第17話 野外演習と、アジャイルなる陣形魔術
水晶玉のモニターには、鬱蒼とした『試練の森』の内部が鮮明に映し出されていた。
「おお……! やはり第一クラスの生徒たちは優秀ですな。あの巨大なオークを、ユリウス君が単独の雷魔法で一撃とは」
学園の安全なテントの中で、学園長が身を乗り出して感嘆の声を上げる。
画面の中では、金髪のエリート貴族ユリウスが、派手な魔法で魔物を次々と粉砕していた。
「確かに個人の火力は凄まじいですね。ですが、学園長。彼らの足元を見てください」
俺は冷めた茶をすすりながら、彼らの『致命的な欠陥』をすでに把握していた。
「足元、ですか?」
「ええ。ユリウスの後ろを歩く生徒たちは、彼が焦がした地面や、倒した魔物の死骸を避けるために無駄な体力を削られています。さらに、手柄を奪い合おうとして、前衛と後衛の魔法の射線が度々被っている」
迷宮の入り口付近。順調に見えた彼らの前に、想定外の敵が現れた。
物理攻撃や半端な魔法を吸収して巨大化する『マッドスライム(泥の魔物)』の群れだ。
「チッ、鬱陶しい泥め! 俺が吹き飛ばしてやる!」
ユリウスが苛立ちに任せて強力な爆発魔法を放つ。
だが、泥は四散した後に再び集まり、逆に彼らの退路を塞いでしまった。
「おい、ユリウス! 勝手に魔法を撃つな、泥がこっちに飛んできただろうが!」
「うるさい、お前たちの援護が遅いからだ! 俺の邪魔をするな!」
エリートたちは互いのプライドが衝突し、情報共有はおろか、完全に足の引っ張り合いを始めていた。
そこへ、後方から第七クラスの面々が追いついてきた。
彼らも同じくマッドスライムの群れに遭遇するが、その動きは第一クラスとは全く違っていた。
「敵影確認! 物理と爆発は吸収されるよ!」
斥候のミーアが木の上から素早く情報を伝達する。
それを受けた第七クラスは、慌てて攻撃することなく、その場でピタリと足を止めて円陣を組んだ。
「『流転の陣』展開! 状況が変わった、作戦をアップデートするぞ!」
レオンの号令で、短い作戦会議がわずか数秒で行われる。
「泥の魔物なら、核があるはずだ。ミーア、探れるか?」
「右から三番目の個体、泥の中に赤い光が見える! たぶんあれが群れの心臓だよ!」
「よし。水魔法班、敵の足元を泥沼にして動きを止めろ。俺が核をピンポイントで狙撃する」
彼らの間には、誰が手柄を立てるかというくだらない見栄はない。
ただ『迷宮を最速で突破する』というプロジェクトの目標に向かって、各自が己の適性に従い、最適な役割をこなしているだけだ。
「シールド展開! レオン、射線クリア!」
水魔法の少女が敵の動きを封じ、味方の盾となる。
そして、後方の安全な位置で完全に魔力を練り上げていたレオンが、右手を突き出した。
「消し飛べ……!」
キィィィンッ! という甲高い音と共に、極限まで圧縮された熱線の矢が放たれる。
熱線は味方の間を正確にすり抜け、マッドスライムの群れの中心にある小さな『核』だけを、音もなく貫いた。
核を破壊されたスライムたちは、一瞬でただの泥水へと崩れ落ちる。
無駄な魔力消費はゼロ。味方への被害もゼロ。
完璧な連携による、文字通りの『瞬殺』だった。
「よっしゃ! 陣形維持のまま前進! 第一クラスを抜くぞ!」
レオンたちは歓声を上げながらも、すぐに隊列を組み直す。
そして、泥沼で言い争っているユリウスたちの横を、風のように駆け抜けていった。
「なっ……!? お、お前ら、なぜそんなに簡単に……!」
ユリウスが目を見開き、信じられないという顔で第七クラスの背中を見送る。
個人の圧倒的な力でねじ伏せようとしていたエリートたちが、落ちこぼれ集団の『チームワーク』の前に完全に置き去りにされた瞬間だった。
「お、おおおおっ……!! な、なんという美しい連携魔術だ!」
テントでモニターを見ていた学園長が、椅子から立ち上がって身を乗り出した。
「個々の力は弱くとも、互いの弱点を補い合い、一つの巨大な生き物のように戦っている! 先生、これが東洋の神秘たる陣形……!」
「ええ。変化し続ける状況に合わせて、常に最適解を導き出す『アジャイル(俊敏)』なる魔術です」
俺は適当に頷きながら、美味しいお茶を飲み干した。
(まあ、現代のIT企業じゃ当たり前の仕事術なんだけどな。報・連・相ってやっぱり大事だわ)
その後も、第七クラスの快進撃は止まらなかった。
想定外の罠にかかっても、すぐに『魂の共鳴(振り返り)』を行って原因を共有し、同じミスを絶対に繰り返さない。
彼らはみるみるうちに迷宮の奥深くへと進み、目標である『魔石』を誰よりも早く手に入れてしまった。
第一クラスが泥まみれになり、魔力切れでヘトヘトになって入り口に戻ってきた頃には。
第七クラスの生徒たちは、すでに魔石を学園長に提出し、涼しい顔で休憩所でお茶を飲んでいたのだった。
「馬鹿な……。俺たちが、こんな落ちこぼれどもに負けるなんて……!」
ユリウスが地面に膝をつき、ギリッと唇を噛み締める。
彼のエリートとしてのプライドは、完全に粉々に砕け散っていた。
「先生ぇぇぇっ!! アンタの教え通りにやったら、本当に勝てちまったよ!」
レオンをはじめとする第七クラスの面々が、俺の姿を見つけるなり、わっと駆け寄ってきた。
彼らの瞳には、かつての卑屈な色は微塵もなく、絶対的な自信と俺への狂信的な尊敬が満ち溢れている。
「素晴らしい! 先生、我が学園の歴史に残る偉業ですぞ!」
学園長までが涙ぐみながら俺の手を握りしめてくる。
「あ、いや……みんなが勝手に頑張っただけで……」
俺は引きつった笑顔を浮かべながら、ジリジリと後ずさった。
俺の適当なハッタリと現代ビジネスの手法が、またしても異世界の常識を根本から覆してしまったらしい。
王立魔法学園における俺の『神教師』としての伝説は、まだ始まったばかりだった。




