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ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜  作者: ぱすた屋さん


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第9話 指定された午後二時と、砕け散った大怪盗

 


 翌日の、午後一時五十分。

 俺はクラーク商会本部のVIPルームで、最高級の茶葉で淹れられた紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込んでいた。


「いやー、今日も平和だ。この焼き菓子、外はサクサクで中はしっとりしていて最高だな」


「ありがとうございます、先生。専属のパティシエが腕によりをかけた逸品でございます」


 控えていたメイドが恭しく一礼する。

 王城の宝物庫の清掃指導(彼らに言わせれば風水結界の構築)を終えた俺は、莫大な報酬を手にして見事スローライフに復帰していた。


 窓の外を見下ろせば、活気に満ちた王都の街並みが広がっている。

 空はよく晴れており、絶好の散歩日和だ。


(そういえば、そろそろバルド団長が告白に行く時間だな)


 俺は時計の針をチラリと見て、ふと思い出した。

 俺が適当に指定した『午後二時』という時間は、彼が想い人である第一王女・エリアーナ殿下の元へ突撃する時間だ。


 身分違いの恋。そして、あの顔面凶器のような恐ろしいルックス。

 普通に考えれば、王女が怯えてしまって百パーセント玉砕するに決まっている。

 しかし、俺には一つだけ彼が成功するかもしれない『心理学的な勝算』があった。


「恋愛心理学における強力な武器、『吊り橋効果』か……」


 俺は紅茶を一口飲み、小さく呟いた。

 人間は、極度の恐怖や緊張を感じて心拍数が上がっている時に異性と出会うと、そのドキドキを『恋愛感情』だと脳が錯覚してしまうというアレだ。


 バルド団長のあの恐ろしい顔面と凄まじい威圧感は、相手に強烈な緊張感を与える。

 王女が恐怖で心拍数を跳ね上げた瞬間に、とびきり甘い言葉と花束を差し出せば、脳がバグって恋に落ちる可能性もゼロではない。


「まあ、フラれても俺のせいじゃないし。俺の占いは背中を押しただけだからな」


 無責任なことを考えながら、俺は二個目の焼き菓子に手を伸ばした。

 この時の俺は、己の適当なアドバイスが、王国の歴史を揺るがす大事件に発展していることなど知る由もなかったのである。


 * * *


 同じ頃、王城の奥深く。

 第一王女エリアーナの私室は、恐ろしい静寂に包まれていた。


「……動くなよ、お姫様。少しでも声を出せば、その美しい首が床に転がることになるぜ」


「くっ……! あなた、何者ですか……!」


 エリアーナ王女は、背後から冷たい刃を首筋に突きつけられ、顔面を蒼白にしていた。

 彼女を背後から羽交い締めにしているのは、黒いマントに身を包んだ細身の男。

 裏社会でその名を知らぬ者はいない、神出鬼没の大怪盗『幻影の銀狐』だった。


「近衛の連中め、宝物庫の警備ばかりガチガチに固めやがって。だが、そのおかげで王族の居住区の警備が手薄になった。まんまと裏をかかれたな」


 銀狐は下劣な笑いを漏らしながら、王女の首に刃を押し当てた。


 昨日のバルド団長による『5S魔術』の導入により、宝物庫の防犯システムは完璧なものとなった。

 しかし、それに気を良くした騎士団が宝物庫周辺の警備に人員を割きすぎた結果、皮肉にも王女の私室周辺にわずかな死角が生まれてしまったのだ。


「王家の紋章が入った宝飾品、そして第一王女の命。これだけあれば、俺は一生遊んで暮らせるだけの身代金が手に入るってもんだ」


「なんて卑劣な……! 誰か、誰かいませんか!」


 エリアーナが必死に叫ぼうとするが、銀狐の刃がチクリと彼女の白い肌を傷つけ、赤い血の雫が流れた。


「無駄だ。廊下にいた護衛の騎士たちは、俺の眠り薬で全員夢の中さ。この時間に、この部屋に近づく奴は誰もいない」


 銀狐の言う通りだった。

 現在は午後一時五十五分。

 まもなく王城の幹部会議が始まる時間であり、王族の居住区からはほとんどの人間が離れている。


 誰にも気づかれず、彼女は攫われるか、あるいはここで殺される。

 エリアーナの美しい瞳から、絶望の涙がこぼれ落ちそうになった。


 その時である。


『星はあなたに告げています。己の顔や身分に対するコンプレックスを、今すぐ破壊しなさい、と!』


 廊下の向こうから、地鳴りのような凄まじい足音が響いてきた。


「な、なんだ……!? 誰か来やがったのか!?」


 銀狐が舌打ちをし、王女を盾にするように身構える。

 足音は猛烈なスピードで王女の部屋の前まで来ると、ピタリと止まった。

 そして。


「エリアーナ殿下ァァァーッ!! 私は今、心の壁を破壊しますッ!!」


 ドゴォォォォンッ!!!


 城が揺れるほどの轟音と共に、王女の私室の分厚い樫の扉が、蝶番ごと木っ端微塵に吹き飛んだ。


「な、なんだぁっ!?」


 もうもうと舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、全身から鬼神のごときオーラを立ち昇らせた、近衛騎士団長バルドだった。


 彼の右手には、彼の巨体にはまったく似合わない、可愛らしいピンク色の花束が握られている。

 占い師に『塔(心の壁)の破壊』を命じられた彼は、文字通り、物理的な壁(扉)を粉砕して突撃してきたのである。


「え、エリアーナ殿下! 本日はお日柄も良く……って、貴様ぁぁぁーっ!!」


 照れ臭そうに挨拶をしようとしたバルドだったが、王女の首に刃を突きつけている黒ずくめの男を見た瞬間、その表情が夜叉の如く変貌した。


「殿下の玉肌に、傷を……! 傷をつけたなァァッ!!」


「ひぃっ!? ば、バルド団長!? なぜこんな時間に……っ!」


 銀狐が悲鳴を上げる間もなかった。

 バルドは花束を持ったままの猛烈な踏み込みで、瞬時に銀狐の懐へと潜り込んだ。


 そして、空いている左腕で、大怪盗の顔面を容赦なく殴り飛ばした。


「グガァァァッ!?」


 凄まじい打撃音と共に、銀狐の身体はボールのように吹き飛び、部屋の壁にめり込んで白目を剥いた。

 裏社会を震撼させていた大怪盗が、文字通り一撃で粉砕された瞬間だった。


「で、殿下! お怪我はありませんか!」


 バルドは血走った目で周囲を警戒した後、ハッと我に返り、慌てて王女の前にひざまずいた。

 そして、プルプルと震える手で、握りしめていた花束を差し出した。


「も、申し訳ありません! 許可なく私室の扉を破壊した非礼、いかようにも罰してください! ですが、これだけはお受け取りを……っ!」


 エリアーナ王女は、壁にめり込んだ大怪盗と、目の前で必死に花束を差し出す強面の騎士団長を交互に見つめ、ポカンとしていた。


 絶体絶命の危機から、一瞬で救い出された命。

 先ほどまで彼女の心臓は恐怖で早鐘を打っていたが、今は別の理由で激しく鼓動していた。


(あんなに恐ろしいお顔なのに……私が傷つけられたのを見て、あんなにも怒ってくださった。それに、この可愛らしいお花は……)


 恐怖と安心感の凄まじい落差。

 そして、命を救ってくれた圧倒的な強さと、不器用すぎる優しさ。

 これこそが、占い師が密かに予測していた『極大の吊り橋効果』の完成だった。


「バルド……団長」


 王女の白い頬が、みるみるうちに林檎のように赤く染まっていく。

 彼女は震える手で花束を受け取ると、ふわりと花が綻ぶような、この世のものとは思えないほど美しい笑顔を向けた。


「助けてくださって、ありがとうございます。このお花……とても嬉しいです」


「で、殿下ァァァーッ!!」


 バルド団長は男泣きに泣き、王女の私室に歓喜の咆哮を響き渡らせた。


 * * *


「……で?」


 それから一時間後の、午後三時。

 クラーク商会のVIPルームでティータイムを満喫していた俺は、目の前の光景に呆然としていた。


 俺の部屋の扉の前に、血と土埃にまみれたバルド団長が、なぜか気絶した黒ずくめの男(大怪盗)を小脇に抱えて立っていたのだ。


「先生ぇぇぇっ!! あなたは神だ!!」


 バルド団長は俺のベッドの横まで駆け寄ると、持っていた怪盗を床に放り投げ、俺の足元に深くひざまずいた。


「先生の占星術が導き出した『午後二時』という時間! あの時間でなければ、エリアーナ殿下はこの逆賊の凶刃に倒れていたでしょう!」


「……はい?」


「さらに、先生が私に『心の壁を破壊しろ』と命じてくださったおかげで、私は迷いなく殿下の私室の扉をぶち破り、間一髪で殿下をお救いすることができたのです!」


 バルド団長の話によれば、俺が適当に指定した時間が、大怪盗の襲撃とコンマ一秒の狂いもなく一致していたらしい。

 しかも、俺が「タロットの解釈」として伝えた言葉が、王女の危機を救う決定打になったと。


「殿下は私の花束を受け取ってくださり……私のような男にも、微笑みかけてくださいました! すべては、先生の完璧な未来予知のおかげです!」


「あ、いや……それは、ただの吊り橋効果というか……偶然というか……」


「なんと恐るべき千里眼! 王城の防犯のみならず、殿下の命までお救いになるとは!」


 バルド団長の後ろに控えていた近衛騎士たちも、一斉に俺に向かって最敬礼を行っている。

 彼らの瞳には、もはや『占い師』ではなく『世界を救う救世主』を見るような狂信的な光が宿っていた。


「……バルド団長。あの、報酬はもう十分いただいたので、これで……」


「何を仰いますか! 殿下の命を救った大恩人に対し、国王陛下が黙っているはずがありません! 陛下は先生を、王室直属の『宮廷預言者』として迎え入れると仰っておられます!」


「きゅうてい……よげんしゃ?」


 またしても、俺の知らないところで肩書きがインフレを起こしていた。


 王室直属。

 それはつまり、国中の厄介事や政治のドロドロした権力闘争に、真っ向から巻き込まれるということを意味している。


 俺は手に持っていたサクサクの焼き菓子を、ポトリと床に落とした。

 俺の思い描く、安全で平穏なスローライフ。

 それは今、王城の分厚い扉と共に、完全に木っ端微塵に砕け散ってしまったのである。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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