第十七話
樹木が裂ける音と共に、巨大なコンクリートの塊りが目の前に落下してきた。轟音のなか、燃え盛る樹木の破片が続いてバラバラと降って来る。火のついた葉が舞い散った。
さっきの藤田弟の頭が目の前で破裂した光景が蘇った。火の豪雨が降って来る。
ハチロクの身体は強張り動けなくなった。
いい天気だった。ハチロク達は喫煙所で談笑していた。いつも手伝いに来てくれていた近隣の者達が今日に限って全員来なかったので人が足りなかったが、自分達の住む場所の事だ。みんな、自分の家も他人の家も関係なく総出で排水路を拡張して整備していた。みんな疲れていたが、笑顔だった。
突然、爆発が起きた。
皆立っていた場所から吹き飛ばされた。ハチロクも吹き飛ばされた。落下した衝撃で呼吸ができず、倒れたまま喘いで起きられずにいると、仲間達の死体がバラバラとハチロクの上に降って来た。手足や内臓らしき物も降り注いだ。何が起きたのかわからなかった。何か恐ろしい事が起きたのだ、と思った。
銃声が聞こえて来た。あちこちから悲鳴が上がった。ハチロクは死体の山に埋もれて身動きが取れなかった。全身が痛んだが、自分が怪我をしているかどうかもわからなかった。
そこは安全なはずだった。ルナリアン達に居住を許可された場所だ。いわゆるルナリアン収容所だったが、そこまで厳重に隔離されてはいなかった。安全なはずだった。
血煙に霞む視界は途切れ途切れで、脳震盪で今にも気を失いそうだった。
知ってる声が、怒声が、悲鳴が、飛び交い、意識が引き戻された。周辺地域の住民達が来ている。俺達を殺しに。親しくしていた者達が。
声を聞いて顔が浮かぶ程親しくしていた者達が、我々を殺しに来ている。バーベキューで笑いあった顔が、農作業で励まし合った顔が、ビールを乾杯して大笑いした顔が浮かんできた。
ああ、これは、自分もここで死ぬんだ、と思った。
思えば、何度も何度も裏切られてきた。家族、友人、仕事仲間、配偶者、政治も社会も法制度も。
そのうち麻痺して腹が立たなくなってしまった。期待するから裏切られるんだ。皆、人も集団も自分の、自分達の都合で俺のことを分類する。少しでいいから周囲より優越的な立場に立ちたい。少しだけ出世したい。有名になりたい。大きく成功したい。金が欲しい。世間体の良い暮らしがしたい・・・。他人の嘘がわかる分、本音もわかる。彼らは皆、自分の役に立つか立たないか、メリットがあるか無いかで自分を計る。彼らの邪魔はしないように、できればできるだけ協力するように生きて来た。普段は良かった。旧来のパッケージに合わせて、(それも大変だが)良き人間関係を保つ努力をしていれば良い。だが、彼らの望みが叶ったり叶わなくなったりして、状況が変わり自分の都合が合わなくなれば皆平気で罵声を浴びせて去っていく。俺は変わっていない。俺はずっと同じ場所に立っている。俺はずっと「良くあろう」としてきただけだ。変わったのは周囲の人間の環境と都合だけだ。月へ行くまでは。
今回も同じだと思った。彼らの都合が変わったのだ。だから殺されるんだ。ただ、月で一緒に苦労してきた「ルナリアン」仲間が殺される悲鳴は聞くに堪えなかった。月面でお互いの命を、文字通り命綱を握り合い生き延びて来た仲間達だった。彼らとは、残り少ない酸素を分け合って基地まで帰った事もあった。誰の悲鳴かわかる。誰が次々と殺されて行くのか、わかった。悲しくて悲しくてしかたなかった。だが、徐々に意識が薄れていき・・・・・
「ハチロクさん!ハチロクさん!ハチロクさん!」
ラスティの声ではっと我に返った。
そうだ、今の状況は?ここはどこだ?
「ハチロクさん!動いてください!大丈夫ですか!?」
「ああ、・・・ラスティ・・・・」
「ハチロクさん!早く逃げましょう!早く!早く!」
「尻に帆をかけて!早く逃げましょう!はやくったら!早く!!」
ラスティに引っ張られ、ハチロクはよろめきながら走り出した。よくそんな言い回し知ってるな、と感心しながらフラつく足で少し走って止まった。進めないのだ。脇道に入るしかない。
前方は崩れた建物と樹木が炎を上げている。振り向くと後ろから黒ずくめの軍隊が現れた。先ほどの様子だと鎮圧だけが目的とも思えなかった。
「殺されるかもしれない」
目の前は火の海、後ろは軍隊。万事休すか、と思った時、タイヤの軋む音と共に自動車が目の前に現れた。まだ車体が回転している状態で運転席の窓が開いた。
「おっさん!早く乗れ!」
叫んだのはタカだった。ハチロクはラスティを抱えると後部座席に飛び込んだ。アース天狗党の誰かの車だろう。改造されパワーアップした乗用車だ。タイヤのきしむ音も高く砂煙をあげ発車した。
「ひえ~、フカフカ」
シートは毛皮で覆われていた。ラスティは喜んだが、住宅街をハイスピードで走り抜けるため右に左に転がった。
「きゃーーーーー!!!」
右折左折、急ブレーキ急発進を繰り返し、座席から転げ落ちたラスティは車の中で転がり跳ね回った。
大きめの幹線道路に出た。消防車が次々とすれ違って行った。まだ、この辺りは消防隊も機能しているようだ。火をつけ爆破までした張本人は自分だが、ハチロクはホッとした。
タカが緊張した面持ちでスピードを上げる。
「おっさん、大丈夫か?怪我は?傷は深いのか?」
タカに聞かれてハチロクは自分の身体を見下ろした。確かに血まみれだが、
「大丈夫だ。俺の血じゃない。」
と聞いて、タカはホッとしたようだ。
「なんとか抜け出せたみたいだ。尾行もないようだし、そろそろ目立たないようにスピード落とすよ。」
タカの運転が穏やかになった。
「えーと、あなたは?何者ですか?」
ラスティが座席の背もたれをよじ登り、タカに尋ねた。
「あ?あー、俺?」
「そう、あなた。見たところ、先ほどのヘンテコ団の一員のようですが。」
「ヘンテコ・・・、ま、まあそうだな。そうだよ、アース天狗党のメンバーだった。今は裏切って脱走した身だけどな。おっさんにそそのかされてね。」
ふふっとや自嘲気味に笑う。
「なるほど、では「おっさん」ではなく「ハチロクさん」と呼びなさい。」
「え、ああ。おっさん、ハチロクって名前なんだ。」
「そして私のことは「ラスティさん」、または「ラスティ先輩」と呼びなさい。」
「なんで?先輩?」
「これが西遊記なら、私が孫悟空、あなたは・・」
「タカ、俺はタカって呼んでくれ」
「タカは猪八戒です。」
「えーーーーっ」
「えーじゃない。ハチロクさんは三蔵法師。三蔵法師をおっさん呼ばわりする猪八戒がどこにいますか。改めなさい。えへん。」
「じゃあ、おっさんのことは先輩って呼ぶよ。いいだろ?先輩?あきらかに年上だしな。」
「ああ、好きにしろ。」
「そんでお前は・・・」
「お前?私はこの一行の先輩ですよ?失礼ですよ?」
タカはラスティを眺めていたが、
「丸いから「マル」とか?いや、やっぱ「チビ」でいいか?」
「しっ、しししし、しっっつれいな!何がマルですか?!見た目だけで呼び名を決めるのですか!?じゃあ、じゃあ、あなたはヒョロ長いから「ヒョロ」にしますよ!」
ぷっ、とハチロクが吹き出した。それを見てタカもラスティもホッとした。
「ラスティ、仲良く行こうぜ。俺のことはタカって呼んでくれよ。3人しかいないんだ。上下関係はなしでいいだろ?」
「ラスティ。」
ハチロクにたしなめられてラスティは思い直したようだ。
「むうー、仕方ない。それでいいです。」
「で?どこ向かおうか?」
「とりあえず、阪坂方面に向かってくれ。」
「はいよ。」
「行け!タカ!ゴー!」
「おう!」
妙な道連れがまた増えた。が、まあいいか。しばらくタカに任せておこう。
「俺は少し寝るぞ。」
言ってすぐにハチロクは寝息を立て始めた。ずっと睡眠をとっていなかった。今、身体中が泥の塊になったかのように疲れを感じた。疲れ果てていた。
「任せておいてよ。」
タカはハンドルを握り直すと、助手席に座り直したラスティに向かい、
「よろしくな、ラスティ」
と改めて挨拶をした。ラスティはしばらくの間、難しく考え込んでいるような唸り声をだしていたが。
「ま、ハチロクさんがそう言うなら。いいでしょう。よろしく、タカ。」
と、返すとすぐに機嫌を直した。
「おほん。「タカ」って呼ばれているってことは、本名は「タカユキ」とか「タカヒロ」とか「タカアキ」とかですかね?「タカオ」「タカシ」「タカトシ」「タカシゲ」「タカマル」・・・」
「タカムラ ヨウスケってんだ」
「なんと!苗字のほうでしたか!これは予想外でした。ところでタカって猛禽類知ってます?タカとワシって、明確に分類されていないそうですね。比較的大きいものをワシ、小さいものをタカって呼ぶことにしているんですって。ところで、自分のことをワシっていう人はいますけどタカって言う人はいませんね?なんででしょうかね?あなたが自分のことを「タカは~」で三人称で呼ぶとその珍しい人になりますね。ひゃっひゃっひゃっ」
「ラスティ!びっくりした!お前!うるさいな!」
「ぷーーーっ!!ぎゃっはっはっは!」
我慢できずハチロクは笑い出した。
「おい!お前ら!ぎゃっはっはっは!うるせえよ!ぷっ!頼むから眠らせてくれ!!」
ぎゃははははと笑い声を車外に漏らしながら、車は西へ西へとひた走る。
END




