てくれますか?」
「そりゃもちろん見ますよ」
「絶対! 絶対見ててくださいね!!」
家族や友人が見ていると思えば安心するのかな? 僕をそんなふうに思ってくれていたとは、光栄だなぁ。ニノさんにとってはちょっと頼れる先輩くらいに思われているんだろう。
ちなみにニノさんが僕を先輩と呼ぶのはバイトの先輩なのもあるけど、同じ大学の後輩でもあるからだ。在学中には会ったことはなかったんだけどね。
「ああ、でも、人気が出ないことにはテレビに出られません……やっぱりまだ気が早いです……」
ニノさんは自信を無くしたようにしょんぼりする。確かにまだデビュー前だから、これからどうなるか分からない。
「ならうちの神社で願掛けしていくかい?」
「うちの神社ってなんです、モモっちー?」
「ほら店舗の裏手の山にある九十九神社のことだよ」
「ああ、あそこっすか……ってええっ!? モモっちって神主さんだったの!?」
ワタさんとニノさんが驚いた表情をしていた。
「一応? 宮司を務めているのは兄のほうだからたまーに手伝いに行くくらいだけどね」
「そうだったんすか……いやそれでもびっくりしましたっすけど」
「でも言われてみれば確かに、同じ九十九さんでしたね……」
名前から察することもできるから、モモさんからあえて言うことは少ない。地元に古くからいる人にとっては周知の事実で、僕も婆ちゃんから『九十九さん? ああ、あの神社の神主さんねー』って感じで教えてもらって知ったくらいだ。
「商売繁盛のご利益もあったわね、ちょうどいいんじゃないかしら〜?」
「そうなのですね……稲荷系ですか?」
「いやー違うね。というか、なんの神を祀っているかすら不明なんだよね〜」
「えっマジっすか? それ大丈夫なんですか?」
「わりとよくあるよ〜」
全国的に見ても文献が消失したことで、なぜ建てられたのか、なんの神を祀っているのか分からない神社も結構ある。それにしてはモモさんは気にしなさすぎているけど……。
「渡来の神を祀っているらしいのが有力かな。大昔にこの辺りが災害に見舞われた時に、その渡来の神が遣わした人が神力を使って人々を助けてくれたらしい。その遣わされた渡来人そのものを祀っているって説もあったかなー。ちなみに僕の先祖らしいよ」
「へぇ〜じゃあモモっちもその神力ってやつがあるんすかー?」
「ないよー。あ、でも、ちょっと霊感あるかも? ほらこの前深夜にさー」
「ああー! いいっす! ホラーは聞きたくないっす!」
「えー? 川から白い手が伸びていただけだよー?」
「十分ホラーじゃないっすかー!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐワタさんに、僕たちは笑う。
「まぁ逸話からしてメインは厄除けや家内安全とかだけど幅広く受け入れてるよ。確かになにを祀っているのかはいまいち不明だけど参拝者からの評判はいいんだよね。以前スマストのお偉方さんたちが参拝に来ていたくらいだし」
「えっ、そうだったんですか?」
「うちの店舗の覆面調査のついでにって感じだったけどねー……おっと言っちゃった」
戯けたように口元に手を当てるモモさんだった。
「もう一年前のことだし、時効だよ時効! ちなみにアキくんのこと、結構褒めていたよ〜」
覆面調査なら普段通りに接客していたはずだ。その普段の仕事を評価され、褒められるのは悪い気はしない。
「にしても本社の人が来ていたんすね。願い事はやっぱり、商売繁盛っすか?」
「ああ、かなり真面目に祈願していたよ」
モモさんは懐かしむように目を細めてから続きを語った。
「スマイルストアの名が世界に轟くように。それこそ、世界を超えるくらいにってね〜」
◆◆◆
「やっぱり本社のせいじゃねぇかぁ!!!!」
僕は本社への怒りと共に夢から飛び起きた。
クッソッ、今までなんで忘れていたんだよっ!
じゃああれなのか? 本社の知名度アップのために僕は異世界に飛ばされたってことなのか!?
そうなるとモモさんの神社の話! あれって祀っているのは異世界の神様のことじゃないか? えっ、モモさんの先祖って異世界人だったりするの!?
思い出した夢の内容に、混乱して頭がぐるぐるとしてきた。まぁ今一番よく分かっていることは――。
「本社許せねぇ」
本社への疑いが確信に変わったのだった。




