狂宴
男女の不愉快な笑い声が、蝋燭の灯りしかない薄暗い地下室に響いていた。
壁に映った影が、別の生き物のようにゆらゆら蠢く。
仮面で素顔を隠した複数の男女は、これからはじまる狂宴を、いまかいまかと心待ちにしている様子だ。
そして。
──────わたしはそれを、心を殺して眺めていた。
椅子に座らされ、手足はそれぞれ肘置きと脚に固定されたわたしは、きらびやかなドレスを着せられたお人形だ。この場を盛り上げる、飾り物でしかない。
「お待たせしました、紳士淑女の皆様方」
コツコツと靴音を鳴らしながら地下室に入ってきた男が、わたしのご主人様。
そして、首輪から伸びた鎖を引かれ、男の隣に立たされている少年が、わたしの双子の弟である、クリス。わたしと同じ翡翠色の瞳は、今は目隠しをされていて、見ることができない。
「………、………」
弟の名を呼ぼうとしたけれど、声が出なかった。この場にくるといつもそうだった。たぶん、少し前に飲まされたミルクが原因だ。溶かされた薬が、わたしからあらゆる感覚を奪っている。
「さあ、グラスをお持ちください」
いつの間にか、その場にいる男女全員に配られていたワイン入りのグラスを、彼らは高らかに掲げる。
「ゲーム、開始です」
クスクス嗤いながら、彼らはグラスに口をつける。少しの間、お互いの様子を探り合っていると、ひとりの女が倒れた。
「ひぃっ、かはっ、ゲホッ!」
「なんと、当たってしまったのは青薔薇嬢ですか」
「おやおや、美しい青のドレスが吐いた血で汚れてしまったな」
「あらまあ、おつらそうですこと」
苦しみ、のたうち回る女を見下ろしながら、彼らは舞台を見ている観客のように感想を言い合う。誰一人、駆け寄ろうともしない。
苦しむ女がビクビクと痙攣しはじめてようやく、ひとりがご主人様に「卿、そろそろ」と合図を送った。
心得たように頷いたご主人様は、弟の鎖を強く引く。
「出番だ、クリス」
「………………」
無言で前に進み出たクリスは、手探りで倒れている女に近づき、唇に自身のそれを重ね─────静かに吸った。
途端に女はぱちりと目を開け、けろりとした様子で起き上がる。代わりに苦しむクリスなど、見えていないかのように。
「ああ……意識が朦朧とした瞬間の、すべてのしがらみから抜け出たような解放感……たまりませんわあ……」
恍惚とした声音で、女は言った。
「こちらも、あなたのような美女が苦しみ藻掻く姿を見られて、なかなか愉快でしたぞ」
「まあ、意地悪な方ですこと」
「それよりも、そろそろですわよ」
全員が、苦しみに悶えるクリスに視線を移す。ごほっ、と血を吐き、胸を掻きむしっている少年を、誰も助けたりはしない。彼らは、ただ微笑みを浮かべながら、待っている。
「う………うえぇ……っ」
激しく嘔吐いていたクリスが、ころりと何かを吐き出す。全員が歓声を上げた。
ご主人様が吐き出されたなにかを拾い、先程のワイン入りのグラスを掲げたように、それを高々に持ち上げた。
蝋燭の火に照らされたのは、きらきら光る青の玉。
「おお、美しい」
「王都の飴細工師にも作れぬであろう、見事な球体ですな」
「ぜひ、わたくしにくださいな」
「あら、だめですわ。これは、わたくしの飲んだ毒から作られたのですもの。わたくしのだわ」
ヒュー、ヒュー、とか細い呼吸を繰り返し、冷たい床の上で横たわったまま動けなくなっているクリスを放って、彼らは誰が〝毒の宝石〟の持ち主になるかで口論している。
(──────クリス)
心の中でぼんやりと呼びかける。意識が朦朧としているのか、彼は視線を彷徨わせてから、わたしを見た。とっくに、目隠しの布はずり落ちていた。
薄紫色に変色した唇が、小さく動く。
姉さん。
微かに笑みを浮かべて、わたしを呼ぶクリス。その口元は鮮血で汚れ、顔色も悪い。
(どうして、こんなことに)
靄がかかった思考に、後悔の念が浮き上がる。
わたしとクリスは、孤児だった。物心ついた頃には、めずらしい双子の奴隷として売られていて、買い取ったのがご主人様だった。
ご主人様は、はじめは優しかった。妻と子を流行病で亡くしてしまったからと、本当の娘と息子のようにわたしたちに接してくれた。
態度が急変したのは、ご主人様が流行病に罹ったったときに、クリスが隠していた能力を使ったことがきっかけだった。
『クリス、この能力はぜったいにほかの人に知られちゃだめよ。みんな悪用するにきまってるもの。ほんとうにやさしい人なんて、ひとにぎりしかいないのよ』
奴隷商の元にいたとき、わたしがクリスに言った言葉だ。クリスはこの約束を、ずっと守っていた。けれど、クリスはご主人様のことを信じて、能力を使ってしまった。
結果、地方の領主でしかなかったご主人様は、貴族に取り入るためにクリスを見せ物にし、それが、いつしかこんな狂宴にまで発展してしまった。
お人好しで、やさしいクリス。
わたしの双子の弟。
(…………わたしは、なにをしているの)
クリスは、わたしが守らないといけないのに。




