母
俺は修行に明け暮れた。
雨が降ろうが、雷が降ろうが関係ない。
ただ、俺は剣を振り続けた。ラナを救うという誓いを胸に――。
幸い、師匠、もとい爺は師としては完璧だった。
約束通り、力の使い方や剣技を学んだ。しかしひたすらにスパルタだった。
実戦形式では何度も死にかけたし、暴走しかけた回数も両手の指では足りない。
呼び方が師匠から爺になったのも仕方のないことだ。
ともあれ、ラナを救うために必要なのは主に二つ。
異世界へと渡る方法、そしてあの忌々しい封印を破壊する方法だ。
爺には封印を破壊できそうな魔剣や魔導具の情報をかき集めてもらった。
しかし結果は芳しくなく。そんな都合のいいモノは無かった。
だから俺はひたすらに自分の剣技を磨いた。磨いて磨いて磨き続けた。
ちなみに、爺の正体は未だに謎だ。
魔術協会にも所属していないらしい。わかるのは星を守るという目的だけだ。
その他は、はぐらかされて教えてくれなかった。
気にはなったが向こうへ渡ったらこっちのことは関係がなくなる。
だから深くは聞いていない。
そんなこんなで、あっという間に一年半が経過した。
「まさか、勇者召喚が地元とはな」
電波塔の頂から夜の闇に沈む街並みを見下ろす。
東京の郊外にあるこの街は閑静な住宅街だ。俺の記憶にある街とほとんど変わっていない。
「……母さん元気にしてるかな」
そんなわけはないと思いながらも呟いた。
父さんが行方不明で息子も行方不明なのだ。元気であるはずがない。
「とんだ親不孝者だな。俺は」
しかし会うわけには行かなかった。
爺に聞いたところ、俺は行方不明扱いとなっている。
というのも、夢の中で暴走しラナと戦っていた時にこちら側にある体も暴走していたらしい。
結果として病院は火事になった。
奇跡的に死者は出なかったらしいが、新聞の一面を飾るほどの大火事だったのだとか。
この地球では魔術的な事柄は秘匿されている。だから、汚染された俺の体も表に出すわけにはいかない。
よって、俺は行方不明という形で爺に匿われた。とは言いつつもほとんど誘拐だったらしいのだが。
しかしそれも昨日までだ。向こうの世界に渡ればこちらの世界の事情など関係ない。
……それにもう二度と会えなくなるんだもんな。
おそらく、勇者召喚で向こう側へ渡ったら帰る手段はない。なら最後に会って安心させたい。俺は生きてると伝えたい。
たった一人の家族なのだから。
……それに、爺からは止められてないしな。
止めても無駄だと思われた可能性もあるが、気にしなくていいだろう。
「よっ……と」
俺は電波塔の頂から身を躍らせる。
普通の人間ならば死ぬ高さだが、俺には関係ない。
音もなく着地すると、俺は生まれ育った家へと歩き出した。
家は最後に見た時と何一つ変わっていなかった。
ごく普通の一軒家。二階建てで小さな庭もある。
母さんは花を育てるのが趣味で、庭では数多くの花を育てていた。
今も綺麗な花が塀の上から顔を出している。
「ただいま」
小さな声で呟いて、門を潜る。
この時間、母さんは庭にいることが多かった。だから俺は玄関へは行かずに庭へ赴く。
予想は当たり、庭に置いてあるベンチに母さんが腰掛けていた。何をするでもなく穏やかな表情で彩色豊かな花たちを眺めている。
その光景を俺はいつも幻想的だと感じていた。
母の名前は柊木セリーヌ。
名前の通り日本人ではない。外国の、欧州出身だと聞いたことがある。
輝くような金髪に金の瞳。子供を一人産んでいるとは思えないほどのスタイルと若々しさで、姉弟と間違われたことは一度や二度ではない。
そんな母さんが色とりどりの花を眺めている光景はまるで絵画のようだった。
「……?」
突然、庭に現れた侵入者に母さんはすぐに気付いた。
俺の見た目は随分変わっている。
精神的ストレスで病的なまでに白くなってしまった髪はそのままだが、体格が全然違う。
入院していた頃は風が吹けば飛んでしまいそうな程に貧弱だった。だが今は身体全体に程よく筋肉が付いている。
加えて年も重ね、成長した。
背はあの頃とは比べ物にならない程、伸びている。
一瞬だけ「わかるかな」と不安に思ったがそれは杞憂だった。流石母さんだ。
「……レイ?」
俺を見て母さんは呆然としていた。
いきなり行方不明になっていた息子が帰ってきたのだ。その反応は至極当然。
「ただいま母さん」
俺は気まずさもあり、曖昧に笑顔を浮かべた。
そんな俺の内心なぞいざ知らず。母さんは駆け寄ってきてハグをした。
俺も母さんの背に腕を回す。
「ごめん。今まで連絡もしないで」
「いいの。こうやって帰ってきてくれただけで……。……おかえり」
そう言って母さんは涙を流した。
すぐそばから聞こえてくる嗚咽に心が締め付けられる。
俺は母さんが落ち着くまで、背を撫で続けた。
母さんが落ち着いた後、俺はリビングで麦茶を飲んでいた。
……いつもの味だ。
その味は懐かしく、帰ってきたんだとようやく実感が湧いてきた。ずっとここにいたいと少しだけ思ってしまったが、それはできない。
母さんが俺の前に座った。
長くいられないことを伝えなくてはならない。
「母さん。俺、遠いところに行かなきゃいけないんだ」
「うん。いってらっしゃい。気を付けてね」
それで会話は終わった。俺は拍子抜けして目を瞬いた。てっきり止められるものとばかり思っていたから。
「え? 止めないの?」
「私が止めても止まらないでしょ? それに今のレイはハジメさんと同じ目をしているから。大切なものを見つけたのね」
ハジメ。柊木一は俺の父だ。
幼い頃、行方不明になったと聞いている。だから顔も写真でしか見たことがない。
しかし母さんからたくさん話は聞いている。
俺にそっくりで、とても優しい人だと。
「うん。大切だ。世界で一番」
俺はそう断言した。この言葉に偽りはない。
なにせ世界を越えて救いに行くと誓ったほどだ。
すると母さんはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「ならいってらっしゃい。怪我……は少しなら仕方ないと思うけど、あまり大きいのはしないように気を付けて?」
「……うん。がんばるよ。でも……もう帰ってこられないと思う」
「いいわ。レイが生きているってわかっただけで私は充分」
「……ごめん」
「サナちゃんとカナタくんとは会うの?」
皇城紗那と一之瀬彼方。
幼馴染の二人だ。小さな頃からよく三人で遊んでいた。たまにカナタの妹も混じって四人になることもあったぐらいだ。
家族ぐるみの仲。そんな言葉がよく似合う幼馴染たちだ。
だけど会うわけにはいかない。
「サナもカナタも絶対ついてくるって言うからね。それはやめとくよ」
誰かが困っていたらみんなで解決する。それが俺たちだ。
たとえ異世界であろうときっと頼めば、二人はついてきてくれる。だからこそ頼めない。
二人には二人の暮らしがある。
それは魔術とは無縁の平和な世界だ。血生臭い経験をするのは俺だけでいい。
「確かにそうね。それがレイの判断なら尊重するけど、サナちゃんとカナタくん、レイがいなくなってショックを受けていたわよ? サナちゃんなんてずっと泣いてたんだから……」
「……そうか。悪いことをしたな。……じゃあ俺が行った後に二人には生きていることだけ伝えてくれないか?」
本当は自分で言わなければならないのだろう。だけど会ってしまったら俺は堪えられないかもしれない。
手伝ってくれと、付いてきてくれと言ってしまうかもしれない。だからダメだ。
会うことはできない。
しかしそんな思いを見越したのか、母さんは首を横に振った。
「私が伝えるのはイヤよ。でも手紙を渡すぐらいならしてあげるわ」
「その手があったか」
目から鱗だ。数年手紙なんて書いていなかったから頭からすっぽ抜けていた。
それなら会わずに気持ちを伝えられる。
「わかった。このあと手紙を書くよ」
「お母さんもそうするのがいいと思う。渡すのは任せて」
「うん。お願い。ありがとう」
「それはそうとレイ。今日はもう遅いけどどうするの?」
宿の手配はしていない。勇者召喚の時間は明日の夜だ。ズレることはないと聞いていたが、万が一ズレたら目も当てられない。
だからいつでも動けるように野宿でもしようかと思っていた。
しかし勇者召喚は巨大な術式らしいので発動すればすぐにわかる。なので家にいても問題はない。
というより、最後ぐらい家にいたい。
「野宿しようとしてたけど、泊まってもいい?」
「泊まっていいも何もレイの家じゃない」
当たり前のように母さんが言った。自然と笑みが溢れ、温かい気持ちになった。
「確かにその通りだね。ありがとう母さん」
俺はお礼を言うと久しぶりの家で体を休めた。
明日の勇者召喚に備えて。
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