第14話 筆跡鑑定と、炎の狙撃手
静まり返った第七クラスの教室に、カリカリと羽ペンを走らせる音だけが響いていた。
つい先ほどまで動物園のように騒がしかった問題児たちが、今は配られた羊皮紙の質問に真剣な顔で向き合っている。
「……よし、全員書き終わったな。紙を前に集めろ」
俺が教壇から声をかけると、生徒たちは戸惑いながらも回答用紙を提出してきた。
一番前の席に座る赤髪のヤンキー、レオンも、不機嫌そうに舌打ちをしながら紙を乱暴に机の上に叩きつける。
「こんなくだらねえ質問に答えて、俺たちの何がわかるってんだよ。時間の無駄だぜ」
「そう言うな。お前の運命は、すでにこの一枚の紙に完全に表れているぞ」
俺は一番上に置かれたレオンの回答用紙を手に取り、ふっと口角を上げた。
そこに書かれた適性検査の回答結果と、彼が最後に大きく書き込んだ『レオン』という署名。
その二つを組み合わせることで、彼の深層心理はすでに俺の丸裸になっていたのだ。
「レオン。お前、火の魔法を使う時はいつも『巨大な火球』や『大爆発』を起こそうとしているな?」
「当たり前だろ! 炎の魔法使いってのは、誰よりも派手に、広範囲を焼き尽くしてこそ最強なんだよ!」
レオンが胸を張って答えるが、俺は静かに首を横に振った。
「それがお前の間違いだ。お前の魂は、派手な爆発なんてこれっぽっちも望んでいない」
「はぁ!? 適当なこと言ってんじゃねえぞ!」
俺は彼の書いた署名を指差した。
態度はこれほどまでに大きく、言葉遣いも荒い。
だが、彼が書いた文字は、驚くほど几帳面で、文字と文字の等間隔が完璧に保たれていたのだ。
「我が秘伝の占術『筆跡鑑定』によれば、文字の配置が均等で、ハネやトメが鋭くしっかりしている人間は、極めて繊細で計算高い完璧主義者だ」
「なっ……!」
「おまけに、適性検査の回答も見させてもらった。お前は『大勢で騒ぐより一人が好き』で、『予想外のトラブルが極端に苦手』と答えているな?」
図星を突かれたレオンの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
教室の他の生徒たちも、「あのレオンが繊細……?」「たしかに、あいつのノートいつも綺麗なんだよな」とヒソヒソと囁き始めた。
「お前は本当は、静かで、計算通りに物事が進むことを好む内向的な職人気質だ。それなのに、周囲の『炎の魔法使いは豪快であるべき』という固定観念に縛られて、無理に大雑把な爆発を起こそうとしている」
俺はレオンの目を真っ直ぐに見据えて、決定的な言葉を投げかけた。
「繊細な心を持つ人間が、大雑把な魔力操作を行えばどうなるか。当然、魔力は暴走し、お前の手の中でコントロールを失って自爆する」
「……っ!」
レオンは反論しようと口を開いたが、何も言えずに俯いた。
俺の言う通り、彼の手には魔法の暴発による火傷の痕がいくつも残っている。
自分の本質(性格)と、求められる役割(魔法のスタイル)が完全にミスマッチを起こしていたのだ。
「アンタの占いが当たってるとして……じゃあ、俺はどうすりゃいいんだよ! 炎の魔法しか使えねえのに!」
レオンが悔しそうに机を叩く。
俺は待ってましたとばかりにニヤリと笑い、教壇のチョークを手に取った。
「簡単だ。爆発させるのをやめろ。お前の持つすべての魔力を、針の穴を通すように『一点』に圧縮しろ」
「一点に、圧縮……?」
「そうだ。お前のその几帳面で完璧主義な性格なら、魔力を極限まで一点に留める精密なコントロールができるはずだ。イメージは爆弾じゃない。光を一点に集めるレンズだ」
炎の魔法イコール大爆発、というのはファンタジーの典型的な思い込みだ。
現代科学の知識を借りれば、熱エネルギーを一点に集中させた『レーザー(あるいは溶接バーナー)』の威力は、広範囲の爆発よりも遥かに高い貫通力を持つ。
「さあ、窓の外にあるあの石の的を狙ってみろ。絶対に爆発させるな。細く、鋭く、熱を一直線に撃ち抜くイメージだ」
俺の指示に従い、レオンは半信半疑のまま窓枠から身を乗り出した。
彼は深呼吸をして目を閉じ、右手に魔力を集中させ始める。
いつもならここで無理に魔力を広げようとして炎が暴発するのだが、今日は違った。
彼の神経質なまでの集中力が、魔力を手のひらの『一点』へと完璧に収束させていく。
「……いけぇっ!!」
レオンが目を見開き、右手を前へと突き出した。
その瞬間、轟音は鳴らなかった。
代わりに、キィィィンッ!という空気を切り裂くような甲高い音が響き渡る。
彼の手から放たれたのは、巨大な火球ではない。
指の太さほどしかない、青白く輝く超高熱の『熱線の矢』だった。
「なっ……!?」
熱線は瞬きする間に中庭を横切り、分厚い石の的の中央を音もなく貫通した。
爆発は一切起きず、ただ的の中央に、ドロドロに赤熱して溶けた真ん丸な穴が開いているだけだった。
教室にいた全員が、息を呑んでその光景を見つめていた。
それはまさに、一撃必殺の『炎の狙撃手』の誕生だった。
「す、すげえ……。俺の炎が、あんなに真っ直ぐ、石を溶かして……!」
レオンは自分の震える両手を見つめ、信じられないものを見るように目を丸くしている。
暴発による火傷の痛みもない。彼の几帳面な魔力操作が、見事に熱線を完璧にコントロールしきったのだ。
「素晴らしい適性だ、レオン。お前は戦場を吹き飛ばす大砲じゃない。敵の急所を的確に撃ち抜く、最強の狙撃手の星回りだったんだよ」
俺がそう告げると、レオンの瞳からポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
ずっと「才能がない」「炎を扱いきれていない」と周囲から笑われ、自分でも半ば諦めていた少年。
彼の本当の『魂の形』を、一枚の適性検査と筆跡鑑定が完全に救い上げたのである。
「先生……っ! アンタ、すげえよ! 俺の本当の魔法を、見つけてくれた!」
レオンが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、俺に向かって深く、深く頭を下げた。
それを見た教室の空気が、一気に爆発した。
「す、すげえええええっ!! あの落ちこぼれのレオンが、一撃で石の的を貫通させやがった!」
「おい、先生! 次は俺だ! 俺の適性検査の紙も見てくれ!」
「私のも! 私、水魔法なんだけど全然うまく水が飛ばせなくて……!」
つい先ほどまで俺を完全に舐め腐っていた不良や問題児たちが、目を血走らせて教壇の周りに殺到してきた。
彼らは全員、自分の才能の開花を心の底から渇望していたのだ。
「わかった、わかったから押すな! 順番に見てやるから、一列に並べ!」
俺は押し寄せる生徒たちの熱気に揉まれながら、内心で冷や汗を流していた。
(いや、ただの性格診断テストの結果から適当なアドバイスしただけなんだけど!?)
どうやら俺の魔法学園での教師生活は、教職員サロンで優雅にお茶を飲むスローライフとは程遠いものになりそうだ。
王立魔法学園の歴史において、最も恐るべき『第七クラスの快進撃』が、今まさに幕を開けようとしていたのである。
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次回お楽しみに。




