第十四話
「おいおいおーい!」
ハチロクがリンチをしている連中に大声で呼びかけた。彼らは動きを止め一斉に振り向いた。タカはギョッとして固まってしまった。何する気だ?このおっさん。
「祭りの準備があるだろ?そんな事してる場合か?」
見ると、いつの間にかハチロクは金属の棒を後ろ手に握っていた。まさか、この人数相手に戦う気か?いや、単に追い払おうとして言ってるのか?タカは慌てて話を合わせた。
「そっそうそう!会場設営でみんなバタバタしてんぞ!そんなやつらにかまってる場合じゃねえぞ!お前ら、こんなところで油売ってると、上からどやされるぞ!?
見張りは俺達にまかせて、さっさと持ち場につけよ!」
タカは焦って早口でまくしたててしまったが、さいわい連中は比較的最近参加した者達で若く、幼かった。教師に注意された不良生徒のような態度で、ブツブツ言いながらゾロゾロと姿を消した。揉めるかもしれないと緊張していたタカは、ホッとした。
「チクショー、あいつら無茶苦茶しやがって・・・」
さっきまで殴られていた男は、つぶやくと倒れている仲間のもとへ行きしゃがみこみ声をかけた。「おい、生きてるか?」と呼びかけている。倒れている2人とも、うめき声をあげた。なんとか生きているようだ。だが、手当らしいことは何もしてやれない。
タカはふと顔を上げた。男が二人、立ち去らず残っていることに気づいた。おそらく本来の見張り役だろう。こいつらはリンチを止めもせず、ただ傍観していたわけだ。
ハチロクが倒れている捕虜連中の間をせっせと動きまわっていた。タカはなんとなくその姿を見ていた。見張りの二人も同様に、ぼんやりとハチロクの姿を眺めていた。
「ん?おい・・・・」
見張りの一人がふと我に返って声をあげた。
「おい、そこのお前!なにやってんだ?」
もう一人も気が付いた。
「おい、タカ、あいつ根本か?おい!何やってんだ?おい!」
と、次々と捕虜たちが立ち上がった。
皆、手首や腕をさすっている。ロープや結束バンドなど、いましめは解かれていた。中には立ち上がることの出来ないものもいて、仲間の肩を借りてやっと立っていた。全員が見張りの二人を睨みつけている。
「おっ、おい・・・」
「やばっ」
見張りの二人は青ざめた。一人が鼻をならした。
「なんだ?この匂いは・・・?」
「死体でもあるのか?いや、腐った酒?
古い居酒屋に放置された死体のような・・・うわ!くっせえ!根本だ!根本の臭いだ!!」
鼻を押さえて騒ぐ二人の背後に、鉄棒をたずさえたハチロクがいつの間にか立っていた。
「!!」
二人が振り向く前に金属の重い打撃音が連続し、見張りは二人とも声も出さず倒れた。
「自分の責任じゃ無いとは言え、『臭い』って言われるのは傷つくな。」
ハチロクは笑いながら、見張りの一人から革ジャンを奪いとり自分が着ていた物と取り換えた。
さっきまで殴られていた男も、仲間に手足のロープを切ってもらい、自分の受けたダメージを確認しながら立ち上がった。
「あんたは?あいつらの仲間じゃないのか?」
顎をさすりながらハチロクに聞いた。
「ああ、俺はあいつらが目の敵にしてる『ルナリアン』だよ。」
「!!」
その場にいる皆が一斉にハチロクを見た。タカも改めてハチロクをマジマジと見た。このおっさん
ルナリアンだったのか。いや、そもそも処刑するって話で・・・・。
すると、そのさっきまで殴られていた男と、捕虜だったうちの7人ほどが、前に歩み出た。
「俺達も『ルナリアン』だ。」
残りの者はさらに驚いた。
「はははっ」
ハチロクが笑った。あの男、あれだけ殴られ蹴られしても否定していたのに、本当は『ルナリアン』だったとは。いい根性している。
「タカ、ここはもういいよ。お前もさっさと持ち場に付け。出店をまかされてんだろ?」
ハチロクにうながされ、タカも我にかえった。そうだ、自分は自分でやることがある。この連中のことが、この連中が何をするのか、心配ではあるが、今夜自分は脱走するのだ。どうなろうと知ったことか。
ハチロクにうなずくと、タカはその場を後にした。
「焼そばひとつください。」
呼びかけられて、我に返った。10才ぐらいの女の子が目の前にいた。
「はいよ、焼そば一つね、三千・・・・・いや、お金はいいや。4人かい?4つ持ってきな。」
きょとんとしている女の子にタカは言った。
「この店の物、好きに持ってっていいよ。それから、
早くここから逃げろって、出来るだけみんなに伝えな。いいね?」
女の子は何も言わず、びっくりした顔でタカを見つめていたが、急に振り返って駆け出した。
家族と一緒に焼きそば持って逃げてくれ。タカはその後ろ姿をボンヤリ見送った。
「あ、あー、テステステス〜テステス〜」
「大丈夫か?聞こえてるな?よし。」
武田の声が鳴り響いた。みんな、近くのスピーカーを探したり、武田が居る方向を眺めたりし始めた。
「それでは!ただいまより、第58回!『アース天狗党、大!壮行大集会を開始する!!!」
歓声が上がった。タカの周りでもアース天狗党員達が「おおー!」「イエエー!」と騒ぎ始めた。そろそろ騒がしくなりそうだ。
グラウンドに散らばり、宴会をしているグループが立ち上がり大騒ぎしている。無理矢理集められた市民たちは、その外側を大きく取り囲むような形で不安そうに見守っている。
宣誓台の上、武田は甲冑姿で悦に入っている様子で続けた。
「まずはアース天狗党員諸君!日々の活動、大変ご苦労である!諸君の地道な活動が、我らの存在意義の証明となり、『愛国救星』の旗の元、この星を、地球を平和へ導くものとワシは固く信じている!」
おおー!と強い歓声が上がる。武田の両脇に並んだ『愛国救星』の旗がパタパタとはためいた。
「そして!Z星人再来の時には、最後の一人になろうとも死ぬまで戦い抜き、地球人類の誇りを見せつけてやろうではないか!!地球人類総玉砕も辞さず!その覚悟で来たるZ星人再襲来を迎え撃とうではないか!!」
「おおー!!」と答える歓声が巻き起こった。
自分の言葉に酔ったのか、武田は涙ぐんでいた。
「しかし、我々のこの長い戦いの旅なかばで、悲しいかな仲間から犠牲者も出た。我々は彼ら崇高な理想に斃れて行った仲間達のことを永遠に忘れない!そして、地球の裏切り者、にっくき『ルナリアン』たち、さらに、あろう事か我がチームを脱走しようとした不届者達を、この場で公開処刑し、死んでいった我らの仲間の魂を慰め、皆が益々、理想に向かって意気軒昂に進撃するようにと願うものである!!」
うおおおおー、と歓声が上がった。興奮して震えている仲間、いやもう元仲間か、タカは彼らを冷めた目で眺めていた。
武田は涙をボロボロこぼしながら、壇上から皆に頷いて見せた。それを見て感激のあまり泣き叫ぶ党員も出てきた。
「愛国救星!愛国救星!」
大勢が声を合わせてスローガンを叫んでいる。
武田はしばらく皆が騒ぐままに任せていた。やがて両腕を振り上げ自分も一緒に唱和し始めた。
「愛国救星!愛国救星!愛国救星!」
何度も何度も繰り返し叫んだ。集団興奮状態。その場にいて叫び続ける者達は、一体感に酔いしれ、重要で大きなものの一部であることを実感し安心を得、さらに同じ目標に一丸となって進んでいる状況にお互いの興奮を連鎖させ相乗効果によりより大きな興奮を得ていた。
昔から注目される事が好きだった。理由など何でも良かった。とにかく自分に注目が集まる事が好きだった。武田は、その興奮の中心に自分がいることに大いに満足した。大勢が自分に注目している。自分の動き一つ一つ、言葉一語一語に集中している。この瞬間は、惨めな思いばかりしてきた過去も、悲惨と恐怖に満ち溢れた孤独も、嫌な事は何もかも吹き飛び最高の気分だった。自分は今この場にいる中で最高の存在だ。この気分を味わうために、こんな馬鹿共を引き連れていると言っても良いぐらいだった。
数十人の若者が演壇のそばまで集まり、武田に向かって大声で忠誠を誓っている。
「俺の命を使ってください!俺の命!俺を使ってください!」
「武田さん!一生ついて行きます!一生ついて行きます!」
自分に向かって足元で泣きながら叫ぶ若者たちに、優しく微笑み頷いてみせる。内心では、こいつらはとんでもない馬鹿だと思っているが、いつか役に立ってもらうため、顔を覚えておこうと思った。
武田にとって、昔から馬鹿を操ることは難しいことではなかった。皆、例外なく奴隷気質を持ち、奴隷になりたがる。そして、皆が同じ横並びの奴隷の身分で不満が出て来るようになると、次は皆が皆、役職付きの奴隷になりたがるのだ。となりの奴隷よりほんの少しでも報酬が良いか待遇が上なら満足する。その時に適当に役職をでっちあげ、持ち上げて使う。ダメになったら使い捨てる。そうやって自分の、自分の属する集団の希望をかなえるのだ。
これは平和な時代に社会で学んだ事だった。どこに行っても同じ構造だった。それが、武田が学んだ人間社会の本質だった。
周囲の人間達が固まって動けなくなるような状況、目の前で人が倒れるとか、自動車事故が起きたとか、電車で騒ぎが起きるとか、そういった場面では、武田は素早く適切な判断をくだし、皆に指示を与えることができた。皆が不満を口にできない時、皆の気持ちを代弁して発言できた。そして、その場が盛り上がることを即座に思いつき、口にすることができた。これは才能だと思っていた。他の誰にも無い、特殊な才能だ。特に、残酷な事はよく思いついた。そうして「アース天狗党」の活動は行われてきたのだ。
まさに、今がその瞬間だ。
「では!地球の裏切り者たちの処刑を開始する!!ルナリアンと脱走者を連れて来い!!」
「処刑だーーーーーっ!!!」
「うおおお!!!」
「ころせえーーーーっ!!!」
会場はより一層興奮のボルテージが上がった。
END




