98.石の牢獄と血の剣
己の武器を手にして向かい合ったのは数秒。先に動いたのはアンジェリカの方だった。
「爆砕剣」
片脚が義足とは思えないような鋭い足さばきでジャスティの間合いに踏み込んだアンジェリカは、裂帛の気合とともに短剣を突き出した。
アイスピックのように細い短剣の狙いはジャスティの肩。ちょうど鎧の隙間にあたる部分である。
「ムンッ!」
ジャスティが短く持った槍をクルリと回転させて短剣を叩く。
まともに喰らえば一撃必殺となる魔法剣を弾き、アンジェリカの体勢がわずかに崩れたのを見計らって槍の石突を叩きつけようとする。
「甘いわよ」
しかし、今度はアンジェリカの身体がヒラリと舞う。宙を飛びながらジャスティの槍を義足で蹴り飛ばし、後方へと下がって距離をとる。
ジャスティは追撃をすることなく、離れた場所に着地した女との距離を慎重に測った。
槍と重鎧で完全武装したジャスティに対して、アンジェリカは短剣を持っただけの軽装備である。金属製の義足が文字通りに足を引っ張ってはいるものの、ジャスティと比べて身軽さでは上回っている。
対するジャスティは鎧のおかげで防御力が大きく長じているものの、アンジェリカの『爆砕剣』はかすり傷が即死に至る必殺の奥義である。鎧の隙間や手足を突かれればそれだけで勝負が決まってしまうため、どうしても攻めに慎重にならざるを得なかった。
攻めあぐねている様子のジャスティに、アンジェリカは手の中で短剣をクルクルと回転させながら包帯を巻いた顔を喜悦に歪める。
「さすがに強いじゃない。カルシファーのおじ様のようにはいかないわね」
「……お褒めいただき光栄に思う。なれば、大人しく剣を引いていただければ有り難いのだが?」
「冗談でしょう。一度抜いた剣を血で濡らさずに収められるほどイルカスの女は器用じゃないのよ。貴方だってそうでしょう?」
「然り。ならば……!」
ジャスティが地面を蹴って前方に跳躍した。重鎧を身に着けているとは思えない勢いで、アンジェリカに向けてまっすぐ突進する。
アンジェリカは予想外の攻めに打って出た男に驚き、わずかに右目を見開いた。
しかし、すぐに短剣を構えて腰を落とし、カウンターの体勢をとる。
「ムウンッ! 『石壁』!」
「えっ?」
驚愕させられるのはこれからだった。
アンジェリカの間合いギリギリまで踏み込んできたジャスティは、突進の勢いのままに強く地面を震脚した。
ドシンと小爆発するような音が響き、同時に地面が盛り上がって石の壁が出現した。
先ほどと異なるのは、石壁はジャスティを守るのではなくアンジェリカの四方を囲むように出現したことだ。
「まさか……動きを封じるつもり!?」
石壁に包囲されたアンジェリカがハッと目を見開いてジャスティの狙いを悟るが、すでに時は遅い。
「『石牢』!」
「くっ……!」
アンジェリカが石壁を乗り越えて逃れようとするが、それよりも先に生き物のようにうねる地面が大きく盛り上がって石壁ごとアンジェリカを飲み込んだ。
ドーム状の地面によってアンジェリカは捕らえられ、完全に封殺されてしまう。
「安心されよ。空気が無くなる前にレイドール殿下を連れてこよう。殿下の命令であれば、忠義の士である貴女は拒むまい?」
石に閉じ込められたアンジェリカに向けて告げて、「ふう」とジャスティは大きく息を吐いた。
何とか手負いの獣を捕らえることができた。
手の内がバレていないからこそ出来たことだが、もしもあのまま殺し合っていれば確実にどちらかが命を落とすことになっただろう。
「……アンジェリカ殿。貴女にはまだ未来がある。どうか生き永らえたその命、復讐とは違う形で実らせていただきたい」
憂いを込めてジャスティがつぶやく。
その言葉はぶ厚い石の牢獄に囚われたアンジェリカには届かないだろう。
だが、それでいい。
どんな理由であれ王国を裏切ったオイギスト家の人間である自分に、その思いを告げる資格はないのだから。
(アンジェリカ殿を正しい道に戻すことは私にもブラッドにも不可能だろう。できることなら、他の誰かが彼女の支えになってもらいたいのだが……)
哀切に胸を痛めながらジャスティは石の牢獄に背を向けて、屋敷にいるレイドールを呼びに行こうとする。
そんなジャスティの下へと、騒ぎを聞きつけた兵士が集まってきた。
「オイギスト隊長! 何事ですか!?」
真っ先に声をかけたのはジャスティの部下である。
部下は地面から盛り上がっているドーム状の石に目を丸くして、怪訝な声を上げてくる。
「ああ、これのことは気にするな。もう戦いは終わっている。それよりもレイドール殿下のことを呼びに行ってもらえないか? 大至急、相談したい案件が……っ!?」
ジャスティが口に出せたのはそこまでだった。
突然、鋭い衝撃が背中を襲ってきて前のめりに倒れてしまう。
「オイギスト隊長!?」
「グッ……下がれ!」
ジャスティは槍を杖にして立ち上がる。背中を手で撫でると、鎧が斬り裂かれて血が流れていた。
傷は決して深くはない。しかし、どのように攻撃を受けたのかがさっぱりわからなかった。
ジャスティが石の牢獄へ目を向けると、次の瞬間にはバラバラに斬り裂かれて崩落した。
「ふう……閉所恐怖症になるところだったわ。やっぱりお天道様の下は清々しいわね」
石の牢獄を破って現れたのはもちろん、アンジェリカ・イルカスである。
肩や頭についた石の粉を振り払っている彼女の右手には短剣が握られていた。しかし、先ほどとは異なり、短剣の先端から毒々しいまでに赤い刃が伸びている。
「その剣は……」
「『血精剣』――私のもう一つの魔法剣よ」
驚きに目を剥いているジャスティへと、アンジェリカは何でもないことのように軽い口調で告げた。
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