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03.侵入のち、陥落

 夏月は長期休みはあまりないが、やはり休みは多かった。保健室にもよく行っていた。

 けれど、あまり体調が悪そうな姿を見せていなかったように思う。夏月の口から弱音の類いのものが出てるのもみかけなかった。口数が少なくなって辛うじて、元気ないかな?と思うくらいだ。さっきまで周囲の者と話してたのにいつの間にかいない、なんてことはよくあった。

 分かりにくいことこの上ない。

 実を言うと、そんな夏月に少し――本当に少しだけ腹立たしさに似た焦れったさを覚える。具体的にどこが、と聞かれると困るが、本当に少しだけ。別段、夏月は迷惑をかけているわけではないのだ。寧ろ迷惑をかけまいと、心配をかけまいと――分かっている。分かっているのだが、腹立たしさを感じてしまうのは何故だろう。

 俺の他にこんな風に思っている奴がいるのではないかと、ヒヤヒヤして周りを見渡すが、クラスからの受けが悪いようではない。…そこらへんだけ器用だな。


 茜は相変わらず口を開けば夏月ナツキなつきなのだが、何を思ってか俺が知っている前提で話を振ってくることが増えた。これが割りと効く。

 見かけたり、人からの又聞きでしか夏月を知らない俺がついていけるわけがない。

 随分頭を使えるようになったなと嫌味を投げつけてみたことがあるが、茜の反応は拍子抜けするようなものだった。そうだった、茜はそんな凝った嫌味を言える奴じゃなかった。相手に気を使った会話が下手くそなのは元々で、俺相手には特にそうだ。つまり、これは俺の過剰反応であって――


 人はこれを、墓穴を掘るという。


 墓穴ばかり掘っているうちに、あまり待っていない夏休みが訪れていた。





「和樹!」

「……なんだよ」

 バタンとドアを勢いよく開け、やって来たのはお馴染み、茜。勝手に入ってくんなと言うのを諦めたのはいつだっただろうか。力なく内輪で扇ぎながら応じる。

 中学の夏休みの課題なんて、自由研究など特殊なものを除けば配布されて三、四日あれば完成できたが、流石に高校となるとそうはいかない。それに気付かない友人にラスト一週間で縋りつかれるのは目に見えているので、自分のものは早めに済ませておかなくてはならない。茜は言わずもがな、特別コースだ。たぶん、茜の親御さんからちょっといいとこのディナーという賄賂を貰うのだろうし。

「あれ、茜、補習は?」

「補習じゃない!課外と言いたまえ!」

 茜はぐっとこぶしを握り叫ぶ。

 茜は高校にギリギリの成績で入った。今のところ赤点をとったことはないようだが、良くもない。そして、塾にも行ってない。そんな茜は担任にほぼ強制的に夏休みの補習に参加させられているのだ。ありがたいことだ。監視がいる間に出来るだけ課題を消費しておいて欲しい。

「ねぇ、和樹」

「ん?」

「美和さんが夏の風物詩とばかりに下着で彷徨いてるけど大丈夫?」

「………。おい、美和ぁ!何回言えば分かるんだ!」

 数拍の沈黙の末、俺はドアを開けていい放った。

「っと。危ないなぁ。

 あと、姉貴を呼び捨てにするのはやめなよ」

 返事は思ったより近いところから返ってくる。そちらを見れば、炭酸飲料片手に仁王立ちした美和がドアの横に立っていた。美和は、露出が多いが下は辛うじて短パンを履いている。しかし上はブラだけだ。頭を抱える俺を他所に、敬いが足らないねぇ、と美和はボヤく。

「敬って欲しいのなら、それ相応の行いをしろ!せめて下着でそうそうするな!」

「いいじゃん、相手は茜だし」

()もいるだろ!」

 つーん、とそっぽを向く美和に負けじと噛みつく。大学生になって少しは落ち着いたと思っていたらこれだ。夏は窓は基本開けっ放しだし、カーテンも時々開いている。そんな状況でそんな馬鹿なことをしないで欲しい。

「だいたい、ねーちゃんは、」

 悪びれることもしない美和にこちらも仁王立ちで立ち向かい、本格的に説教を始めようとする。

「和樹、私急いでるから!」

 すると、俺にとっては横槍、美和に取っては天の一言が割って入る。これ幸いと美和は、そうだそうだ!と叫ぶ。炭酸が抜ける?そんなこと知るか。

 しょうがないので長い説教は諦める。

「ねーちゃんはせめてタンクトップを着てくれ。これははしたないとかいう話じゃねーの。こんな窓が開いてる中、最低限の自衛をしろって言ってんの。自分から隙を作らない。」

 分かった?と目元をキツくして問えば、美和は苦々しそうに、それでも返事をした。

「はぁーい」

「……はぁ。分かればよろしい」

 きっと三日経てば忘れるのだろうなぁ、と思うと泣けてくる。


「で、用事は?」

「そうそう。今日の午後からほしゅ…課外があるの忘れててさぁ……かくかくしかじか、と言うことでお使いに行ってきて。」

「いや、説明になってないぞ」

 察してよ、と憤然と言う茜に、馬鹿言うな、と返す。お前と以心伝心なんて冗談じゃない。

 そう言って茜は袋を渡した。割れ物だからね、と怖い顔で諭され、つい頷いて受けとる。紙袋の中には一回り小さい紙袋が入っていた。綺麗に包装されたそれに首を傾げる。大雑把な茜がこれくらい気を回すくらいは大切なものなのだろう。

「…和樹。今日は、本当にお願い。

 うーん、ほら。なんか奢るわ。電車賃も出すし」

 真面目な顔して頼んでくる珍しい茜に驚く。なんだこれ。奢る前に貸してた金返せよ。

「あー……。

 まぁ、俺も今日は暇だし、行ってやってもいいよ?」



 ◇ ◆ ◇



 病院なんていつぶりだろう。2年前にインフルエンザにかかったとき以来だろうか、と消毒液が微かに匂う廊下を歩きながら思った。因みに入院棟に入るのは、幼い頃親戚の赤ん坊を見に行ったとき以来だ。

 沢山の扉を隔てた向こう側から、話し声やテレビの音、小さい子の泣き声が聞こえるが、廊下は静かで、現実味のない音のように感じた。茜が夏月と出会ったのは確か中学になる前だったと思う。茜はこういう風に毎日通っていたのかと、初めて分かった気がした。

 病室の前のプレートを数度確認した後、控えめにノックする。はーい、と応じる声はやっと聞き覚えのあるもので、少し肩の力が抜けた。瞬間、茜はちゃんと彼女に俺が来ることを、来るわけを伝えているのだろうかと疑問が浮かぶ。いや、ほんと勘弁しろ。


「あれ、結城くん?どうしたの?」


 連絡は大事だと思う。茜の奴、覚えてろよ。

「あー、茜からの頼まれ事があって」

 言葉を口走ってすぐ、後悔の念に襲われる。久しぶりに会った奴に対して、第一声が言い訳だなんて。

「……久しぶり、瀬名」

 ベッドに座っていた夏月は、無理矢理仕切り直したことが誤魔化せていない俺を小さく笑って、久しぶり、結城くん、と同じように返した。

 他の二人の同室の人は丁度出っぱらってるらしい。挨拶もそこそこに、茜から渡された袋を夏月に渡す。

「わあ、ありがと。お使い?御苦労様です。

 茜は今日どうしたの?」

「あいつは、今日は補習。補習のこと忘れてたらしくて、今日中に瀬名に渡せそうにないからって頼まれたんだ」

 茜曰く、二泊三日の検査入院だそうだ。何かあったのかと思って動揺した。

 茜の補習が終わる頃の時間は、夏月の方が用事があるらしく上手く予定が噛み合わなかったらしい。そこで召喚されるのは当然俺なわけだ。

 座るよう促され、壁際に置いてあった椅子に座る。

「そんな遠くじゃ話しにくくない?」

 夏月が首を傾げながら可笑しそうに言う。

「あ、ああ。そうだな、うん。そっちいくよ」

 さて、何かな?と夏月は袋を覗く。待ちきれないというようなワクワクした様子に、俺も中身に興味がわく。急ぎつつも包装を丁寧に剥がしていく手を、俺は黙って見つめていた。

「おぉ!見て見て、結城くん!」

 夏月がはしゃいだ様子で見せてきたものはオルゴールだった。青みを帯びた透明なガラスケースに入っており、中が見えるようになっている。中の黄銅は武骨な色なのに、ガラス越しに繊細な造りがよくみえて不思議とまわりの柔らかな色合いのケースと合っていた。

 へえ、とつい溢れた感嘆に夏月はどこか自慢げに笑った。

 蓋を開けば、オルゴールが控え目に音を響かせる。オルゴールなんて、子供の頃祖母に貰ったもの以来だろうか。たしか有名な童謡そっちのけで、くるくると回る人形ばかりみていた。あれはどこに仕舞っただろう。

 食い付くようににカタカタと動くオルゴールを観察する様が可笑しかったのか、夏月は笑いながらこちらに差し出した。少し決まりが悪い気分になったが、好奇心に勝てずぐっと身を乗り出す。最初は控え目に感じたが、小さな部品をみているとよくこれだけ響くもんだと驚く。金属板にほんの少しの差異があるだけの切り込みが入っているだけなのに、何故こうも音色が違うのだろう。ぱらぱらとピンに弾かれる様をみるのも存外面白い。

「シリンダーオルゴールっていうんだよ」

「へえ。」

 オルゴールに種類があることさえ知らなかった。やはり夏月はオルゴールだとかそういうものが好きなのだろうか。いつか聞けたらいいなと、そのことを頭の隅に縫い付けた。

「ふふふ。今年はなかなか豪華ですねー」

 目に見えてご機嫌な夏月の言葉に少し引っ掛かる。

「今年?毎年送ってんの?」

 視線を引き剥がせないまま尋ねると、夏月はけろりと答えた。

「私、今日誕生日なんだ」

「は!?」

 バッと勢いよく顔を上げるが、夏月はなんともない様子でオルゴールを気分よく眺めている。きゅっと口を引き結んでいるのは、にやけるのを抑えるためだろうか。

 驚嘆の声を一度飲み込み、一旦椅子に座り直して距離をはかる。好奇心で回りがみえなくなるのを直したい。今、とても、本当に、切実に、そう思う。コホン、と軽く咳払いをして切り替える。

「……知らなかった。

 うわぁ、俺何も持ってきてないよ。知ってたらなんか見繕ってきたのに…」

 茜の奴、と本日何度目になるのか分からない悪態をつく。落ち込む俺に、夏月は可笑しそうに言った。

「別にいいじゃん。たかが誕生日だよ。そんな面白いくらい落ち込まなくても」

 面白いくらい、なのか。夏月の笑いのツボが分からない。納得出来ない俺に、夏月は続ける。

「それに、今日、これ持ってきてくれただけで十分。」

 お礼を言われてしまえば頷かざるを得ない。これも夏月の策略だったらどうしよう。

「しかし、茜よくこんな凄いもの買えたなぁ。この前お金ないって嘆いてたのに」

「そういえば、俺この前金貸したわ」

 カツアゲと呼んでいいような勢いだったが。

 納得だね!と手を打つ夏月に釣られて笑う。

「ということは、これは結城くんからのプレゼントでもあるわけだね。

 結城くん、ありがとう」

 思いも寄らない攻撃に一瞬言葉が詰まる。日頃からよく笑う奴だという印象はあったが、いつもの人を食ったようなもとは違ったものが来られると調子が狂う。

「…いや、けど、俺は貸しただけだし」

「そんな細かいことはいいじゃん。そこは素直に感謝を受けとっとくべきでしょ?」

 いつものように夏月はニヤッと笑う。誤魔化された感が否めない。

 きっと夏月は有耶無耶にしてしまいたいのだろうなと思うが、流されやすい質だと言われてしまう俺とて折れることが出来ない時だってある。悩んだ末、妥協案を提示する。

「…じゃあ、来年。来年はちゃんとプレゼント用意するよ。」

 別にどうでもいいじゃん、と難色を示す夏月を軽くあしらう。どうでもいいのなら、俺が何したってどうでもいいだろう。俺の強硬な姿勢を最終的に放ったのは、どうせ俺が忘れると高を括ったのだろう。それくらいは分かる。伊達に何年間も茜による茜の為の夏月トークに付き合わされていない。


 随分と舐められたもんだなあ、と思う。


 俺を舐めてるのか、自分自身を舐めてるかはまだ判断出来ないけれど。

 まぁ、今年は茜からその分の金を受け取らないことで自分を納得させようと思う。これはこれで茜から顰蹙を買いそうだが、なんとかかわしきろう。夏月よりは茜を相手取る方が、まだこちらも強気に出れる。俺はどうにも夏月に対して弱腰だ。

 思い通りにいかなかったことが不満なのか、少し唇を引き結ぶのを横から確認する。にやけるのを我慢するというよりは感情を隠すためのものなのかな、と考察する。瀬名、と呼びかければ素直に反応してくれて、少し安心する。


「誕生日、おめでとう」


―――めんどくさいだけだと思っていた幼馴染みに感謝していることがある。



 どうも、と軽く応じる前に、夏月が一瞬口を強く閉じたのに気づく。おお、と思うと共に擽ったい感情が込み上げてくる。


―――幼馴染みのおかげで得たものがある。それは知識だったり、出会いだったり、


 それを自分の意思で飲み下すのは無理なのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


―――感情だったり。



 擽ったい。けど、悪くない。




 来年、夏月に何贈ろう。そんなことを浮かれながら考えてた俺は、来年がくることを信じて疑ってなかったのだった。


以上、『【新】幼馴染みの親友』でした。読んで頂きありがとうございました。


伏線らしきものを散らかすだけ散らかした状態なので、その後をかきたいのですが、いつ投稿出来るか目処がたっていません。頑張りたいです。

あれでめでたしめでたしとなる子達ではないと思うので。

また読んで頂ければ幸いです。

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