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帰還

 バッ目を開けると、視界に強い光が飛び込んできた。久しぶりに肉体で感じる光に目を細める。


 ……ん?


 心の内から湧き上がってきたのは一つの違和感。


 ……病院じゃ……ない?


 一瞬だけ見えた景色が予想していたモノと違った。

 俺が眠りに落ちた場所、それは病室だ。それも精神科の閉鎖病棟。それは間違いない。

 睡魔であまり意識ははっきりとしていなかったが、ずっと入院していた。


 だが今見た景色は病室の天井とは違う。

 おそらくは木造。その証拠に、仄かに井草の匂いがする。ならば和室か。

 

 ……どこかに移動させられたのか? だけど、なんで和室?


 転院でもしたのだろうかとも考えたが、和室の病室なんて聞いたことがない。だからおそらくは違う。

 よって、何かが起きていることは明白。寝ている場合ではない。

 俺は全身のバネを使って跳ね起き――。


「――ッ!」

 

 殺気がした。

 まるで喉元に抜き身の刃を突き付けられているかのような、濃密な殺気。ラナと模擬戦をしていなければ、反応さえできなかっただろう。

 だけど今の俺は、前までの俺ではない。

 俺はそのまま跳ね起きて()()を解く。


『第二封印解除!』


 何年も寝たきりだった身体だが、思うように動く。おそらくバケモノの肉片を取り込んだおかげだろう。

 

 俺は黒刀を作り出し構え、闇を放出する。


「……」

 

 霞む視界で前を見た。

 かろうじて誰かがいるのはわかる。


「その言葉……」


 声の感じは低く、渋い声。

 俺は油断なく、その人物を見据え、目が慣れるのを待つ。すると次第に目の前にいるのがどのような人物かが見えてきた。


 目の前にいたのは一人の老人。

 真っ白な長髪を後ろに流し、立派な口髭を蓄えた人物だ。

 

 しかし老人だからといって全く油断はできない。

 老いとは無縁とばかりに鍛え上げられた体躯。そして肉食獣のような鋭い眼光。

 纏う雰囲気はラナと比べても遜色がない。


 無手の武人。


 そのような言葉が脳裏に浮かぶ。

 俺では絶対に勝てない圧倒的な格上だ。

 だけどこのまま殺されるわけにはいかない。


 俺には誓いがある。


 なんとしても生き抜かねばならない。

 だから、限界まで封印を解除する。


『第四――』

『――やはり聞き間違いではないな。……貴様。その言葉は向こうの人間か?』


 遮られた言葉。だけどそんなことはどうでもいい。

 驚くべきは老人が口にした言葉。それは、ラナの世界の言語だった。


 ……なぜこっちの人間が知っている!?


 老人は()()()と言った。ならここは地球で間違いないはずだ。


 だけど好都合。

 俺はラナを救うと誓った。だけど具体的な方法はわかっておらず、手掛かりも少ない。

 だというのに目覚めて早々、手がかりが転がり込んできた。

 この好機、なんとしても掴まなければならない。

 

 俺は言葉を選んで口を開く。


「俺は向こうの人間じゃない。日本人だ。なんでアンタはその言語を知っている?」 


 俺が話した日本語に今度は老人が目を見開いた。


「……日本人……か?」

「俺はちゃんと日本人だ」

「……どうやら暴走の心配はなさそうだな」


 フッと、殺気が霧散した。

 嘘みたいに空気が軽くなる。だけど気は抜かない。

 いつ襲われても対処できるように。


「……」

「そう心配せずとも良い。見たところ呑み込まれていないようだからな」

「……呑み込まれる心配はない。封印してある」

「ほう?」


 老人は一つ呟くと、口髭を撫でた。


「その様子だと、自分の中にあるのがどのようなものかは理解しているようだな?」

「……」


 肯定も否定もしない。

 どの程度情報を開示するべきか。今はまだ判断できる材料が少ない。

 

「……いいな小僧。その慎重さは好ましい。だが、今は話が進まない。手荒に行くぞ?」


 老人がそう口にした瞬間、その姿が掻き消えた。――と思った瞬間には目の前に手刀が迫っていた。

 俺は咄嗟に反応し、黒刀で手刀を斬る。


「なっ!?」


 信じられないことが起こった。

 あろうことか老人の手刀が俺の黒刀を弾いたのだ。


「まだまだ甘いな」


 そのまま首を掴まれ、床に叩きつけられる。


「がはっ!」


 気付けば、手刀が目と鼻の先に突き付けられていた。


「……力の差は理解したか? オレはいつでもお前を殺せる」

「……チッ。……封印再起動」


 闇が消え、黒刀が消失する

 すると老人は不敵な笑みを浮かべた。

 

「わかってもらえたようでなによりだ」


 老人は首から手を離すと、手を差し出してきた。


「オレの名は神道尊(しんどうミコト)だ。よろしくな柊木レイ」

「……は? なんで俺の名前……」

「まあ、それはあとでいいだろ。まずは封印を見せろ。オレが直々に()てやる」

「……その前に聞かせろ。向こうに行く手段はあるのか?」

「ある。その方法を教えるのも吝かじゃない。だからさっさと封印を見せろ」

「……わかった」


 俺は観念して、シャツをはだけさせて胸元を露出させる。そこにあるのは魔術刻印。

 ラナが刻んでくれた封印だ。


「……ほう。これはこれは」


 老人は刻まれた魔術刻印を見て、一つ頷いた。


「オレが手直ししてやるつもりだったが……。これを刻んだヤツは天才だな……」

「だろ?」


 他人にラナを褒められるのは気分がいい。誇らしくなってつい口角が上がる。

 

「……なんでお前が得意げなんだよ」

「……いいだろ別に。じゃあ約束通り教えろ。向こうに行く方法を」

「その前にもう一つ質問だ。レイ。お前、()()()をどこで手に入れた?」

 

 ()()()

 老人が言っているのは闇のことだろう。あまり言いたくはないが、情報を得るためには仕方ない。

 だが、同時にどう伝えようかを迷う。

 なにせ夢の中の出来事だ。きっと話しても正気を疑われるだろう。

 迷っていると、何を勘違いしたのか、老人は眉をひそめた。


「大人しく教えろ。じゃないと教えてやらねぇぞ?」

「別に隠してるわけじゃない。とても信じられない話だからな」

「なんでもいいから早く言え。非日常的なことなんてオレにとっちゃ日常茶飯事だからな」

「……わかったよ。言っとくが、これから話すことは全て事実だ。だから疑うなよ?」


 そうして俺は全てを包み隠さずに話した。

 事実だけを淡々と。

 初めて夢を見て、殺され、その果てにラナと出会ったことを。そして、ラナを救うために異世界へと渡りたいということを。


「なるほどな。俄には信じられないが……」

「だから言ったろ? とても信じられない話だって」

「いや、そっちじゃない。オレが信じられないのはお前が生き……。いや今はいいか」


 老人は一人で納得して、頷いた。


「俺は話したぞ。だから教えろ。向こうに行く方法を」

「いいだろう。……結論から言う。勇者召喚だ」


 薄々、そんな気はしていた。

 俺が持っていた数少ない手掛かり、それはラナから聞いた勇者召喚のことだ。

 魔王を倒すために召喚されるのは地球人。選ばれる条件は不明だが、俺自身が勇者になって召喚してもらうのが一番確実で手っ取り早い。


「だが勇者召喚はもう起きない……だろ?

 

 老人の言葉に俺は頷く。

 問題はそこだ。

 魔王は既に封印されている。だから新たに勇者が召喚されることはない。


「レイ。本当に封印には成功したのか?」


 質問の意図が読めない。なぜそこを疑うのか。

 ラナが楔となっている以上、成功していないはずがない。

 

「どう言うことだ?」

「まず初めにオレが持っている情報と整合性が取れていない」

「整合性?」

「ああ。いいかレイ。まず前提条件として地球にも魔術師は存在する」

「……は?」


 つい口から呆けた声が出た。

 こんな時にボケないでくれと思ったが、老人は至って真面目。とても嘘をついているようには見えなかった。


「……わかった。仮に魔術師がいたとして、それがなんなんだ?」

「日本の魔術協会には預言者と呼ばれる一族がいる。その当主がつい先日預言を行った。結果、次の勇者召喚は約一年半後に行われる」

「……その預言っていうのは当たるのか?」

「運命力の強い人間が介入しない限り百発百中だ。だからオレは、封印は成功したのかと聞いた。どうなんだ?」

「当たり前だろ。じゃなかったらなんでラナはあんなところに囚われているんだ?」


 俺の言葉に老人が首を捻る。

 

「……なら別の要因か? 封印が解かれる? レイが解くからか? でもそれだと因果関係が……」


 老人が何やら考えだしたので俺は言葉を遮った。


「とにかく、勇者召喚は行われるんだな?」

「……その通りだ。だけどお前が勇者に選ばれることはないぞ」

「そんなのやってみなきゃわからないだろ?」


 老人が呆れたようにため息をついた。


「そういう根性論を言ってるんじゃない。その力のせいだ」


 老人は俺の胸元、魔術刻印を指差した。

 

「端的に言って邪悪すぎる。そんなモノを宿しているヤツが勇者になんてなれるはずがない」

「……は? じゃあ勇者召喚は使えないのか?」

「いや、そうは言っていない。お前は勇者召喚がどういったものかわかっているか?」


 俺は首を横に振る。

 ラナですら詳しくわかっていなかった。なので俺にわかるはずがない。


「勇者の素質ある者を起点として(ゲート)を開く魔術だ」

「じゃあ!」

「そうだ。お前も行ける」


 俺は内心でガッツポーズした。

 幸先がいい。まさか、こんなに早く向こうに渡る方法を見つけられるとは。

 これで一年半はもう一つの問題に集中できる。

 

「座標と時間を教えてくれ。わかってるんだろ?」

「……ああ。だけど条件がある」

 

 俺は目を細める。

 さっきから条件ばかりだ。だけど情報を握っているのはこの老人。俺には受け入れるしか選択肢はない。


「なんだ?」

「オレの弟子になれ」


 飛び出したのはあまりに予想外で突飛な言葉。

 なぜそうなるのか。それがわからない。

 

「はぁ? なんで……」

「まあ話を聞け。さっき言った通り、お前の力は邪悪過ぎる。世界を滅ぼしかねないほどにな。だから地球(こっち)にいる間はオレの管理下に置く。ついでに力の使い方も教えてやるよ。このオレが直々に、な?」

「……俺にメリットしかない様に聞こえるが?」


 先ほど体験した通り、この老人は強い。

 それも俺が想像もつかないほどに。そんな人の元で修行を積める。俺にはメリットしかない提案だ。

 

 だけど美味しい話には裏があるのは世の常。


 ……何を企んでいる?


 警戒していると、老人はため息をついた。

 

「利害の一致ってやつだ。俺の仕事はこの星を守ることだからな。お前が暴走したら困るんだよ。どうだ?」


 と言われても、実際選択肢はあってないようなものだ。

 だから俺は不承不承ながらも頷いた。


「わかっ……りました。よろしくお願いします」

「ああ。よろしくな。レイ」


 成り行きで師匠ができた。

ご覧いただきありがとうございます!


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