第十六話
ハチロクは演台の上で四つん這いになっている武田の顔面を真正面から蹴った。
武田は四つん這いの姿勢のまま後ろへフッ飛んだ。目の前が真っ赤になり鼻血が噴き出した。驚きが先に、痛みは衝撃の後からゆっくりと大きくやってきた。武田はたまらず鼻をおさえ目を強くつむった。
なによりも他人に突然攻撃されたことが武田を心底驚かせた。
これは、どういう状況だ?今、自分はどういう立場だ?今、蹴られたのか?顔を?顔を蹴られたのか?
慌てて、周囲を見渡し自分に攻撃を加えたはずの人間を探した。
煙が蔓延している。近くで乱闘をしている喧噪が聞こえる。たが、そばには誰の姿も見えない。いやそうだ、live中継は?どうなっている?今の姿も中継されたのか?見ると、演台下に久司が倒れていた。放送に使用していたタブレットも地面に落ちている。タブレットの画面は割れていた。あちこちから流れてくる煙にまきつかれ孤独を感じた武田は一瞬、怖気付きそうになった。が、かろうじて自分が持っている力を思い出した。
「.お前らあー!!こっちだこっちー!!早くこっち来ーい!!俺を助けろー!!」
信次が武田の声に気づき、組み合ってた市民を力づくで叩き伏せると、武田の方を振り向いた。
「武田さん!!」
「今、ヒサと俺を攻撃してその辺に隠れてる奴がいる!探せ!探して殺せ!」
「久兄!武田さん!どこんどいつだこらあっ!」
信次は手近にいる市民を弾き飛ばしながら演台の元まで駆け寄ると、鉄パイプを振り回し敵を探し求めた。
「どこだコラ!出て来い!」
「近くにいるはずだ!煙にまぎれて隙を伺っているに違いない。探せ!探して殺せ!!」
「クソが!出て来いオラ!ぶっ殺してやる!」
信次が荒ぶり周囲を漂う煙に向かって鉄パイプを振り回し、凄んでいるその斜め後ろ、建物寄りのところでラスティは相変わらず揺れていた。
「こんな状況では音を発して助けを求めるのも空しいですが、生存の可能性が少しでもある以上しかたないですね。えー、たーすけてー。たーすけてくーださーい。だーれーかー、っと。やーれやれ。このまま小型ロボットの燻製になるんでかねー。」
「おや、お困りですか、ラスティさん。」
「ハッ!・・ハハハ・・ハチロクさん!!!」
煙の中からヌッとハチロクが現れ、ラスティは狂喜した。ハチロクはナイフを取り出しすぐにラスティの戒めを切り始めた。
「あれ?なんで?」
「助けを呼ぶ時はもっと本気で音量最大で助けを求めるべきじゃないか?」
「いやそうだ!そうでした!ハチロクさんハチロクさんたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて」
「しっ!ストップ!ラスティ、静かにしろ!今俺が何してるかわからないか?」
「はっ、えー、ナイフで洗濯ネットを切って、・・・・今はロープを切ってますね。」
「そう、今、まさに、助けてるんだ。ちょっと黙って待ってろ。」
「はい~!え~ん、ハチロクさ~ん!」
「念入りにがんじがらめにされてるな。お前、よっぽどあいつらを怒らせたんだな。ははは。」
「今回はわざとですよ!わざとあいつらの癇に障る事を言ったりやったりして、すぐ追い出されようと思ったんです。なかなか創作的で素晴らしい思いつきを実行したんですよ。とても効果的で怒らせる事は成功してたんです。すぐ放り出されると思ったんですが、かえって酷い目に合いました。」
「そっか。頑張ったな。」
ブツッとロープが切れ、ラスティは地面に落下した。地面に接触する瞬間、アームを出して身軽に着地した。
「やった!たすかった・・・・たすかるとは思わなかったです。」
「よし、とっととずらかろう。」
さすがに懲りたのか、ラスティは何も言い返さずイソイソとついて来た。
漂う煙の中で、信次が鉄パイプを振り回し煙を切り裂きながら叫んでいた。
「クソ野郎!隠れてないで出て来い!勝負しろ!生のまま食い殺してやる!!」
市民とアース天狗党員たちの乱闘騒ぎも続いていた。叫び声が飛び交い、血しぶきがあがり、凄惨な様相を呈していた。喧噪と煙が丁度良い目隠しになってくれた。ハチロクは腰を落として、ラスティと一緒にこっそり移動した。
燃えさかる建物の炎が熱かった。建物から離れるにつれ煙も薄れて来た。施設の出入口である門扉が目の前に見えた時、同じようにコソコソと現場から逃げ出そうとしている男がいた。
「あ、・・・・」
「え・・・・・」
お互いに相手に気づき一瞬固まった。ハチロクはオドオドしている相手が誰かわかると「ぷっ」と噴き出したが、すぐ真顔に戻り、一気に走り出した。中腰のままで怖気づいて固まっている奥田のあごを鉄棒で横殴りに払った。奥田は声も発さず頭から回転し、周囲の煙をまといながら血と歯をまき散らしクルクルと回りながら吹き飛んだ。
「もぎゃーーぎゃあああああ!あああががあが!」
「ぺっ」
「おごぉぉお!ひいっひいっひいいいい!!」
泣きわめき地面を転がる奥田をチラと見たハチロクは唾棄した。
「チッ!クソでも踏んづけた気分だ・・・・。」
「ハチロクさん?」
「ああ、こいつとはちょっとあってな。さ、行こう。」
と、少し離れた場所で、煙の切れ間からハチロクの動きに信次が反応した。目を凝らしハチロクのことを認識した。
「待てゴラ!!逃げんなテメー!!」
「テメーだな!やっばり!テメーだ!!やっぱりだ!信次行け!殺せ!!」
武田も信次の視線の先を追いハチロクに気づいた。二人がこっちに向かって来る。武田は信次を追い抜かないように気をつけて走っているのがわかる。信次は錯乱しているようだ。よだれを撒き散らし手足をでたらめに振り回す様子は狂犬病にかかった獣のようだ。泡をとばしながら何ごとかかわめいている。
「あいつ、目がイッてんな。仕方ないラスティ、先に行け。」
「ハチロクさん!」
「いいから、先に行ってろ。」
ハチロクはあえて無手で信次に対峙した。腕力もスタミナもありそうな相手だ。だが隙だらけだ。先に武器を奪い無力化するつもりだった。信次は鉄パイプをビュービュー鳴らし振り回しながら迫って来る。その勢いのままハチロクめがけ鉄パイプを振り下ろす。
『流して足で抑え、ガラ空きの喉を・・』
狙おうと思ったその時、信次の頭が破裂した。目玉が左右別の方向へ飛び出すのが見えた。とっさにハチロクは地面にダイブした。屈んだまま立ち上がり方向を変えると走り出した。
「ラスティ!つかまれ!」
「はっ!」
ラスティはピョン、とハチロクのリュックに飛び乗りヒシとつかまった。先ほどまで自分達が向かっていた門の方を見ると、全身真っ黒の装備で身を固めた集団が全員銃を構えていた。後方列から発砲された弾は煙を噴き出しながらハチロク達の頭上を超え、殺し合いの乱闘を続けている党員達と市民達の足元めがけ飛んで行った。その時上空を見て驚いた。大量の戦闘ドローンが空にひしめき合っていた。いつ殺されてもおかしくなかったのだ。それでも、ハチロクは射線を振り切るように植木をまわり塀に向かって走った。最後に振り向くと黒装備の集団が発砲しながら突入するのが見えた。
ハチロクは通用門を避け、建物の裏へ回ると、出入り口の無い金網を目指し走った。この建物は既に包囲されている。狙撃手もここを狙っている。が、どこかに隙があるはずだ。
通用口からも裏口からも中途半端な位置で金網に取り付くと素早く金網を超え外に降り立った。
轟音とともに建物が崩れ始めた。火の粉が舞いハチロク達も煙と火の粉を被った。
ハチロクは建物から離れる道を探し走った。




