4 告白されるはずが、告白してあげることになりました
その日の夕方、屋敷に戻ると、てんやわんやの大騒ぎだった。
「お、お嬢様!大変です、大変ですーー!!」
侍女のメイベルが、興奮した様子で私の部屋に駆け込んでくる。その後ろには、大きな箱を抱えた使用人たちがずらりと並んでいた。
「え、誰がそんな大きな買い物したの?大丈夫?」
引き攣った顔で聞くと「お嬢様宛ですよ!」と騒がれる。
「……え?誰から?」
「ジルフォード様からに、決まってるじゃないですか!」
「ジルから!?」
使用人からひったくるように箱を受け取った。
中から出てきたのは、深い紫色の生地に、繊細な銀糸の刺繍が施されたドレスだった。裾には、まるで夜空に浮かぶ星のように、小さな宝石が縫い付けられている。
「うわー……きれい」
思わず見惚れていると、メイベルが目に涙を浮かべながら、私の手を取った。
「お嬢様、おめでとうございます!!ついにジルフォード様と、そういう仲になられたのですね……!」
「はい……?」
「ジルフォード様の瞳の色をまとって踊るお嬢様……さぞお綺麗でしょうね…..」
「ちょ、ちょっと待って、待って!」
私は思わず後ずさる。メイベルのーー使用人たちの目が、異様にキラキラしている。
「なんかみんな、勘違いしてない!?全然そう言うのじゃないからね!?」
「そんな照れ隠しをして。いつも、ジルフォード様と一緒の時が、一番楽しそうじゃないですか」
「全然楽しくないけど!?」
私は叫びながら、頭を抱えた。
(ジル、あんた、余計なことを……!!!)
そう、これは余計なことだ。私は、ドレスを送って欲しいなんて頼んでない。
あいつが勝手にドレスを送ってきただけーー嬉しい、なんて思ってないんだからね!!
ーーーーーー
「お嬢様、ジルフォード様がお見えになりました」
メイベルの声に、私は鏡の前でびくっと肩を震わせた。もう一度、鏡で全身を確認する。
この顔、このスタイル、この表情ーー今日の私も、ヒロインらしい完璧な姿ね!!
階段を降りていくと、玄関ホールに、いつもと違う正装姿のジルが立っていた。
漆黒の礼装に、私のドレスと同じ深い紫色のクラヴァット。胸元には、私の髪色と同じピンク色の花が刺さっている。いつもは気だるげに崩している金髪も、今日は整えられていた。
私は、思わず階段の途中で足を止めてジルを凝視した。
(おぉぉーーー!!ジルが乙女ゲームキャラみたいになってる!かっこいいじゃん!?)
この世界のみんなは、それぞれ一人の人間で、それぞれの物語があるーー。
そう気づいても、私の思考回路は、そう簡単には変われない。自分で自分の発想が面白くて「ふふっ」と笑うと、ジルがコチラに気づいて見上げてくる。
目が、あった。
胸が高鳴る。
「……よかったな、今日はお前のドレスを褒めてくれるパートナーがいて、さぞドレスも喜んでることだろうよ」
「…ちょっと!あんた、普通に似合ってる、とか何かないの!?」
「……似合ってるのは当然だろ。俺が選んで、お前が着てるんだぞ」
ジルが何でもないことのように言うが、少し照れているのが、雰囲気でわかってしまう。
何だか、今日は身体があつい。
「まぁ、私素材がいいから」
「知ってる。しかも、お前は毎日努力を惜しまないからな」
「当然でしょ!だってーー」
言おうとして、言葉を止める。だって、いつか出会う運命の人がいるんだからーーもう、その言葉は言いたくなかった。ジルはそんな私に気にせず、スタスタと歩き出す。
「ちょっとあんた!エスコートくらいしなさいよ!」
「……本当に、騒がしいな、お前は」
ジルが、楽しそうに笑って腕を出してくる。
気づけば私も微笑んで、その腕にそっと寄り添った。
馬車が学園の正面玄関に着くと、そこには既に大勢の生徒たちが集まっていた。煌びやかなドレス、着飾った令嬢と紳士たち。その光景に、私は思わず息を呑む。
ジルにエスコートされて馬車を降りると、周囲の視線が一斉にこちらに集まるのがわかった。
「――え、リエラ嬢とジルフォード様……!?」
「やっぱり、噂は本当だったのね……」
ひそひそと囁き合う声が、四方八方から聞こえてくる。恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら、私はジルの腕にしがみつくように寄り添った。
「ちょ、ちょっと、みんな見てるじゃない……!」
「仕方ないだろう。俺のすぐ隣に、肖像画をもって街を走り回る変人がいるんだから」
「あんたって男は……!!」
会場の大講堂に足を踏み入れると、天井から吊るされたシャンデリアの光が、磨き上げられた床に反射してキラキラと輝いていた。あちこちに飾られた花々が、夜風に乗ってふわりと甘い香りを運んでくる。
「わあ……」
思わず声が漏れた。
ずっと憧れていた「卒業パーティー」の光景。
ここで告白をされて、そこから私の人生は変わっていくーー。そう思っていた。だけど、今隣には、運命の人も攻略キャラもいなくて、いるのは、嫌味ったらしいジルだけ。
「なんだ、こういうのも悪くないじゃん」
「……これだけ大掛かりなパーティーを悪くない、なんて随分上からだな?」
「違う、そう言うんじゃないよ」
私は、つきものが落ちたように笑った。なんか、もう、いいや。
周りを見渡せば、シャル様とマリア嬢踊っている。ベランダのわきでは、エドガー様がノエルさんを気遣うようにエスコートしている。他のみんなも、楽しそうにしてーー
「ここは、いい世界だ」
「お前、さっきから何なの?」
ジルに向かって、きっと私は、その時初めて“私“として笑った。
「ねぇ、ジル。踊ろう」
「は?」
「私、ダンス上手なんだよ。本当は好きでもなんでもないのに、すごく練習頑張ったの、踊りたい」
ジルが、手を差し出す。そこに、自分の手をそっと重ねた。
ゆったりとした音楽が流れ始め、私たちは他のペアに混じって、ふわりとステップを踏み始めた。
意外なことに、ジルのリードは丁寧だった。
「あんた、ダンス上手いのね」
「お前みたいな、急に街中を走り回る女もリードできるように練習しといたんだよ」
「……いつまでそのネタ引っ張るわけ?」
「これ以上のネタは中々ないからな......場合によっては、一生?」
ジルが、確信めいた笑みを浮かべる。
「ちょっと!冗談じゃないわよ!大体、私とあんたがなんで一生ーー」
「いやなのか?」
「え......?」
「俺と一生一緒にいるのは、いやなのか?」
胸が跳ねた。呼吸が、止まる。
「な、何言ってるの......」
「お前が、卒業パーティーにやたらこだわるから、今日まで待ったんだ」
「え?」
「パーティーで、運命の人に告白されるんだろ。ならーーその運命の相手は俺だ」
「ちょ、ちょっと待って......それはもうやめたの」
「好きだ、リエラ。ガキの頃からずっと」
流れる音楽も、周りのざわめきも、一気に遠くなった。
ジルは、いつもの憎まれ口が嘘みたいに、まっすぐな目で私を見ていた。
嬉しい、はずだ。でもーー
「……なんか、違う」
ジルが眉をあげて「何が」と聞いてくる。
「こんなの、私の想像する、めくるめくラブロマンスじゃない」
「っお前は……!何が不満なんだよ!ずっと憧れてた、卒業パーティーでの告白だろうが!」
「だって、私ジルのこと何も知らない!」
「……は?」
ずっと、夢見てた。卒業パーティーでイケメンに告白されて、ハッピーエンド確約なラブロマンスが始まるのを。
でも、私はヒロインでも何でもなくて、ジルも、ただの一人の青年でーーお互いに、未来がある。
なのに私は、ずっと現実から目を逸らして生きてきたから。
この人のことを……何も知らない。
「私、あなたの立場とか成績とか……そういう、上部のことしか知らない」
「……俺の好きな食い物も苦手なものも、全部知ってるだろう」
「そんなのだって、上っ面の部分だよ。例えば、ジルが何をされたら嬉しいのか、どういう時に無理をしているのかーーそういうことは、私知らないの」
きっと、逆はない。
ジルは、私自身をずっと見てくれていた。
こんなのって、不公平だ!
「この告白は無かったことにして」
「…...お前、ふざけてんのか?」
ジルの顔が引き攣る。
「私、これからあなたにちゃんと向き合う。ジルのこと、よく知るよ。でないと、ジルに失礼だ」
「そんなの、付き合ってからでも遅くないだろう」
「私は!あんたとは対等でいたい!だから、そういうのはいやなの」
ジルは舌打ちをして「この頑固女……」と呟いている。
「だから、待っててよ」
「…..何を?」
「あんたのことちゃんと知って……このヒロイン級に可愛い私が、ジルを好きだな!と思えたら……」
「思たら何だよ」
「私から、あんたに告白してあげる……ジルが感動するような、ロマンチックな告白をしてあげるわ!!」
しばらく沈黙が流れた。
ジルは、目を丸くして、それから――堪えきれないように、盛大に噴き出した。
「ぶは……!っあはは、なんだよそれ!告白してあげる、って、なんだその上から目線!」
「わ、私真剣だからね……!あなたのことよく知って、ジルの理想の告白演出だってしてあげるんだから!」
ジルは肩を震わせながら笑い続ける。悔しくて頬を膨らませていると、彼はようやく笑いを収めて、目元の涙を拭った。
「バーカ、シチュエーションなんて、どうだっていいんだよ」
「え?」
「お前が俺の隣にいてくれれば、どこでだって、何だって、俺は嬉しいよ」
ジルが、今まで見たことのない顔で微笑む。私は、自分の顔が熱を帯びていくのがわかった。
「ば、バカじゃないの……!」
「どう考えても、バカはお前だ、間抜け。この俺の告白を無しにするなんて、普通ありえない」
出たよ、ジルのバカと間抜け。悪口のオンパレード。
でも、その声はどこまでも優しくて、私は、こらえきれずに笑ってしまった。
「待っててね、すぐにあなたの気持ちに追いつくから」
「いくらでも待ってやるよ」
シャンデリアの灯りの下、次の曲が始まる。私たちはどちらからともなく、また手を取り合った。
(ーー大丈夫、きっと、すぐに追いつくよ)
心の中でそう呟きながら、私はジルの導くステップに、身を委ねる。
リエラ・アーヴィングの人生は、これから始まる。その隣には、絶対ジルがいる。そんな気がした。
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前作「転生したら酒好きがバレて、王子に八年間こき使われました——それでも、嫌いになれなかった理由」もぜひお読みください、全2話+番外編2話です。




