過去の話(公爵令嬢サイド)
今回少し長めです。
昔から考えていた。
本当にこのまま彼は、私と結婚していいのかと。
継承権第二位とはいえ後ろ盾がない状態で、その為に上位貴族で女の私に白羽の矢が立った。
婚約者が王子様と聞かされた時は、正直「はあ」とだけ返した気がする。
ルーデン王国の社交界デビューは十三歳からで、その時の私は遠目からでもリオを見たことがなかった。
リオが婚約者となって初めてお茶会をした日。
その日はよく晴れた、実にお昼寝に最適な日だった。
目一杯飾り立てられた私は王宮へと連れてこられた。
父とともに案内されたのは王宮の第三庭園。
こじんまりした庭園で私たちを待っていたのは、アンナ様ときれいな男の子だった。
透き通るような白銀の髪はキラキラしていて、青い瞳はどこまでも澄んでいる。
その子を見た時、まるでおとぎ話に出てくる人魚姫のようだと思った。
つい見惚れていると父に小さく挨拶を促された。
挨拶を交わした時その男の子が人魚姫ではなく、王子様で自分の婚約者だということを知った。
アンナ様と父は「あとは若い二人で…」とか言って、お茶会が始まって早々にどこかに行ってしまった。
当時七歳の子供同士にどんなことを話せというのか。
向かい側に座っていたリオも、初対面の子と何を話せばいいのかわからないらしく、ものすごく困った顔をしていた。
互いに黙りながらお茶を飲んでいる時、下げていた目線にそれは映る。
持っていたカップをソーサーに戻したリオの白い右手が目に入ってきた。
小指の爪先が他の爪とは違う別の色をしていたのを発見した。
それはよくよく見なければわからない程の色をしていて、その指だけ薄いピンク色に染まっている。
不躾にもその指をまじまじ見つめていると、リオも私の目線に気が付きその指を左手で咄嗟に隠す。
視線をあげリオの顔を見てみると、その顔は怯えの色に染まっていた。
「……あの見ました、よね?」
若干涙目になっているリオに上目遣いで尋ねられ、ものすごくどうしようか迷った。
本当にものすごく。
しかし結局、明らかに見ていたものを誤魔化すことも出来ず素直に頷き返す。
「あ、えっと……」
伏せられた目には絶望が見えた。
黙ってしまったリオに私は先程から、思っていたことを静かに尋ねる。
「—それって爪紅ですよね?そのようなきれいな薄いピンク色、初めて見ましたわ」
通常の爪紅は濃い赤などが主流で、高位貴族のご婦人方にも人気の色だ。
リオが着けているような色は見たことがない。
その言葉にリオは目を見張りながら、おずおずと答えてくれた。
「この色は、先日王宮内に出入りしている商人の方から母上がもらったもので…何でも他国で新しく作られた色だそうです」
隠していた右手をティーテーブルの上に置き、その爪紅を見せてくれた。
薄くても決して地味ではないその爪紅は、リオの白い手によく似合っている。
「侍女の方にぬってもらったのですか?」
「あ、いえ。これは私が自分で」
「そうなのですか?お上手ですわね…」
思わず呟くとリオは照れ笑いを浮かべる。
可憐に笑う彼のその後ろに、何故か色とりどりの花が見えた。
「…あの」
「はい?」
「男の私が爪紅をしていることに、何も思わないのですか…?」
「すてきなことだと思いますわ」
「……」
世の中の風潮として男性が女性のものを、女性が男性のものを身につけることはあまりいい顔をされることがない。
王族となれば当然そのようなことは許されないだろう。
しかしそれは単に世の中の人々にとって当たり前ではないからだ。
溢れんばかりに目を大きくするリオは言葉が出ないようだった。
「殿下、男らしさ女らしさの当たり前など、世の中が決めつけているだけに過ぎませんわ。何とからしさではなく、自分らしくあれればそれで良いのではないですか?」
「でも…」
言い淀んだリオの目を真っ直ぐに見つめる。
澄んでいた青い瞳が今は揺れていた。
「確かに殿下は王子様でいらっしゃいますし、中々自分らしくとはいかないかもしれません。ですから大きくなるまではこっそり、自分らしくなさればよろしいのですわ」
「こっそり…」
「ええ、こっそり。私も大きくなるまではこっそり自分らしくするつもりですわ」
「ルイーゼ嬢もこっそりしなければならないことがあるのか?」
リオは話し声を少し抑えながら聞いてきた。
確かに侍女は控えているものの、かなり距離はあるのだが、何となく雰囲気でということらしい。
私もそれにつられてつい声の大きさを抑えながら答える。
「はい、私もありますわ。実は私——」
「実は?」
自分が持っていたハンカチをリオに渡した。
エメラルドグリーンの布地に、白い刺繍糸で勿忘草の花が刺されている。
「私、手芸が大好きでして。そのうちドレスを作りたいと思っていますの」
「そうなのか‼︎ルイーゼ嬢はすごいなっ」
今取り出したハンカチも刺繍の練習のため、私が縫った物だ。
ただの刺繍ならば貴族令嬢の嗜みの一つとして好まれるが、本格的な手芸はお針子の仕事である。
だが私はお母様がいつもと違うドレスを着て、父と連れ立って夜会に向かうところを初めて見た時からドレスに魅入られてしまった。
普段と違うドレスを身に纏ったお母様は、お母様ではないみたいでとても美しかった。
どうしてもその姿を忘れられない私は、いずれドレスを作りたいと思うようになった。
笑顔でそう言ってくれるリオに、自然と私も笑顔になっていくのがわかる。
「そう言って頂き光栄ですわ。でもまだまだこれからです」
きれいな刺繍は早く施せるようになったが、服作りも未だしたことがない私はまだまだだ。
そのことを伝えると、ますますリオの顔が輝いた。
「すごいなぁ」
「貴族らしくはないですが、私はこういう自分が好きです。ですから殿下も私といっしょに、こっそり自分らしくしてみませんか?」
「それは楽しそうだ」
「きっと楽しいですわ。そして大人になったら、二人で堂々と自分らしく生きてやりましょう」
思わず拳を握って力説してしまったが、リオはそんな私に引くどころか大きく首肯してくれた。
「そうしたら、私たちはひみつの仲間だな」
この時のリオの顔が今でも鮮明に思い出せる。
楽しそうに、けれどもどこか熱が籠った目でこちらを見つめていた。
そのあとリオが、物心つく頃にはお化粧やドレスに興味があったことを知った。
顔合わせの時にしていた爪紅は、うっかり小指の爪だけ落とし忘れてしまったとのことだ。
アンナ様の化粧道具をこっそり借りて、化粧の仕方はアンナ様が侍女に化粧されている姿を見て覚えてたらしい。
同じく爪紅も見様見真似でやっていた。
見様見真似で化粧も爪紅も覚えるなど、よほど器用でなければできないことだろう。
殿下からリオと愛称で呼ぶことをお願いされ、さらに口調も砕けた話し方になった。
その時、私はドレスを作るという夢を、リオのために作るという夢に変更した。
不器用ながら初めてリオのために作ったドレスを完成させ、それをリオが笑顔で試着した時、私は自分の想いを自覚した。
ともに成長していくにつれ、リオの存在は秘密の仲間から大切な想い人へといつの間にか変わっていたらしい。
そのことに気付かされた私は、いずれこの婚約を解消することを決めていた。
リオは私のことを秘密の仲間だと今も思っている。
結婚して欲しいとは言われたが、それは幼馴染みで秘密を共有しているからで、そこに友情はあるが愛情はきっとないのだろう。




