72.突きつけられた刃
スヴェン率いる一団が屋敷を訪れた時、屋敷の主であるウルファート子爵は机と睨み合いをしていた。
質の良い樫の木で作られた机の上に広げられているのは、子爵と協力関係にある王都の貴族からの手紙であった。
ザイン王国を裏切って帝国に寝返ったことを王宮にとりなすように頼んでいたのだが、その返答は芳しくないものであった。
「おのれ、あの若造めが! この私が王国貴族に戻ってやるというのに、つまらぬ意地を張りおって!」
ウルファート子爵の怨嗟が向けられているのは、若き国王であるグラナード・ザインである。
グラナードは帝国に寝返った国境貴族を粛清することを譲らないようで、子爵の協力者のとりなしにもいっこうに首を縦に振らないようだった。
その原因は裏切り者の復権を認めてしまえば、彼らの命を利用してレイドールの評判を貶めるという計画が破綻してしまうからだったのだが、そんなことを知らない子爵は友人からの手紙を容赦なく握りつぶした。
「私を誰だと思っている! ザイン王国が今日まで存続してこられたのは、我等ウルファート子爵家が国境を守ってきたからだろう! あの恩知らずの愚王めが!」
子爵は怨嗟とともに見当違いな言葉を吐き捨てる。
たしかにウルファート子爵家はこれまで東の国境を守るために尽力してきたが、当代の領主であるボバルト・ウルファートはその最重要の職務を平然と放棄している。
だからこそ現在、滅亡の危機に追いやられているのだが、そんな子供でもわかるような理屈は子爵の頭には響かない。
子爵が気にしているのは、いかにして己の存在価値を認めさせるか。いかにして己の地位と財産を守るか。ただそれだけである。
「こうなったら……やはり町の住民を盾にとって、あの追放王子を追い返すしかない。この私が救国の英雄と呼ばれるようになったあの男を撃退して見せれば、我が力を惜しんで王国に戻ってきて欲しいと泣きついてくるに違いない!」
子爵は歪んだ妄想と願望が入り混じった未来予想図を頭に描き、グフフフと笑う。
そんな都合の良すぎる想像を巡らせている子爵の耳に、執務室の扉がノックされる音が聞こえた。
「ん……誰だ、執務中だぞ!」
「失礼いたします。子爵様」
「おおっ、スヴェンではないか! よく来たな!」
控えめに扉を開けて入ってきたのは、ウルファート子爵家が保護している没落貴族の少年、スヴェン・アーベイルであった。
己の縁戚にあたる少年を子爵は笑顔で招き入れる。
「お仕事中に申し訳ありません。お忙しいのであれば出直しますが……」
「いやいや、構わぬ。ちょうど一息入れようと思っていたところだ」
ウルファート子爵はニコニコと笑いながらスヴェンに椅子を勧める。
この強欲貴族を絵に描いたような男がスヴェンに対して必要以上に好意的にふるまうのは、とある打算からであった。
(今回の戦争の講和が王国優位に結ばれてアーベイル伯爵家の領地が返還されることになれば、復興された伯爵家を継ぐのはスヴェンしかいない。娘をスヴェンに嫁がせて私が後ろ盾となってやれば、伯爵家はこの私の意のままに……!)
「お前は私の甥……いや、未来の息子になるかもしれないのだ。そんなに恐縮せずとも、気楽にしてくれて構わないぞ」
「ありがとうございます。保護していただいたことといい、子爵様には感謝の言葉しかありません」
スヴェンが言葉の通り、感謝と尊敬を込めた眼差しで子爵を見る。
少年の態度に自尊心を満たされた子爵は、ふふんと鼻を鳴らして得意げにぜい肉にたるんだ胸を張った。
「うむうむ、いつでもこの私に頼るがよい! ところで……今日は何の用かね?」
「ああ、実は子爵様に紹介したい者達がいて連れてまいりました」
「ほう?」
首を傾げる子爵の視線の先、再び執務室の扉が開かれて数人の男達が部屋の中へと入ってきた。
物々しい武装をした男達の姿に子爵はたじろいで一歩、二歩と後ずさる。
「そ、その者達は何者だ!?」
「ああ、彼らはアーベイル伯爵家の生き残りですよ。この町で再会することができたので、是非とも子爵様に会っていただきたく連れてまいりました」
「う、うむ。そうか!」
子爵は怯えてしまったことを誤魔化すように咳払いをして、尊大な態度で兵士達へと向き直った。
「アーベイル伯爵家の臣下だったな。伯爵様のことは残念だったが、今後はスヴェンを主君として尽くすように」
「はっ、承知いたしました。子爵様! 我等一同、アーベイル伯爵家に全力でお仕えいたします!」
「うむうむ」
恭しく返事をする兵士に、子爵は大物ぶった仕草で口ヒゲを撫でる。
でっぷりと顎の肉を揺らしながら大げさに頷いている子爵へと、スヴェンはにっこりと笑いながら声をかける。
「ところで、子爵様。今日は子爵様にお願いがあって参ったのですが……」
「ほお、お願いとな? 息子同然のスヴェンの頼みだ。どんなことでも叶えてやろうではないか!」
(こやつに恩を売っておけば、後に私がアーベイル伯爵家を差配するうえで有利になるだろう)
下心満載に首肯する子爵。
そんな子爵の内心を知ってか知らずか、スヴェンは子供らしい明るい笑顔の表情のままに冷たく言い放った。
「それじゃあ……ウルファート子爵領ですけど、僕がもらいますね?」
「は……?」
「お家、乗っ取りです」
スヴェンの言葉と同時に、執務室に入ってきていた兵士達が一斉に剣を抜く。
5本の剣を一度に首筋に突きつけられて、ウルファート子爵は間抜けに顔を引きつらせたのであった。
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