迷宮
「ごめんなさい。お茶すら用意してませんでしたね」
アイリスが手を叩き、立ち上がる。
ちょうど話に区切りがついたタイミングだ。
「あっ! 私も手伝うよ!」
「いえ、サナ様に……」
「サ・ナ!」
「サナ……さん」
「ん〜〜〜! まあひとまずはよし! ほら! 一緒にやろ!」
困るアイリス。ゴリ押すサナ。
結果は引き分けだった。
そのまま二人はキッチンへと消えていく。
……というか普通に部屋にキッチンがあるのな。
なんて思いながら俺はお茶の用意を始めた二人に声をかける。
「そう言うのって普通は執事とかメイドがやるものじゃないのか? アイリスは王族だろ?」
「そうですね……一般的には。私のこれは単純に好きなんです。趣味だと思って下さい」
にこやかな笑みを浮かべつつも、アイリスの手は止まらない。慣れた手つきというやつだ。こういったことは日常茶飯事なのだろう。
「今日は振る舞う相手がいて嬉しいです」
しばらくするとキッチンから戻ったアイリスとサナが、手分けしてソーサーとカップを準備していく。
見るからに高そうなお茶セットだ。だけどサナはそんなこと気にもせずにテキパキと準備を進める。
「これであってる?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。あとは私が」
「いえいえ!」
腰を下ろしたサナとお茶を淹れていくアイリス。
カップからは湯気が立ち昇り、何ともいい香りがした。
お茶の種類なんてわからない俺だが、美味しそうな香りなのはわかる。
「どうぞ。お口に合えば幸いです」
「いただきます」
アイリスの入れたお茶は俺の予想通り、美味しかった。味は紅茶に似ていた。
おそらく近いものなのだろう。
そうして一服ついた後、話を再開した。
「さて。早速だけどアイリス。キミが持っているラナの情報を教えてくれないか?」
「はい。と言っても手掛かりという手掛かりはありませんが……」
「些細なことでも構わない」
「わかりました。私が捜索に使っているのは冒険者で――」
「――冒険者ってアノ!?」
アイリスの言葉を遮って大声を上げたサナ。
その瞳はキラキラと輝いていた。
……そういえばサナは小説が好きだったな。
おそらくは俺の影響だと思う。
「サナさんの言うアノというのは分かりませんが、迷宮を――」
「――迷宮ってアノ!?!?!?」
流石のアイリスも苦笑を隠しきれていなかった。
ともあれ話が進まない。俺は隣にいたサナに軽くチョップを落とす。
「痛たぁ!」
「話の腰を折るな」
あまり痛くないだろうに。
大袈裟に痛がるサナを無視して話を進める。
「冒険者は迷宮を攻略する者達、だっけか? たしか創世教だかなんだかが主導してるんだよな?」
「レイさんの言うとおりです。この世界、レスティナには創世神レスティナを唯一神とする宗教があります。その名も創世教。創世教の教典には、迷宮を滅ぼさなければ世界が滅亡すると記されています」
「物騒だな」
カナタは腕を組みながら眉を顰めた。
俺もその話はラナから聞いている。
この世界を創造した女神レスティナは邪神と戦っていた。
邪神との苛烈な戦いで傷付いた女神はこの星の中心部で傷を癒している。
そんな女神を邪神は今も尚狙っており、迷宮は女神を殺すための終末装置なんだとか。
ラナは迷宮も魔物の一種だと考えていたようだが、正確なことはわからない。
ともあれ、迷宮が下に伸びて成長するのも星の中心部にいる女神を倒すため、というのが創世教の教えだ。
「というわけで迷宮を攻略した者には、創世教の総本山である聖王国から莫大な報奨金が与えられます。たとえ攻略できなくても、魔物の素材は武器や防具に転用できます。なので高値で取引されています。ようするに金ですね。冒険者というのは儲かるんです。それもあって一攫千金を夢見た冒険者たちが迷宮を攻略しています」
「世知辛ぇな」
これにはカナタも苦笑を漏らす。アイリスも同じような顔をしていた。
「そうですね。ですが好都合でした。私は冒険者に迷宮内の調査を依頼したのです」
「迷宮? ラナは迷宮に囚われてるってことか?」
実際に迷宮に行ったことがないのでわからない。
だけど俺が殺され続けたあの空間。あそこが迷宮内だと言われると少しだけわかる気がする。
「いいえ。迷宮だと決めつけているわけではありません。国内の捜索は騎士団を動かしています。ですが、騎士団は迷宮に関して専門外、それに他国へ騎士団を派遣するわけにはいきませんので……」
アイリスは苦い表情を浮かべていた。
実際は他国も捜索したいのだろう。だけど騎士団が動けば、それは侵略と捉えられてもおかしくない。
だからできることをやっている。
「なるほどな。それで専門家を当てたわけか。ちなみに騎士団は何か手がかりを?」
「いいえ。王国内は全て捜索しましたが不発でした。それと……」
アイリスが魔術式を記述する。
すると部屋が結界に包まれた。
「一応俺も張っとくか」
カナタも便乗し、二重の結界を張る。聖女と特級魔術師の結界だ。そう簡単に破られはしないだろう。
「ありがとうございます。これはここだけの話にしてください」
アイリスの言葉に全員が頷く。
それを見てアイリスは口を開いた。
「他国には隠密部隊を放っています。しかし手がかりは掴めていません」
「なるほどな。迷宮の調査状況は?」
アイリスは立ち上がると、引き出しから一枚の紙を取り出した。大きめの紙だ。
俺たちはささっとテーブルの中央を空ける。
「ありがとうございます」
「これは……地図か?」
広げられた紙には地球で見るのと同じような地図が描かれていた。
「はい。グランゼル王国の地図です。国家機密ですので見たことも内密でお願いします」
「そんなもの見せていいのか?」
「お姉様が信じた方です。ですから私も信じます」
アイリスが真っ直ぐな瞳で俺を見た。
その信頼には応えなければならない。
「わかった。信じてくれてありがとな」
「いえ……。では説明しますね。この丸印が迷宮です。黒く塗られている箇所は攻略済みの、バツ印の書いてある場所が調査済みの迷宮です」
説明を聞いて俺は疑問に思った。
地図にはバツ印の付いていない迷宮が三つあった。立地的にも調査の行えない場所ではないように思う。
「この調査していない三つはどうして調査しなかったんだ?」
「お金ですね。冒険者にお願いしている調査は私の個人的な私財を使っています。そのお金で雇えるのはA級まででした」
「……なるほど。となるとこの三つはS級か」
冒険者にランクがあるように迷宮にもランクがある。S級といえば最上級の迷宮だ。危険度も他の迷宮とは比べ物にならない。……とラナが言っていた。
それこそ攻略にはS級を筆頭に何十人もの冒険者を必要とするらしい。
「ならまずはS級迷宮の調査が先決か……。って言いたい所だけど、アイリス。俺たちの強さはこの世界でどれぐらいになるんだ?」
俺たちは自分の強さがわからない。
弱いということは無いと思いたいが、S級が俺たちの遥か高みにいる可能性だってある。
それを知らないで突っ込むなどただの自殺行為だ。
しかして、アイリスは答えた。
「個の強さであればS級以上は確定です」
「根拠は?」
「ソルド騎士団長が元S級冒険者だからです」
「なるほど。理解した。なら方針としてはS級の迷宮を攻略する、でいいか?」
「はいはいはい!」
そこでまたもやサナが勢いよく挙手をした。
「はい。サナさん」
「なんでそれでレイとカナタがS級以上確定になるんですか?」
「それは俺たちが騎士団長より強いからだ」
「なんでそんなことがわかるの? 戦ったっけ?」
「実際に剣を交えてはいないけどな」
「ん?」
サナの頭上にハテナが浮かんだ。たしかにイメージし難いかもしれない。
「いいかサナ。戦いにおいて相手の力量を測るのは大事なことだ。剣の構えから細かな重心移動、視線移動、筋肉の力み、呼吸の仕方、間隔、と強さを測ることは実際に剣を交えなくても可能だ。そしてこれは騎士団長も同じ。だからあの時、彼は先手を踏み止まったんだ」
「ほへー?」
「わかってないな?」
「うん。全く」
「じゃあ実演だ。サナ。さっきの刀を出して構えて。アイリス。あそこの剣を借りても?」
俺は壁にかかっていた調度品の剣を指差す。
「はい。構いません」
了承を得て、調度品の剣を手に取る。
アイリスの私室はとても広い。剣を振るのにも十分なスペースがある。
「サナはそこに立って」
「はーい」
俺とサナは少し離れた場所に立つと向かい合った。
サナは聖刀となったフィールエンデを呼び出し、構える。俺も同じようにして調度品の剣を鞘から抜き放ち、構えた。
「自由に攻撃してみてくれ」
「え? これ真剣だよ?」
「大丈夫だ。絶対に当たらない」
俺の言葉にサナが目を細める。
「……レイ。私を舐めてるでしょ? 同じ道場に通ってたんだよ?」
「ああ。それがどうした?」
挑発するようにニヤリと笑う。するとサナの眉がピクリと動き、聖刀を振るおうとした。
しかし結果として振らなかった。正確には振れなかった、が正しい。
「む〜〜〜。でもわかった」
サナは頬を膨らませながら呟くと聖刀を下げた。
側から見ればただ向かい合っていただけだが、今の一瞬で掛け引きを行っていたのだ。
サナが聖刀を振おうとすれば俺は重心や剣の切先を少しだけ移動することで攻撃の始点を潰した。
結果としてサナは聖刀を振れなかっただけのこと。
「なんでこんな強いの!? もしかして! 昔は手加減してた!?」
「してねぇよ。昔は俺も弱かったんだよ」
そう言って俺は剣を鞘に納める。
「まあレイの言いたいことはわかったよ。じゃあS級の迷宮に行くんだよね……っと!」
サナは聖刀をしまう。と見せかけて居合を放った。
だけどサナならやりかねない。そう思っていた俺は鞘に収めたままの剣でサナの攻撃をはたき落とした。
「甘いですよ? サナさん?」
「む〜〜〜!」
サナは頬を膨らませてドカッと椅子に座る。聖刀は光となって消えていった。かなり不満そうだ。
そんなやりとりを見ていたアイリスとカナタは軽快に笑っていた。
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